表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/35

7.塞翁が馬

2話だったのを、1話にまとめて、投稿時に省いた箇所を全部入れました。





 毎年、児童の下界出立げかいしゅったつは、五月一日の午後三時と決まっている。しかし、今年は二時間遅れとなった。




 「遅刻!?それも四名!?」 


 浮雲小学校の校庭で、教頭先生の悲鳴が上がったのは、午後二時二分。


 「午後二時、集合。二時二十分、保護者集合。二時半に児童宣誓、二時四十分に日華門にっかもんへ移動。三時出発!そうお伝えした筈ですけどねえ、五香松先生?」


  一組と二組の児童たちは、お喋りもせず、息をひそめていた。

 三組の児童だけ、我関せずの姿勢で楽し気に喋くっていた。


「ねえ、どうして、鳥取って言うの?鳥がいっぱい取れるから?」


「馬鹿ねえ、町が羽だらけになるじゃない!」


「じゃあ、香川は何だよ。香り付きの川ってことか?」


「そんなの、知らない。川は匂いなんかしないでしょ?」


「人魚って川にいる?」


「確か、海に住む魔物のことよ」


「ねえねえ、下界の季節は、統一されてる?私、京の桜を見てみたいな~」


淡道あわみつさん、あなたの獲物、北国に住んでるんでしょう?今の季節に桜なんて咲いていないわよ」


学級委員長の天童てんどう羽稲はゆねが指摘し終わった所に、教頭先生の雷が落ちた。


「おだまりなさい!!」


場は一瞬で静まり返ったが、教頭先生の血圧は鎮まるどころか、急上昇している。


「あなたたち六年三組は、ふざけが過ぎます!一体どのような指導をしているんですか?五香松先生!!」

 

 校庭に響き渡ったキイキイ声………それから、二時間が経過しても、子供たちは現れなかった。結局、四名を残して下界に降りる事となったのだ。



  教頭先生が、校庭で血圧を上げていた頃、浮雲小学校の校庭が色んな意味で賑わっていた頃………遅刻者四名は、既に日華門を通過していた。



   三宝、世眠、覚子かくこは、何とか生きて下界へ到着した。

   だが、西助にしのすけは陰謀に引っ張りこまれて、遅刻したのだ。


   西助が、家を出たのは午後一時前だった。


  「見送りなんか、せんでええよ。体、気いつけや~。ほな、行ってきまーす!母ちゃんも頑張り~」

 

   身重の母親に暫しの別れを告げ、幼馴染の水南みずな水芹せりを迎えに行く予定だった。


  しかし、家を出てすぐの十字路で、うずくま老妖怪ろうようかいを見つけた。


「大丈夫かいな………」

 

 西助は一瞬迷った。

 水南みずなは気が短く、遅れようものなら直ぐに癇癪を起す。そうかといって、見て見ぬふりは気が咎める。

 薄汚れた外衣を、すっぽり被っていたが、ちらりと見えた細長い指で女性だと分かった。


 「ばーちゃん、立てるか?手、貸そか?」


 心配して声を掛けると、老妖怪ろうようかいは、何か、ぼそぼそと何か喋った。しかし、聞き取れなかった。


「へ?何て?すまへん、もういっぺん、言うて?」

 

  律儀に謝り、身を屈めようとした時だった。 


  「うっ!」


  いつ背後に立ったのか分からない。気配を全く感じなかった。


  覆面頭巾を被った大男が、太い右腕で、西助の首を締めあげた。


  「命がおしいなら、抵抗するなよ。何なら、おまえの母親を殺してやってもいいんだぜ。へっへっへっ」


  石蕗つわぶき家は、閑静な住宅地に建っている。しかし、西助が今いる道は、ちょうど死角だ。どの家からも見えない。


  西助は、男の腕の紋所に気付くと、ぎょっとして青ざめた。


 「あ、ずち………」


 「へっつ、このガキ、いっちょ前に知ってらあ」

  

  男のだみ声は、西助を一瞬震え上がらせた。


  山形の紋様は、刺青のごとく浮かび上がっていた。 

  それは【怨霊の一族】の証で、右腕にある者は、妖怪専門の呪詛者じゅそしゃだ。


 西助が、これを知っているのは偶然だった。

 クラスメイトの淡道あわみつ翠露すいろの親戚に、【怨霊の一族】がいるのだ。

 以前、写真で見せて貰った事がある。


「ねえねえ、見て、これー」


 「??何や、墨絵か?」


「【怨霊の一族】の証なの~」


「ほんまなん?」


「これが、右腕にあるとー、妖怪専門の呪詛者~、左腕にあればー、人間専門の呪詛者~」


 「ちょお、待ちい。おかしいで。妖怪相手に、効くわけあらへんやん」


「効くよ~。だって、怨霊の一族は、古来妖怪だもーん」


「説明になっとらんがな」


「両腕にある怨霊もいるんだって~」


「どっちなん?人呪うんか?」


「うーん、忘れちゃった~」


「いっちゃん、大事なトコちゃうか」


「この紋章、特別な呼び名があるの~」


「何や、山マークか?」


「やっだー、センスわるーい。ええーと、確か~」


         ―--あずち---



 西助は、右手をぎゅっと握りしめた。

 呪詛実行中の際は、山形の紋様の下に、弓形の赤い月が現れるらしい。

 それが、少しずつ満ちて完全な丸に変われば、呪詛完了である。

 男の紋様の下には、歪な半月があった。


翠露すいろの話やと、怨霊の一族は、変異妖怪。わいら子供の保持妖怪が、一人で何とか出来る問題ちゃう、普通はな)


 大人の保持妖怪は、怨霊の一族を簡単に凌駕りょうができる。

 そして、六年三組の児童も皆、凌駕するすべは、翠露すいろのおかげで修得済みだ。


 落ち着いて考えれば、一人でも十分切り抜けられる。

 ただ一つ、問題があった。


(わい一人なら、隙を狙って逃げるのも、反撃すンのもありや。けど、うちには母ちゃんが………)


 身重の母親は、後二か月で出産だが、父親は下界に出張中。

 下手に騒げば、消えるのは大事な母と新しい命だ。


「そう、大人しくしてりゃあ、殺しゃしねえよ。やっこさん、二重トラップだけじゃ心細いってんでね。おまえさんを」


 男が話し終える前に、老妖怪が立ち上がった。


「おだまりよ!喋りすぎだよ、おまえは!」


 外衣を脱ぎ捨てた老妖怪は、びっくりするほど若く、その上美しかった。


(仲間やったんか………)


 西助は、悔しさで顔をゆがめた。


「早いとこ、アレを飲ませちまいな」


 小柄な女に命令されて、大男が、へこへこしながら小瓶を懐から取り出した。


 深緑色の液体にぎょっとして、西助は慌てて口を結んだが、いとも容易くこじ開けられて、中身を流し込まれた。

 必死に吐き出そうとしたが、男の毛深い両手で口を押えられて、その液体は喉を通った。

 そうして、西助は、三秒も経たぬに眠ってしまったのだ。


「用意周到なことだよ」


 女が、空になった小瓶を見て呟いた。


義姉ねえさん、これが上手くいったら、俺と一緒に」


皆まで言わせず、女は義弟おとうとを顎で使った。


「行くよ、早くしな!しくじったら、あたいらが、殺されちまう」


 強力な睡眠薬を飲まされた西助は、本人の知らぬに日華門を搔い潜った。馬面の大男に担がれて………。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ