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不定期日記 2025  作者: O馬鹿者
2025年(令和7年)
53/54

12月27日(土)

 12月に入ってからずっと書いていた小説があるのですが、それがなかなか上手くいきません。

 ところどころ良い文章もあると思うけど、基礎的な部分ができていないような気がする。自分の思いは書けたけど、小説で表現することはできてないな……と。

 とりあえず、人の書いたものを読んでみようと思い、本棚にあるものをパラパラとめくったり、小説サイトの文章を読んだりしていたのですが、そのなかで汐見夏衛さんの「うそつきラブレター」を読んでいて、いろいろ気付かされることがありました。

 汐見夏衛さんの小説は、実はいくつか読んだことがあるのですが、何気ない表現だけれど情景が浮かぶ表現が多く、いつも不思議に思っていました。

 例えば、主人公の女の子が下駄箱でラブレターを見つける場面の描写で、


 “上履きの上にそっと置かれた、白い封筒。”


 というものがあり、これは自分だったら『そっと』を入れずに書いてしまうなと思いました。たった三つのひらがなで、印象が大きく変わってしまう。それが言葉の妙であり、恐ろしさのような気がします。

 また、まだ朝早い生徒昇降口の場面で、


 “窓から射し込む柔らかい光に照らされた、まだひと気のない静かな生徒玄関。”


 という表現があり、これもそんなに珍しい表現ではないけれど、すぐ情景が浮かぶ文章だなと思いました。

 そもそも、光に硬い柔らかいってあるの? その時間帯によって、日差しの“強い弱い”はあるけれど、“硬さ”はない。実体があるものではないから。触れないし。それをあえて『柔らかい』と表現するのは……。などと、考えてしまいました。

 柔らかい、というと肌感覚を想起するように思います。光は直接肌に当たります。そこから来てるのかな……? 光の当たり方でも心地よく感じるときと、不快に感じるときと、色々あるし……。

 と、頭でっかちに考えてみたり。



 最近よく思うのですが、言語表現は、絵のように直接的に表現するものでなく、元々あるイメージを利用するもののように思います。

 赤もいろいろな赤がありますが、“リンゴのような”と書けば、何となく漠然と伝わるものがある。わたしは、赤ちゃんや女の子の頬っぺたなどをイメージします。いろいろなイメージの糸が、人間の頭の中でつながっているような気がするのです。

 また、『食べる』という言葉も、とても幅が広い表現で、場面によってはそれを“口に運ぶ”とか“噛み含めるように”など、『食べる』のイメージを絞っていく必要があるように思います。

 漠然としたイメージに、さらにフィルターをかけてイメージの網を狭めていくことが、言語表現なんじゃないか……。

 と考えると、少し小説が書けそうな気がしてきました(^^

 分析し、理論に落とし込んでしまえば、あとはその型を見本として書けるはず。

 わたしは感覚では書けないので、まず理屈で土台をつくろうとする傾向があるようです。

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― 新着の感想 ―
こんにちは。 >言語表現は、絵のように直接的に表現するものでなく、元々あるイメージを利用するものの 言われてみれば、そうですね(^^) 同じ文章を読んだとしても、人によってイメージするものが違うのをよ…
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