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第5話 酔っ払い生霊の愚痴と、届けられた贈り物

 

  明後日は、いよいよ下界実習の獲物《人間》めをする。

  世眠は、どんな獲物が良いか、五老次郎と話し込んでいた。

  そこへ、老舗焼鳥の暖簾を、酔っ払い生霊がくぐったのだ。


  そのサラリーマンは、よれよれの青いスーツを着てグレーのネクタイを緩め、店に入る前から、べろんべろんになっていた。

 下界の飲み屋を何軒梯子したのか。

 酒の味も分からないようで、五老次郎が出す水に文句をつけなかった。


 浮雲九十九番地にも、記憶ではない飲食物がある。それが、水だ。

 次郎は、生霊を心配して、天然水と記憶焼鳥を交互に出した。


 「そりゃあ、辛かったですねえ、お客さん」


 次郎に愚痴る酔っ払いは、気の毒な生霊だった。

 最愛の妻と息子を震災で亡くしたばかりで、ずいぶん荒れていた。


「辛かったなんて……そんな……そんなもんじゃあねえよ、おやっさん。ぼかあ、これから、どう生きたらいいか……うっうっうう……」


 世眠は、そこへ偶然いあわせたにすぎなかった。

 平生は姿を隠す。いくら阿呆な生霊も、夜の飲み屋に子供がいれば、怪しむからだ。

 しかし、今夜の客は、その心配はなさそうだと踏んで、世眠は、席を変えなかった。


 世眠には、人間を案じる義理などない。

  いつものように、生霊なんて面倒くさいと感じたし、可哀そうにも思わなかった。

 だから、絡んできたのは、酔っ払いの方だった。


「君は、小学生か?」


 声を掛けられた瞬間、世眠は、鼻を摘まんだ。


「お酒臭いよ、おじさん!おじさんは、生霊なんだから、さっさと下界に帰りなよ。布団のことでも考えたら、すぐ着くから!」


 酔っ払いを思いやって出た言葉ではない。世眠は、心底、関わりたくなかったのだ。

 しかし、酔っ払い生霊は、その優しさに感動した。

 そして、涙を流して、世眠に抱きついたのだ。


「ちょっと、おじさん、放してよ!」


 世眠が、慌てて身をよじると、酔っ払いは突然絶叫した。


「うっおおお!!申美さるみたかし、俺だけ置いて、なぜ逝ったーー!?」


 これには世眠も心底たまげた。

 酔っ払いが号泣し始めたものだから、心優しい少年は、不承不承、泣き言に付き合う羽目になったのだ。

 酔っ払いの腕の中、強烈な匂いを我慢して、自分の分の焼鳥を、どうにかこうにか脇へ寄せた。


  最高に不快な晩だった。けれども、許容の範囲に思えたのだ。

  老舗焼鳥を訪れる生霊の大半が、二度と来ることはないからだ。

  しかし、その生霊は、翌晩も藍色の暖簾をくぐった。


「やあ、君、今夜もいるのか」


「おじさん、馬鹿なの?さっさと下界に帰りなよ」


  世眠は、ずばり言ってやった。

 余程の理由がない限り、保持妖怪の子供は、生野菜の記憶を食べられない。

 カレーの具に入った人参など、調理したものなどは口にしても良い。

 これは決まり事で、好き嫌いの問題ではない。


「おじさんは、人間だから何でも食べられるだろ?生きてる人間は、ここに来ちゃいけないんだ。人の道に帰りなよ」 


 老舗焼鳥の常連だけあって、世眠も心根が良い。

 初め、馬鹿だと罵って、さっさと追い返そうとしたが、寂し気に笑う生霊を見ると、今すぐ帰れ!と強く言えなくなった。

 仕方がないから黙って焼き鳥に齧り付くと、その生霊は、図々しくも隣に座ったのだ。


「隆は、君と違って、昔から体が弱くてね」


「ねえ、ちょっと!俺、食べてンだけど!」


 急に昔話が始まって、世眠は肩をすくめた。

 抱きつかれないだけマシだと諦めて、焼き鳥をぱくつく合間に、時折「へえ」や「ふ~ん」「はあ」と相槌を打ってやった。

 空の皿が二十枚に達した時、ようやく長話に終わりが見えた。


「隆の嫌いな野菜は、ピーマンでね。ミニトマトも、よく残してた」


 「ふ~ん、俺は、保持妖怪だから、生野菜は食べられない」


 何となく言ったら、生霊は、急にお父さんづらをして言った。


 「君、好き嫌いはいけないよ」


  それで、世眠は、仏頂面で言い返した。


「俺は、保持妖怪だから、人間の記憶しか食べないの!色々、細かい規則があンの!おじさんは、人間だから何でも食べられるだろ?生きてる人間は、ここに来ちゃいけないんだ。人の道に帰りなよ、おじさん」 


「君は、若いのにしっかりしてるな」


「おじさんが、ふらふらしてるんだ。お酒の飲みすぎさ。しっかりしなよ」


「ははっ、これは手厳しい」


「俺だって、毎日、宿題出されて忙しいんだぜ。おじさんも、家に帰って頑張んなよ」


 幾分か情が移って、世眠は自分から尋ねてしまった。


「隆って、何が好きだったの?」


 その質問で、生霊の目が輝いた。


「ゲームだよ!」


 嬉しそうに再び語り始めたが、あまりにも生き生きと話すものだから、世眠も引き込まれた。


「げえむって、そんなに面白い?」


「面白いに決まってるじゃないか!君は、ゲームを知らないのか?」


「ふんっ!妖怪が、げえむなんて、するわけないだろ!」


 世眠が、そっぽを向くと、生霊は楽し気に笑った。


「じゃあ、明日の晩、持って来てあげよう」 


 約束の晩、生霊は現れなかった。


「げえむの事は、諦めなせえ。あの生霊は、来やせんぜ。ここへ来られるのは二度まで。三度目は、ねえんでさァ。それが、あっしらと生霊の為ってもんですぜ」


 次郎が気遣ってくれたが、別に、世眠は寂しくなかった。

 ほんのちょっぴり、がっかりしたような、残念な気持ちが残っただけだ。

 しかし、下界実習が始まる前夜、老舗焼鳥に驚くべき物が届けられた。

 配達の経緯に関しては、世眠がどれだけ尋ねても、次郎は口を割らなかった。


 「ねえ、下界の奉公屋ほうこうやが持って来たんでしょ?師匠が、頼んでくれたの?」


 「鼠小僧の落とし物と思いなせえ」


 世眠が、青い包装紙を破ると、中身はオレンジ色の箱だった。

 それで、すぐにピンときた。


 「げえむだ!」


 長方形の箱を開けると、ぴかぴか光る細長い物体が出現した。


 「ほう……あっしも初めて見やした。人間てえのは、不思議な物を考える生き物だ」


  次郎も目を細めて見入った。


 「うん、人間って面白い。俺、下界実習で、げえむ上手いヤツの記憶、うんと食う」


 「そりゃ、妙案ですぜ」


 泣き上戸おじさんからの贈り物、世眠は、それを勉強机の最奥に仕舞い込んだ。

 青い包装紙は丁寧に折り畳んで、オレンジ色の箱には、白いメッセージカードを入れた。

 カードには、不器用な字で、こう書かれてあった。


   『優しい妖怪くんへ

         おじさん、しっかり頑張ることにしました。

         妖怪くんも、学校の宿題を頑張ってください。


                追伸  トマトのアイスが、おススメです。


                    元気を貰った桃太郎おじさんより』



「おじさんの愚痴、もう一回くらいなら、聞いてやるか」


 下界の奉公屋に頼めば、きっと探してくれるだろう。

 その晩、世眠は、布団の中で呟いた。


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