世眠の獲物の家族構成3「マヨネーズ愛を語る」
「部屋でもサングラスを外さない男が増えてるだろ?」
休みの日に何事かと思えば、親友が原稿用紙を持ってリビングのソファを占領した。
「あのさ、そんなこと言う為だけに来たの?朝の七時だよ?僕まだパジャマだよ?」
言うだけ無駄だと思いながらも苦言を呈した。
「ああ、似合ってるよ、縞模様」
獅士は悪びれることなく続けた。
「今や男子が化粧するのは当たり前の時代だろ?問題はそこじゃない」
いい加減、蹴とばしてやろうかと真剣に悩み始めた時、獅士が、すっと横にずれた。
「わりい、俺だけ座ってた」
「!!」
こういう性格だから、心底憎めない。
「それで、何が問題なの?」
腰を下ろしながら聞くと、待っていたと言わんばかりの顔つきで喋り出した。
「本題はここからだ。化粧をするもしないも個人の自由だ。けど!女装までする必要はないだろ?兄貴が女装にハマって困ってるって、トマリに相談したんだ。それが悪かった。あいつ、何て言ったと思う?「えー!別にいいじゃない。女装でも男装でも、同じファッションでしょ?咎める方が、ありえない!みみっちい愚痴こぼすくらいなら小説書いたら?」俺の方が批判された!」
憤慨する親友は、流石に気の毒だった。
「そうだね、そんな理由で喧嘩したなんて流石に同情するよ」
「そうだろ?それで、言い返してやった」
「……何て言ったの?」
嫌な予感はしたが、見事に的中した。
「だったら、マヨネーズ好きも個人の自由だろ!」
「……」
僕が黙ると、獅士が持参した原稿用紙を読み始めた。
「聞いてくれ。感想が欲しい。いつも何かしら批判してくるトマリに、今日こそはマヨネーズ愛を伝えたいんだ!」
「へ、え……」
嫌だと断っても居座るのだろう。もはや反論するだけ時間の無駄だと思った。
「食欲がない時は、マヨネーズ醤油ご飯に限る。猛暑日が続くと、朝ご飯を食べる気力が湧かない。そんな時こそ、マヨネーズだ!白ご飯に醤油を回し掛けて、マヨネーズでトッピングする。ぐちゃぐちゃに混ぜて食べる、これが、超絶うまい!!何にも食べられない、へばった時、これを食べたら、おかずが食べられる。食べるパワーが出る上に、不思議と心も元気になる。俺流は、マヨネーズ醤油ご飯を、ハムや焼きのりで挟んで頂く事だ。醤油が濃いかな?と感じる時は、庭から摘んで来たミニトマトを、パクリと食べる。ミニトマトの酸味が、マヨネーズとマッチして、醤油の濃さを和らげてくれる。後味が爽やかになる。マヨネーズは万能だ!さあ、どうだ!」
ドヤる獅士が哀れに思えて、逆に笑えなかった。
「そう、だね。極度のマヨネーズ好きには、たまらなく嬉しいメニューだと思うよ」
慎重に言葉を選んだつもりだが、獅士は舌打ちした。
「くそっ、足りないか!でも、まだある」
「まだあるの!?もう十分聞いたよ?」
流石にこれ以上は聞きたくないので、おかえり願おう。
そう思って反論した。
「正直、マヨネーズなんて、どうでもいいよ。ただただ太るだけだよ。それより、外でも、部屋でもサングラスを外さないサングラス男子を小説の主人公にしたら?恋愛小説を書くって言ってたよね?」
核心をついたつもりだったが、獅士は原稿用紙を離さなかった。
「それじゃ、今度は、素麺愛だ!」
「素麺!?」
「ああ、夏バテの時は、素麺を食べる人も多いだろ?著名な料理研究家の村上祥子さんは、自身の著書『60歳からはラクしておいしい頑張らない台所』の中で、素麺を食べる時、麺つゆに胡椒を振ると、つるつるっと食べられるって書いてる。試すと美味しかった。麺つゆに胡椒は、なかなか合う。試して以来、ワサビから胡椒派になった。この後に、マヨネーズ醤油ご飯を食べると、元気百倍だ!マヨネーズは、全くもって万能だ!さあ、どうだ!」
誇らしげに胸を張ったので、大きな溜息が出た。
「そのうち肥満になるよ」
「余計な世話だ!次は、ポテチとおせちだ」
「え、いつまで続ける気?僕まだ朝ご飯も食べてないのに」
僕が呻くと、獅士が恐ろしい事を言った。
「仕方ないな、マヨネーズ醤油ご飯を作ってやるよ。一度食べたら病み付きになる事間違いなし」
「待って!聞くよ!聞くから作らないで」
台所へ行こうとするのを必死に止めると、「遠慮するなよ」と言われたが、決して遠慮などではない。本心だ。
「それで?続きのマヨネーズ愛は?」
急いで聞くと、獅士が満足げに頷いた。
「西洋と和のナイス・コンボだ。俺は、辛い物・しょっぱい物を食べた後で、甘い物を食べるのが大好きだ。 雨の日に、窓から雨を見ながら食べるポテチと甘いケーキは、最高だからな。特に、コンソメ味が好きで、食べ終わった後は、生クリームたっぷりのショートケーキを食べる。幸せなひとときだよ。ピザポテと牛乳プリンの組み合わせも良い。安上がりな幸せだ。正月に、おせちを食べる時は、蒲鉾を醤油につけて食べた後、栗きんとんを食べる。幸せな新年の幕開けだ。数の子を食べて、黒豆を食べる。これがまた、絶妙な組み合わせだ。歯応えも良い!!数の子のコリコリ感。黒豆は、ぺちゃっと潰れる柔らかさ。このおせちコンビは、最強すぎる!!〆に、マヨネーズ醤油ご飯を添えると、幸せオンパレードの幕開けだ!マヨネーズは、全くもって万能だ!さあ、どうだ!」
開いた口が塞がらない。
脳みそを開いたら、マヨネーズで埋まっていそうだ。
「そんな恐ろしい元旦を日本で過ごすくらいなら、海外旅行するよ」
正直に言うと、獅士が悔し気な顔をして腹立たしそうに舌打ちした。
「くっそー、お前には分からないのか!?マヨネーズは、和の心に雅を添える文句のつけようもない美だろ?」
そんな非難の目で見られても、正直な感想を述べただけだ。
「そこまで言うなら仕方ない。とことん語り尽くしてやるよ!そんな迷惑気な顔したって遅いからな!」
僕が項垂れた時、玄関のチャイムが鳴った。
「!?はーい!」
これ幸いと玄関へ飛んで行った。
着替えていないが、今はそんな事どうでもいい。
「お待たせしました、って、トマリちゃん!?こんな朝早くから、どうしたの?」
僕が目を見開くと、申し訳そうな声で答えてくれた。
「獅士が迷惑かけてゴメンね。今すぐ連れて帰るね」
「ああ、りっくんか……うん、そうしてくれたら助かるよ。原稿用紙を持って押しかけて来たからね。延々とマヨネーズ愛を語ってくれたよ。どうぞ、上がって」
二人で喋りながらリビングへ行くと、はた迷惑な訪問者は、いつの間にやらソファで眠っていた。
「あっきれた!叩き起こして帰るわ!」
「うん、そうして貰えると有難いよ」
溜息を吐く前に、バチーンっという音がして、獅士の右頬に手跡が付いていた。
まさしく有言実行だった。
「いってー」と悲鳴を上げて飛び起きた獅士を引き摺って帰って行った。
ようやく一息つけてソファの上に寝転ぶと、知らぬ間に眠りの中へ落ちていた。
早起きの反動と乱入事件に神経を磨り減らした結果だった。
マヨネーズ愛を聞き続けたせいか不思議な夢を見た。
小学生くらいの男の子が、マヨネーズ好きの記憶を一瞬で食べてくれたのだ。
獅士のマヨネーズ好きを直してくれた妖怪の夢だった。
目が覚めると、昼前で朝食を食べ損ねた。
「変な夢見た。記憶を食べる妖怪なんて、いるわけないよ。そんな都合の良い話ないのに。でも、可哀そうな夢だった。あれだけ濃いマヨネーズの記憶なんて食べたら、普通は吐くよ。まあ、夢は夢だけどね」
その夢が現実になるまで後少し。
世眠の獲物は、親友に多大な迷惑をかけ、幼馴染には全く頭が上がらない極度のマヨラーだった。




