世眠の獲物の家族構成2「物語は書く。そんで、告白する」
「あっ、ぼうしー」
桜くんが、空を見上げて叫んだ。
急な揺れに驚いて、ほんの一瞬だけ、パッと手を離してしまったのだ。
その隙に、指の間からするりと抜け出てしまった桃色の帽子。
あっという間に春風に攫われた。
「だいじょうぶか??」
時さんは、急いで桜くんを振り向いた。すると、桜くんが大声をあげた。
「まえ!まえみて!」
「どうした?」
前に向き直って、時さんも驚いた。
「なんだ、こりゃ!」
思わず息をのんで、ピンク色の空を仰いだ。
「すっごーい、まんかいだ」
桜くんは、シートベルトを外すと、ヘルメットも放り投げて、地面へぴょんと飛び下りた。
大きな大きな桜の木だった。優に五メートル。右に左に沢山の枝を広げている。
茜色の空を覆い隠していた。時さんも自転車から下りると、桜に見惚れた。
「……キレイだなあ。こんな色は見た事がねえ。それに凄く大きいな!」
時さんが拍手を送ると、桜くんも真似をした。大きな拍手と小さな拍手が、パチパチパチパチ辺りに響いた。すると、木の後ろから女の子が、ひょっこり姿を現したのだ。桜くんより一・二歳幼く見えた。
「ありがとう。わたし、うれしい」
「あ、おれのぼうし!」
桜くんの帽子をかぶっていたのだ。
帽子の縁からは、桜色の髪の毛が覗いていた。
「どろぼう!」
桜くんが女の子を睨んだ。
「さくら!女の子に泥棒なんて言うな」
時さんは、慌てて注意した。そして、女の子に微笑みかけた。
「拾ってくれたんだよな。えーと、名前は……」
「さくら」
女の子は首をすくめると、恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「はるかぜようちえんの、さくらぐみ」
「春風幼稚園?そんな幼稚園、近くにあったかな?」
独り言のように呟いてから、時さんは女の子に言った。
「さくらちゃん。あのな、その帽子、この子のなんだ。だから、返してくれるか?」
「かえさない。かわりに、これあげる」
「え?」
時さんは目を丸くした。あげると言われたけれど、女の子は何も持っていない。
桜色のワンピースを着て、にこにこ笑っているだけだった。
時さんが、少し困った顔をすると、桜の花びらが一枚ふわりふわりと下りてきた。思わずそれを掌にのせた。そして目を疑った。
「えっ、プリン!?」
「みせて、みせて!!」
桜くんは、時さんの周りを飛びはねた。時さんが腰を屈めると、桜くんにも桜の香がした。
「これは」
尋ねようとした時―――びゅううううううっ―――目の前が見えなくなるくらいの桜吹雪が二人を取り囲んだ。
「わ、何にも見えない。時さん、どこ?」
「さくら、どこだ!?」
時さんは、プリンを手放していた。
「さくら!」
何とか見つけた桜くんを、体ごと手繰り寄せると力強く抱き締めた。
「ここだ!俺は、どこにも行かない。ここにいる!」
温かい言葉に安心して、桜くんは時さんの胸に顔を押し付けた。
「うん!!」
時さんは、桜くんの頭を何度も何度もぐりぐりした。
二人が目を開けられるようになった頃には、女の子と桜の木は消えていた。
もちろん、桜色のプリンも。
「不思議なこともあるもんだなあ」
時さんが小首を傾げると、桜くんが言った。
「めいわくな子だったよ。きっと、あの木が、おうちなんだ」
「ふっ、そうだな」
二人は顔を見合わせて笑った。
「プリン、食べ損ねたな」
時さんが言うと、桜くんが悲しげな声で呟いた。
「ぼうし、もってかれた」
「そうしょげるな。また作ってやるから!」
時さんは、転がっていた銀色のヘルメットを拾った。
「見ろ、これ」
桜くんがヘルメットを覗き込むと、そこには、たくさんの花びらがあった。
「…桜のプリンも、いいかもしれねえなあ」
時さんが笑うと、桜くんも赤い頬っぺに小さな笑窪をつくって笑った。
「ぼうし、みずいろにしてね?」
「ん?水色?何でだ?」
「だって、時さんのじてんしゃと、おそろいだよ」
二人は、また仲良く帰って行った。
☆ ☆ ☆
「めでたしめでたし」
都夏が読み終えると、獅士は、険しい表情で窓の外を見つめていた。
「どう?書けそう?」
少し沈黙があって、獅士が口を開いた。
「俺、トマリに謝る」
「そうだね、それがいいよ。これで一件落着だね」
都夏が頷いて言った。しかし、獅士が、言葉を続けた。
「物語は書く。そんで、告白する」
「へえ!頑張って」
都夏は、幼馴染の初恋を心から応援した。
「恋愛系?そんなの書けるの?」
玄関の前で、トマリが、しかめっ面で聞くと、獅士は、真面目腐った顔で頷いた。
「ああ、兄貴を馬鹿にしたのは、俺が間違ってた。でも、書くって言った。それは、貫く。だから、俺が、物語を書けたら、告白、断って欲しい」
「うーん、それは、内容によるかな?」
トマリは、もたいぶったような顔をして、くるりと背を向けた。
「俺、おまえの為に書くから」
「え?」
トマリが振り向いた時、獅士は帰っていた。
「言い逃げ?」
トマリは、呆れた風に肩をすくめた。




