6月17日(火)
夜中、あることで頭にきて、絶叫。父のサイドテーブルを叩いたり、障子の桟を拳で殴って壊す。
我ながらまるで感情のタガが外れたようだった。人生で一番怒ったかもしれない。
「テメェのくっせえウンコも処理してやってんだ」などの暴言も吐く。父親、ましてや病人に言うべき言葉ではなかったと冷静になった現在は思うが、そのときは吐き出してしまうと胸がすっとした。
初めて本気で父に怒りをぶつけた。小さい頃から、話し合いになるといつも語気で押され、なにか反抗するとそれ以上の言葉で抑え込まれてきた。ずっと溜まっていた、口に出せなかった負の感情を、半身麻痺でベットから動けない父親にぶつけた。
父が癇癪を起こして破った通帳も、自分が再発行をした。傷病手当の手続きも、無断欠勤をして関係が悪くなっている会社に電話をかけて書類を書いてもらった(たかだか紙切れ一枚。生死の境にいてもそれすら渋られると言うことに、父の人間性が現れている。会社側も薄情だとは思うが。)。入院中に欲しいと言われたものはその日のうちに届けたし(暇だった)、退院してからも年金事務所にいったりといろいろ用足しをしていた。
たしかに生活費は父に出してもらっているが、だからといって“金を出してるんだからそのくらい当然だ”という態度をされると、なんだか優しい気持ちになれなくなる。なにもかも金で済まそうというなら、自分と母にも介護人件費を払ってほしい。病人だからと言葉を飲み込むのはいつもこちら。最近はお金のために我慢しろとエアコンも付けさせてくれない。
暑さでイライラする。部屋に襖がないのでプライベートな空間もない。何か言われて反論もできない。これでは介護生活が長続きするはずがない。
介護者が病人を思いやるように、病人も介護者を思いやってはじめて上手くいくのだろうと思う。
今も汗をだらだら流しながらこれを書いている。
カニューレが外れて声が出るようになったときの嬉しそうな表情を思い出すと、可哀想な気もするが、でもやはり距離は必要に感じる。
あいうえおが出て、感動したというのが、なんだか。
 




