夜桜 編6. 「 祝儀には呼んでくだせえよ」
夜桜 編は、完結です。
「許しとくれ、鑼羅。あんたの店、守れなかったよ………」
五十重縛縄が千切れる!お冬は、目を瞑った。
その時、最後の桜柱を取り込んだ桜色の数珠玉が一つ、パア―ッと光の糸を吐き出した。
そして、旋回しながら間合いを詰めていた残り十七個の数珠玉と繋がったのだ。
「やったよ、お冬さん!」
突如、斬幽が雄叫びを上げた。
「うっおおおおお!」
お冬が、片手で目蓋の汗を拭うと、そこには、巨体を締め上げる桜色の大数珠があった。
「きっ、さ、まらああああ!」
勝利の女神は、奉公屋と保持妖怪に微笑んだ。
「お冬さん!」
「あいよっ!」
残り二本の五十重縛縄を、飛翔したお冬が、空中で放った。
「五月限定、出血大サービスだ!葉桜も受け取りな!」
鮮やかな大量の葉桜が、斬幽の大口とデカッ鼻に貼り付いた。
「ぐっ、!ごっ!ぐっ!」
僧戒は、絶対奉公屋お冬が、命懸けで手掛けた『桜の大数珠』を、決して緩めなかった。
淡道本家の男衆は、保持妖怪の数珠使い。
そして、奉公屋との結束が強い。
お冬も、五十重縛縄を、絶対に千切らせなかった。
巨大な怨霊が、気を失うまで、実に一時間も掛かった。
「はあ………これで死んでいないんだから………タフとしか言いようがないね」
「まあ、一族の首領なんで………でも、バカ力しか能がない兄貴の方で、助かりましたよ」
僧戒は、心から言ったが、お冬は頷けなかった。
鑼羅を呪殺した怨霊は、捕えられていないのだから。
「地獄舟まで運ぶのは一苦労だよ」
「渡し守りを呼びますか?」
「そうしとくれ」
お冬が、うつろな目で答えた。
その晩、お冬は、老舗焼鳥の店主に愚痴った。
「楽じゃないのさ、奉公屋も、義母も………店も、娘も失ってさ。可愛い我が子を、あんな若僧にとられちまって………」
お冬の頬には、涙の跡があった。
「………そうでも、ねえみてえですぜ?」
五老次郎が、顎をしゃくった。
「え?」
カウンター席を独り占めしていたお冬が振り向くと、若い娘が、微笑みを浮かべて立っていた。
「一緒に、飲んでもいいですか?」
「………旦那はいいのかい?」
お冬が嫌味を言うと、聡子が笑った。
「彼氏です。義母の承諾を貰えない相手なら、一生彼氏でいいです。プロポーズも、お断り継続中です」
それを聞いて、お冬が苦笑した。
「付き合ってるのに、お断りなのかい?可哀そうな話だねえ」
「………結婚したい相手ができた時は、真っ先に知らせるって、その時は、母子で初酒を呑もうって、約束したじゃないですか、お義母さん」
お冬は何も言わなかったが、聡子は、隣に腰掛けた。
そんな二人に、五老次郎が、特上の初酒を振舞った。
それは、記憶酒なんかではなく、本物の下界の酒だった。
「内緒ですぜ、御二方。祝儀には呼んでくだせえよ」
お冬の瞳から、ぽろりと涙の粒が零れた。
この晩、老舗焼鳥は、貸し切りであったとか。
血は繋がらずとも、魂の絆で結ばれた母子の為に。