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世眠の獲物の家族構成1 「兄貴、まーた、落選したってさ」

 

 ある日曜日の朝、トマリは、色とりどりのチューリップを腕いっぱい抱えて、踊るような足取りで家に入った。

 花瓶に生けて、居間の三角テーブルに飾るつもりだ。


「チューリップなんか、すぐに枯れるぞ。散らかるだけだ」


  獅士ししは、ちらっと水色のワンピースに目を遣って、すぐに逸らした。


 (もうちょい長いの履けよ。無自覚か)  


「獅士は、季節をでる心がないから、そう思うのよ。りっくんを少しは見習ったら?この前、読ませて貰った絵本のお話、とっても良かった」


  憎まれ口を叩く幼馴染に、トマリは言い返した。


「ああ、あの落選したやつな。毎回、落選してんのに。兄貴も、いい加減、小説家なんか諦めて、就職すればいいのにな」


 ソファに寝転ぶ獅士が鼻で笑うと、トマリが目を吊り上げて言った。


「何よ、あんたなんて、自分で書けもしないくせに!そんなに言うなら、書いてみなさいよ!GW、出掛ける予定もないんでしょ?どーせ、一行も書けないから!」


 流石にカチンときて、獅士は起き上がった。


「!!なんだよ、それ。ああ、いいぜ、書いてやろーじゃん!一日で仕上げてやるよ!その代わり、俺が書けたら、松下先輩の告白断れ!」


  喧嘩腰の宣言と、身勝手な要求に、トマリは、目を丸くした。


「!!何で、知ってるの!?告白の返事は、私が決める事で、獅士には、関係ないでしょ?」


「あれっ?怖いんだ?内心は、俺が書けるかもしれないって、期待してるんだろ」


 意地の悪いニヤリがおが、よほど気に障ったのか、トマリは、顔を真っ赤にして怒った。


「!!そんなわけないでしょ!いいわよ、断ってあげるわよ!書けなかったら、土下座で謝って!!」 



「っていう喧嘩を一昨日したんだよ」


 都夏となが部屋に入ると、珍しく勉強机に座っている親友が、原稿用紙と向き合っていた。理由を尋ねたところ、事の顛末を聞かされたのだ。

 

「売り言葉に買い言葉だね。素直に好きって言えばいいのに」


  都夏が肩をすくめて言うと、獅士が顔をしかめた。


「言えたら、苦労しねーよ。兄貴のやつ、落選する度、次こそはって燃えてンの。馬鹿じゃねぇの」


 吐き捨てるように放った言葉は、まるで八つ当たりだった。


「それで、りっくん、今度は何に応募したの?」

 

「絵本コンクールだとさ」


話を変えると、むすっとした表情で答えてくれたが、都夏は正直なところ驚いた。


「絵本!?子供嫌いなのに?」


「子供嫌いが、子供が喜ぶ話なんて書けるわけねーんだよ。そういうわけで、まーた、落選したってさ」


「へー、どんな話だったの?」


「落選したの読みたいのか?」


「うん、暇だから」


 手書きの酷く汚い字で書かれた原稿を手渡すと、都夏が、わざわざ声に出して読み始めた。


「タイトルは、『春風保育園さくら組』だって」


   ☆ ☆ ☆



「今日のおやつ、何かな……」


 幼稚園の門の傍で、桜くんは、そわそわしながら迎えを待っていた。

 ついさっきまでは、友達のすいくんが一緒だった。


 でも、吹くんは、お母さんが迎えに来るや否や、桜くんの存在なんか忘れてしまったかのように駆けて行った。


「ママ!お夕飯は何?カレーライス?」


「カレーがいいの?じゃあ、人参と玉ねぎがいるわね。他はあるから。買って帰りましょう」


 吹くんのお母さんは、にこにこして笑った。

 そして、桜くんの方を向くと、優しく微笑みかけた。


「桜くん、さようなら」


ぺこっと頭を下げると、吹くんの手をひいて帰って行った。

親子でそっくりの黒い長髪が、春風に揺れていた。

その後ろ姿を見送りながら、桜くんは、ボソッと呟いた。


「お母さんがいたって……ぜんぜん、うらやましくない」


 最後の方は、弱々しい声になってしまった。


 桜くんは、何だかやりきれない気持ちになって空を見上げると、桜の枝が見事なアーチを作っていた。

 赤茶色い門の両脇に植えられた桜の枝が、互いに張り合っている。

 空に向かう途中、互いに力尽きたのか、まるで握手をしているような形に納まってしまったのだ。


「時さんに見せたいな」


 桜くんは目を丸くして言った。

 そよそよ風が吹くと、花びらがはらはら散る。

 それが右に右に流れて、空が小川に見えた。


 この時ちょうど空では、春風幼稚園の年少組が、帰宅の時間を迎えていた。

 春風の子供達は、お母さん春風に乗せられて、ひゅひゅひゅーうと帰路へ着く。

 お母さん春風が迎えに来る度、桜くんの目の前で、桜が舞って輪を描いた。


「わわっ、きょーふーだ!」


風に飛ばされてしまわないよう、桜くんは帽子を深く被り直した。

それは、不器用な時さんが縫ってくれた大事な帽子だ。

流れる花びらを、じいっと見つめていると、頭の上で可愛らしい声が聞こえた。


「いいな、ほしいな、ももいろ、ぼうし」


桜くんは、ハッとして頭を触った。

そおっと辺りを見渡してみた。だけど誰もいない。

お迎えを待っている子は、桜くんが最後だ。


「なーんだ、空耳かあ……」

 

 桜くんがそう思った時、キキッーと音がして水色の自転車が止まった。


「待たせちまったな!」


 時さんが、真っ白い歯を見せて、にかっと笑った。


「今日のおやつは、プリンだぞ!」


「やったー!」


桜くんは、両手を挙げて喜んだ。


「時さん、だいすき!」


 時さんは、自転車から素早く降りると、桜くんをぎゅっと抱き締めた。


「……わりい、また遅くなっちまった」


 桜くんは、何も言わなかった。黙って、時さんの両腕を握り締めただけだ。


「帰るか」


 時さんは、桜くんを自転車のチャイルドシートに乗せると、帽子は右手に持たせた。

 替わりに、銀色のヘルメットを頭に被せた。


「うし!シートベルトも締めたな……」


「うん!」


「ハンドルちゃんと握ってろよ」


「はーい!」


 時さんが、軽やかに自転車に跨った。

 白いTシャツから汗の匂いがする。桜くんは、時さんの背中を見つめた。

 何だか少しだけ寂しい気持ちになって、ハンドルと一緒に帽子もぎゅうっと握った。


 水色の自転車は小川に沿って進んで行く。小川がコポコポと歌う。

 その歌声を聴きつけて、桜の花びらが飛び込む。ひらりと水面に舞い降りて、水中で踊り始めた。


「水に浮く桜も、なかなか乙だなあ」


 時さんは目を細めてペダルを漕いだ。一方、桜くんは自転車の後ろで、プリンの事ばかり考えていた。


「ねー、なにプリン?チョコお??」


我慢が出来なくなって尋ねてみた。聞かれて我に返った時さんも考えた。


「うーん……チョコはダメだ。昨日、食っちまっただろ?」


桜くんは、しまった、という顔をした。


「ばれてたの?」


内心がっかりした。だけど、不思議と幸せな気持ちにもなった。


「ストックが、もうねえからなあ。帰りに買うか。何のプリンにするかなあ」


その時だった。

ガタタタタン!

大きな音がして自転車が揺れた。とつぜん、地面から大きな木の根っこが現れたのだ。


「うおっつ!」


時さんが、あっと思った瞬間には、既にタイヤは根っこを乗り越えていた。


「あっぶねえ!」


横転しそうになったが、時さんは機敏に反応して何とか踏みとどまった。

時さんはドジだが、運動神経は良い。おかげで二人とも怪我もせず済んだ。



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