5月20日(火)
やはり父と一緒の家に住むのは難しいのかもしれない。
また些細な衝突があった。リース品のスロープにカバーをつけろと父が言う。この前家具屋さんに車椅子は錆びたら交換するので油を差す必要はないと言われたから、スロープも同じでそのまま置いておけばいいと思うのだが、父は受け入れてくれない。まず電話してカバーが必要かどうか確認してみると言っても、やはり聞いてくれない。
必要なものならまだしも、そうでないものを買いにわざわざホームセンターに行くのはなにか気持ちが納得しない。渋っていると、"わたし"(父)の金なのだから、わたしの指示通りにしろと言う。
子どもを奴隷か何かと勘違いしてるんじゃないだろうか。何かといえば金金金金。そういうものの見方しかできないんだろうか。
その後、また話が拗れていき、いやいややるなら別な人に頼む(介護)、家からでていってと言われる。自分もだんだんつらくなってきて、今朝、就労支援の相談員さんに電話をした。
相談は聞いてくれるものの、やはり就労支援がメインの方なので、それ以上踏み込んでくれることはない。ただ、とりあえずの現状報告として知っていてもらうだけでも違うだろう。
午後はパートに行く。階段・廊下と、トイレ掃除。これをずっと続けていくのかと考えるといやになってしまう、今度の支援員の方との相談の際、何とかやめられないか交渉してみようと思う。ただ言い方によっては怒られそうだ。不安。
帰ってから、また父にいびられる。麻婆豆腐(素やひき肉など)を買ってきたことを(豆腐があったのでちょうどいいと思った)、わたしは聞いてないと言われる。午前中も犬にフィラリアの薬をあげるときに混ぜようとアイス(百円)を買ったことを(自分に)言ってないと詰められた。
そんなことまで言わなければならないのか。いちいち確認していたら進むものも進まない。
それからも財布には一万円だけ入れてけとか、つまらない注文が続く。
やがて、六月一日に家を出ていって。家の名義を変えて(現在は父)などとしつこく無理難題を押し付けられる。やがて矛先は母に向かい、口論。父、頭にきたのか机をバンバン叩く。
ケアマネジャーさんにも相談。父と一緒の家に住むのは無理じゃないかと思っていること、父は老人ホームかヘルパーを雇って一人で暮らすつもりらしいこと、などを話すが、忙しいのか親身になって話を聞いてくれる雰囲気ではないように感じた。自分としてはそこまで話せば、「何かあったの?」など一言くらい言ってくれる展開を想像していたのだが、考えが甘かったらしい。
父のバンバンはしばらく続く。夜九時には電気消してとの注文もつく。しばらく暴風雨が続いていた。ただ、母が様子を見てなだめに行くと、次第に落ち着きを取り戻したようだった。
父も父で、半身が動かないというのは、やはりつらいものがあるのかもしれない。まだはじまって1週間なのだから、長い目で見てあげるべきなのかと少し反省する。ただ自分はやはり、父と距離を置いたほうがいいような気がする。
夜、きゅうきゅうと音がしていたので、痰を取るか確認をしに枕元に行く。
すると父は紙を取りだし、犬飼ったこと大家さんに言った? 100〜200出ていくときに言われたらどうする? 払えるの? と聞いてくる。
頭にきて、家を飛び出す。車のなかで車中泊。
やはり父とは一緒に住めない気がする。
せめてあと一部屋あれば、夜間はヘルパーさんに入ってもらって自分は別室で眠るとか、そういう選択肢もありそうだが……。
自分は頭にくればこうしてどこかへ逃げられるのだが、父はベットから動けない。そういう考え方をするとかわいそうな気もする。
しかし、これ以上一緒にいても衝突が増えるばかりな気がする。
ただ自分は一人暮らしなどはできない(収入もない)。やはり祖母の家に逃げるしかない。そういうことが続くとあちらも迷惑に感じるだろうか。自立できればいいのかもしれないが、自分には難しい。