11月17日(月)
この前面接を受けた病院系列の介護施設から封筒が届いた。
今回は採用を見送りとのこと。
面接官の表情などから、なんだか大丈夫そうだ、前向きに検討してくれそうだと感じたのだが、まさか落とされてしまうとは思わなかった。体を使う仕事だと聞いていたので、せめて2次面接まではいくだろうと。
もう一つ受けた大学の用務員の求人は、もう9割方諦めている。面接官の自分をみる目がそのまま面接結果を物語っていた。
障害者雇用でも雇ってもらえない無力感と、「これで年内の就職は先送りにできた」と安堵する気持ちの両方があり、パソコンを覗き込む飼い犬に猫の動画などを見せながら、ため息交じりの笑いをする。
今日の午前中、支援員さんから電話が来て、近々面談をしたいと言われた。明日は空いていたので、午前十時に予約してもらった。たぶん、面接結果がもうすでにあちらの耳にも届いているのだろう。
おそらくこれからの方針と、たぶんMさん(自分の担当支援員)はもう新しい求人をいくつか探していてくれているのだと思う。自分からトイレ掃除のパートを辞めておいて、結局頼りきりになるのが申し訳なく、また不甲斐ない。
自分でも軽くハローワークの障害者求人をスマホで見てみると、介護福祉士の仕事などがあった。排泄や食事介助等らしい。それだけなら、父のことも見ているのでまだ割り切ってできるかもしれないが、たとえば高齢の利用者に付き添って「きょうは肌寒いねえ」などの日常会話をしたり、またスタッフ間の軋轢などのなかで長く勤められるのだろうかと思うと、なんだか甚だ不安になる。父が利用する施設の朝迎えに来るデイサービスの職員にも、優しそうな方もいれば、サバサバと冷たそうな女性もいたり、また言葉のキツイ高圧的な印象の職員もいる。ああいうなかに、自分が混ざっていく姿が想像できない。
なにか自分にもできることはないかなと、ぼんやりと思う日々が続く。
今度また旅行にでも行ってみようかとも思う。
東京か、それとも地方か。冬の東尋坊もみてみたい。雪の降る北陸沿いの日本海をぼうっと眺めてもみたい。それか夜の“お店”か。
ある意味時間とお金が余っているうちに、できることはやっておこうかな、とも思う今日この頃である。




