第21話 世眠の珍道中 後編
高校生二人は、運よく窓際をゲットした。
「俺は、猛反対した!児童虐待で訴えるとまで言った!」
「へえ、どこへ訴えるの?」
「児童相談所」
「行くって言ったのか?」
「もちろん!」
「したら?」
「ご勝手に♥つった。どういう神経してんだよ、マジで!」
美男子は、乗り込んでもまだ怒っていた。相当、鬱憤が溜まっているようだ。
「信じられるか?明日から三泊四日だぞ。親の務め果たせよ!」
「………おっ、あれなんか良いぜ。小説の題材になるかな?」
狐顔の男子は、乗り込む前から、シャッターを切っていた。
「都夏、俺、こっちデッサンするから。撮影よろしく。光紀さんには、俺も世話になってるからな。ちょっとでも、手伝ってあげたいし」
「………分かったよ、獅士」
膨れっ面で、どこか子細顔でもあったトナが、渋々デジカメを受け取った。
「スマホでよくないか?」
「トナ!指示通り動けよ。俺ら、金貰ってるんだから」
シシが、スケッチブックを広げて言うと、トナは黙って頷いた。
(こいつらの話、どっかで聞いたような………気のせいか)
世眠は、思い出そうとして、面倒なので諦めた。
実習手帳を開けば、すぐに分かる事だった。
手帳には、獲物の詳細が書かれている。
『家族構成』、『GW中の予定』、『友人関係』などなど、獲物情報班が、徹夜で調べた獲物データが詰まった有難い手帳なのだ。
しかし、世眠が、それを思い出す事はなかった。
世眠は、シシのスケッチブックを覗き込んで、(まあまあ、だな)と褒めてやった。思う存分、初めての船旅を楽しんだ。
そうしているうちに、チケット売り場で二人の後ろに並んでいたカップルが、一階のラウンジから上がって来て、近くに腰を下ろした。
「ねえ、かんちゃん、帆船が近付いて来るよ」
女の方が、前方を指差して言った。橋の下を通過した直後である。
「あれ、ゴーストシップじゃない?」
「ほんまアホやな、千鶴は。そんなわけ」
否定しかけた男の方も、口を開けたまま固まった。
先ほどまでの天気は、どこへやら。空が、真っ黒い雲に覆われていた。
他の乗客も気付き始めた。
「えー、本物?」
「そんなわけないでしょ。サプライズ的な何かじゃない?」
痛みの激しい大型船。無風ではためくボロボロの大きな帆。
まるで、映画のスクリーンから飛び出たような、本物のゴーストシップだ。
しかし、ほとんどの乗客は、GW限定のド派手なマジックショーだと思っていた。
けれど、操舵室では、若い舵手が、青ざめた顔で聞き返していた。
「………今、何と?」
無線で問い合わせた大型船は、どの港からも出航していないばかりか、存在しないというのだ。
「どうなっている!?あの船は、何だ!?何が起きている!?」
舵手が絶望的な声を上げた。その頃、乗客たちも、騒ぎだしていた。
「ねえ、ぶつからない?」
「直前に逸れるとか?」
「そんな器用な事できるの?」
「失敗したら、死ぬんじゃない?」
不安な声が、そこここから上がり始めた。
ゴーストシップの針路は、この乗船だ。
大型船との距離は、わずか三百メートル。
そして、事態は悪化した。
ゴーストシップの先端から、大砲が顔を出したのだ。
乗客は全員、息を呑んだ。いや、息を呑む前に、黒い砲弾が、音もせずに筒から飛び出していた。的は、クルーザー。
「きゃあああ!」
「たすけてー!」
「お母さーん!」
皆が、絶対絶命の危機に直面しているというのに、世眠は、呑気に高層ビルを眺めていた。
シシは、スケッチブックを閉じた。
「死んだな。俺、天国逝けるかな」
トナが、首を横に振った。
「さあ、知らね。けど、終わったな。短い人生だったよ」
乗客たちも諦めたのか、その場は静かになった。
死を覚悟した者たちの顔つきであった。
最初にゴーストシップを見つけたカップルは、身を寄せ合っている。
子供連れのお母さんは、我が子をしかと抱き締めた。
友人同士で乗り合わせた若い子たちは、手を取り合った。
世眠が、周囲の異変に、ようやく気付いた時、上空から聞こえた声と共に、黒い砲弾が、パカリと二つに割れた。
「ったく、世話がかかる」
人間に、その太刀筋は見えなかった。
見えたのは、割れた砲弾の末路。
水面に浮かんだ三つ葉のクローバーは、二枚とも、ふっと消えた。
世眠は、喜び勇んで両手を振った。
「三羽さん!!おーい!三羽さーん!!俺だよー!」
三羽は、世眠に気付いて苦笑した。
「おい、三羽、さっさと、船を斬れ!」
世眠は、再び歓喜して、両手をぶんぶん振った。
「四羽さん!!おーい!四羽さーん!!」
四羽も、世眠に気付いて苦笑いした。
「ねえ、四羽、世眠がいるって知ってた?」
三羽が、肩をすくめて尋ねると、四羽も呆れ顔で答えた。
「いや。まさかの展開だ。こんな所で、油を売っていたとはな。一姉からは、獲物を守れとしか命令は受けてない」
「じゃあ、このまま自由にさせとく?」
「いや、それはそれで、後から小言を言われそうだ」
二人が話し合っている間にも、砲弾は飛んできたが、二人の大太刀は、華麗に舞った。
斬り捨てられた砲弾が、三つ葉のクローバーと四つ葉のクローバーに変わる様は、人間の目にはマジックショー。
乗客は、すっかり安心して拍手喝采した。
舵手でさえ、呑気に見物している。
「何だ、サプライズだったのか」
しかし、ゴーストシップの針路は、変わっていない。
大型船との距離は、わずか百メートル。
「おーい!三羽さーん!!四羽さーん!!船が直撃するよー!!」
これには世眠も焦って、大声で二人に呼び掛けた。
その時、黒い影が、二人を突き飛ばした。
「どけ!バカ双子!!カガリヒバナ!」
ゴーストシップの真上に、ボボンッと巨大なシクラメンが咲いた。
反り返った紅色の花弁は燃え始め、その業火で瞬く間にゴーストシップを全焼させた。
サーカス顔負けの大マジックに、乗客たちは瞬きも呼吸でさえ忘れて見入った。
「邪魔も大概にしろ、篝!!」
三羽が苦情を言うと、四羽も非難した。
「材料を燃やすのは、営業妨害じゃないかな。後で、マジック・アイスクリンの材料にする予定だったんだよ」
「邪魔される方が悪い」
その素顔は、仮面に隠れて見えないが、悪びれた様子はない。
「君、砂花の番を首になったらしいね。解雇された理由は何?」
三羽が答えを得る前に、蛙の面を付けた妖怪が出現して、篝に告げた。
「篝さま、お兄君がお待ちです。お急ぎ下さい」
「兄さんが?分かったよ、七草」
頷くと、連れ立って飛んで行った。
三羽と四羽、そして世眠は、遠ざかる二つの背を目で追い掛けたが、すぐに見えなくなった。