生と死
私は目を開ける。私の視界には広がる闘技場。だが、その場所はかつて知っていたものとは違う。空気が歪んでいる。命がうごめくたびに何かが少しずつずれていく――まるで世界が崩れ落ちる寸前のような感覚がある。
「ここは……?」
誰も答えない。
ただ、彼の周囲には様々な人々――職場の仲間、高校生、大学生、そして向かい側にいる社会人たち――それぞれの存在が混ざり合い、そこにいるはずのない者たちが集められていた。
その時、突如として場内に響くアナウンス。だが、それは言葉として認識できない。ただの音の塊のようなものが、脳内を揺らしていく。
そして、彼の前に現れたのは、一人の女性。
「やーちゃん、聞きたいことがあるけどいい?」
彼女はまっすぐにこちらを見つめていた。だが、喜一郎は答えない。代わりに、背後から現れた男――職場の同僚であり、「不思議ちゃん」と称される男が前へと進み出た。
「どうしたの?」
問いかける彼の顔は、何も知らない無邪気なものだった。しかし、次の瞬間、彼女の表情が険しくなる。
「どれだけ情報を持ってるの?」
だが、彼は答えなかった。彼の目線はすでに違う方向を向いていた。
その瞬間――轟音が響く。
闘技場の中央で、二人の影が拳を交わしていた。
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第一章:崩れゆく理
喜一郎は、理不尽だった。
彼はかつて、人間ではなかった。
生と死を司る何か――それが彼の本質だった。
かつて「山神」として崇められたこともあった。彼のいる山は、他のどの山よりも豊かだった。命は循環し、生まれ、消え、その流れは正しく保たれていた。
だが、それは変わった。
鳥が現れた。
彼は鳥と契約を交わした。
「人間として生きる」ことを縛られた。その代償として、彼は人の形を持ち、人の心を得た。
しかし、それは本来あるべき姿ではなかった。
弟・優太は、彼の血の残滓から生まれた。彼の中に宿っていた力の一部を母親の胎内に残し、後に生まれた存在。弟は彼と繋がっていた。だからこそ、彼の変化を一番に感じ取る者だった。
だが今、契約は破棄された。
その瞬間、彼は「死」そのものになりかけた。彼がそこにいるだけで、命は消える。植物は枯れ、生き物は倒れる。すべてが彼に吸い込まれるように、静かに終焉を迎える。
「兄ちゃん…お願いだから……」
弟の声は震えていた。
彼女は膝をつき、熱を操る力を必死に込めていた。
しかし――彼は動く。
「世界は、不完全だ。」
彼はすべてを終わらせるために、再び滅びの道を選び始める。
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第二章:繰り返される創造
世界は滅びた。
そして、彼は血を捧げ、新たな星を生んだ。
しかし、その星は完璧ではなかった。
新しい命が芽吹く――だが、葉はねじれ、光は不安定に揺れる。空気は歪み、生物の鼓動は一定ではない。何かが欠けているのだ。
彼はもう一度世界を作り直した。
しかし、また違う世界が生まれた。
何度も、何度も、彼は世界を壊し、作り直す。だが、どれも彼が求める「完全な世界」ではなかった。
彼は何を求めているのか――それすらも分からなかった。
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最終章:弟の決断
その瞬間。
弟は決意した。
「兄ちゃん…」
彼は理解した。
兄は、この世にあるべき存在ではなかった。
「お前がいる限り、世界は決して完成しない。」
その言葉に、彼は目を細めた。
「ならば、お前がこの世界を終わらせるのか?」
弟は剣を握る。
彼はただ、その刃が振るわれることを待っていた。
そして、弟は兄を殺した。
その瞬間――世界は静かに元に戻る。
彼は消え、世界は理を取り戻した。だが、その代償として、弟は一人でその結末を背負うことになった。
鳥は、すべてを見ていた。
「私は…救いたかっただけだった。でも、救済は決して理を超えてはならなかったのだな……」
鳥は最後の言葉を残し、空へと飛び立っていった。
弟は、ただ静かに世界を見つめた。
「兄ちゃん……」
その声は、誰にも届かない。
しかし、新しい世界は確かにそこにあった。