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第20話  世眠の珍道中 前編

  

 世眠の下界実習・初日、『空港編』からの流れです。


 覚子の下界実習・初日19話後の意味で、第20話 にしています。


 



「ねえ、下界にも、ウジ族の行列があるの?」


「おや、おかしな事を聞く。どれ、ああ、人だかりじゃないか。浅草は、有名な下町だからねえ」


「下町?下界にもあるの?」


「江戸っ子の住む町さ。降りるかい?」


「うん!下界の下町を検分してやるよ」


「ほほほほ、面白い坊だ。気を付けて、行きんしゃい」


 長大な風の龍は、浅草の上空で止まった。

 輝龍きりゅうの名を捨てた山鹿霧子やまがきりこと世眠は、大阪から東京まで、風の昇り龍で上京したのだ。


「ありがとう、霧子さん!」


「かまあしぇん、楽しみねえ」


見送りの言葉を頂戴して、世眠は、勢い良く飛び降りた。


「………すげえ、何だここ」


世眠が驚いたのは、雷門の雷神さまでも、風神さまでもない。


「空港より人が多い………」


 群れをなす人の荒波である。

  飛行高度を下げて近付くと、さっそく人とぶつかった。


「うわっ!いってえ!」


 文句を言っても始まらない。相手は人間だ。


「くそ!あいつの記憶、食ってやる!」


ちょうど小腹が減ってきた。

世眠は、防霊試験管を取り出した。


『いいですか、皆さん。実習中は、自分の獲物以外の記憶を食べてはいけません。無断飲食の罰則は、一回につき三百点です。盗み食いしないように!』


世眠の記憶に、五香松先生の言い付けは残っていない。

もとから守るつもりがないのだから、当然といえば、当然だ。


「あの男だったな!あっ、おいっ!行くな!」


 勢い込んだが、標的は人波に紛れて、あっという間に見えなくなった。


 悔し紛れに、目先の人間の記憶を盗んでやった。


「ふん、これで我慢してやるよ」


  世眠は、防霊試験管に入れると、素早く修福しゅふくコルクで蓋をした。

 

「下界での初食はつしょくだ!」


 雷神さまの頭上に腰を下ろすと、逆さにしてコルクを抜いた。


ポンッと音がして、掌に乗っかったのは………


「蕎麦?白いぞ?………」


 一瞬、首を捻ったが、はっとした。


「べちょべちょだ………さっさと食っちまおう」

 

一口食べて仰け反った。


「う、ぼええ!ゲボッ、ぐっうっ」


 世眠は、記憶を、かなぐり捨てた。


「くっそ、マジぃ。これ、腐ってるだろ」


 世眠の読みは当たっていたが、実習中の食事ルールは、完全に忘れていた。


『下界実習;食事マナー その壱、 記憶のポイ捨て並びに御残しは、マイナス千点とする』


  世眠は、風神さまを横目で見て、深い溜息をついた。

  あんまりにも悲しかったので、しょげかえって一首詠んでみた。


「風神の 衣なびかせ 食う蕎麦の つゆなし記憶 苦しむ味か」


 雷神さまにおさらばし、目に入ったのは、五重塔だった。


「これが、三宝の言ってた寺か?」


 世眠は、目を丸くしたが、そんなわけがない。清水寺があるのは、京都だ。


「人間は、ここから飛ぶのか?………飛ぶ気が失せる塔だな」


 世眠は、さっさと見切りをつけて、宝蔵門へ向かった。そして、そこで大発見をしたのだ。


「すっげえ!下界にも大足おおあしがいたのか!」


 七番地の大足は、下界を嫌って浮雲にしか住まないと聞いていた。


「こんなでっかい草鞋、大足しか履けねえな」


  世眠が感心して見つめていた時、すぐ後ろで声がしたので、思わず振り向いた。


「はい、一応、撮りました。本堂も要りますか?あ、はい、了解です」


 スマホで通話中の人間は、三宝が見たら、目を輝かせて大喜びしそうな美丈夫だった。

 もう一人は、三宝の好みとは言い難い。スケッチブックに、大足の草履を描いている。


光紀みつきさんに聞いてくれ。二天門は、どうする?」


狐顔の男子が、頭を上げた。


「あ、伯母さん、二天門は………分かりました。指定の食事は?あ、はい、了解でーす」


 美丈夫は、スマホを切った。


「ざる蕎麦と、天ざるらしい。どっち食う?」


「天ざる」


 立ち聞きしていた世眠は、くるりと背を向けた。


(蕎麦は、当分ごめんだ。でも、もし………カッコが食べたいって言うなら、一緒に食ってやるけど)


 世眠は、情に厚い幼馴染さんぼうから情報を貰い、(正確に言うと、老舗焼鳥の床に土下座をし、五老次郎の口添えもあって、何とか聞き出せたのだが、)覚子が、蕎麦好きなのを知っている。

 どうやら、麺類が好きらしく、うどんや、スパゲッティも好きらしい。


(初デートで蕎麦は、ちょっと………けど、もしかしたら、喜ぶかもしれねえ。あいつ、変わってるからな。それに、俺の奢りだって言ったら、『世眠くん優しいね。惚れ直しちゃった』とか言われるかもしれねえ。ぐふっ。『どうして蕎麦好きって知ってたの?』『愛の力だよ』『もう、世眠くんたら、次は、うどんにしてね』『おう!』二回目のデートの約束も出来たりしてな………うふっ、悪くねえ)


 世眠は、鼻の下を伸ばして、バラ色の未来を夢に見ながら、境内をぶらり回って、最終的に行き着いた場所は、「クルージングだ!」


 世眠の緑眼が煌めいた。浮雲には、大きな川や海がないのだ。

 小川や、深い池、湖はある。しかし、船はない。


「想像してたヤツじゃねーけど、でも、船だ!」


 三宝が持っている下界の絵本、それで見た船と大きく異なる。

 けれど、世眠は歓喜した。

 しかも、妖怪はチケットなど必要ない。万々歳である。

 と、その時、聞き覚えのある声がした。


しょうゆうを置いてく気だ。普通、連れて行くよな。八歳と九歳だぜ?」


 さっき見た美男子が、隣に並ぶ狐顔の男子に愚痴っていた。

 二人は、チケット売り場に並んでいた。


「へえ、めしは?どうすんの?まだGW初日なのに」

 

 狐顔が、スケッチブックを広げて、売り場の様子を、サササッと鉛筆で留めた。


「スーパーとコンビニがあるじゃない♪だとさ」


 その愁いを帯びた美顔を見て、世眠は小首を傾げた。誰かに、似ているのだ。


(うん?こいつ、どこかで見た気がするぞ。気のせいかな)


「おばさん、相変わらずだな」


 「あ、ちょっと待って。伯母さんからだ」


 そう言って、白いスマホを、デニムのポケットから取り出した。


「え、値段ですか?高校生二人で、え?往復?三千円しますよ。あ、分かりました。でも、あのカフェに行くには一度戻らないと、え?それは、ハード過ぎ、あ、はい、了解でーす」


  絵描き役の方は、後ろの客に頭を下げて、売り場の店員に急いで言った。


「高校生二人、往復で」

  

  世眠は、妙に、この二人が気に掛かって、一緒に乗り込んだ。


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