20. 砂花《すなばな》の女王《クイーン》と悪女・女雛《めびな》の末路
浮雲小学校の真下に広がる出城ヶ丘は、深い森である。
鳥のように、縦横無尽に飛翔できる保持妖怪でさえ、迷う事がある。
他の妖怪なら、尚の事。従って、要塞の役目を果たしている。
子供たちは、秘密のルートを通って小学校に通っている。
そんな複雑で、深い深い森の中腹に、直径九百メートルの砂花が、巨大で長大な蕾を一つ膨らませている。
その蕾が開く時、広大な砂花が口を開ける。
蟻地獄のように、滑り落ちて来る獲物を待ち構えているのだ。
砂花に足を取られた者が行き付く地下牢は、別名、氷の宮殿。
「うっははっ!うっはっはっ!」
氷柱の間に、笑い声が木霊する。
高らかに笑う娘は、髪が短く褐色で、右目がなかった。口は耳まで裂けている。
別に、そこまで寒くはないのだが、白装束の上に、背中に金の星が付いた赤い半纏を羽織っていた。
砂花の番妖怪。名を昴星。
昴星は、浮雲小学校を卒業した、もと死人である。
今は保持妖怪だ。
その頃は、七草が校長であった。
「馬鹿な女狐♪七さまを騙せると思った?脳みそがないのね♪知らなかったでしょ?こんな場所があったなんて!うっははっ!うはっ!」
開いた左目に映る囚妖怪は、梅桃女雛だ。
「私の旦那が黙っていないわ!」
男雛の組の児童、鹿島蓮子に睡眠薬を飲ませて、掃除道具入れに突っ込んだ真犯人は、女雛だった。
「うはっ!うっはあっ!うはっ!」
昴星が左目を細めて嘲笑う。
「よく鳴く、よく鳴く。ほんに狐よ♪コーンコーン♪うっははっ!うはっ!」
女雛は、五重縛縄で縛り上げられ、天井から吊るされていた。
ここは、取調室で、一時的な監禁室でもある。
浮雲小学校に謀反を企てた者の多くが、この氷柱の間に落ちて来る。
これが悪女の末路。いや、ここからが、本当の末路だ。
「両耳は欲しくない♪片耳に限る。貴重な感じが、たまらない♪うっはあっ!うははあ!」
悪女の前にも後ろにも、氷の飾り棚が、幾つも置かれてあった。
棚には、氷漬けにされた片耳が、ずらりと並んでいる。
昴星自慢の片耳コレクションだ。
「悪趣味な………」
悪女が、脅えを含む小声で呟いた。顔は蒼白になって、寒さで唇も真っ青だ。
「そっちが、福耳シェルフ。こっちは、垂れ耳。それから、尖り耳。あーれは、貴重な地獄耳♪うはっ!うはっ!」
丸椅子に腰掛けて赤い歯を見せ、昴星が棚を指差す。
「あの垢で汚れたのは何だと思う?袋耳♪うっはっはっ!うはっ!うはっ!」
一頻り笑った後で、昴星の左目が怪しく揺らいだ。
「私の母さまは口裂け女。父さまは、浄土仲介者。七草さまに、ここを任された理由の一つ♪裏切り者は許さない。節句妖怪の耳なんて、初めて。うはっ!女狐の耳、とっても素敵。不格好で小っちゃくて、とっても下品!うははっ!」
丸テーブルの上に置いた赤い柄の鋏を掴むと、ポンッと氷の床を赤い草鞋で蹴って飛翔した。
「なっ、何をするの!?や、やめて!!」
悪女が金切り声を上げると、昴星の口から細長い舌が、チョロチョロのぞいた。
「いただくわ♪」
「ひゃ、ひゃあああ!」
大絶叫が響き渡ったが、血は流れなかった。
「どういうつもり、星道」
妹の星道が、空中で、昴星の腕を握ったのだ。
「姉さま、七さまの御命令を忘れたの?」
星道のピンク色のツインテールが揺れた。
氷の宮殿の主は、爪紅星道。
妹の方は、四条流 七の方に忠誠を誓っている。
「悪女は、取り調べ後に下界流し。下界の妖務所にて、終身刑。明治神宮管轄の絶対奉公屋が請け負う。そう、断罪された筈」
「下界流し………」
放心中の悪女が、ぽつりとつぶやいた。
星道は、ふうっと息を吐いて降参した。
「はいはい、はい。女王には逆らえませんよーだ!うはっ!」
すとんと床に着地した。その横に、星道も降り立った。
二人とも服装は同じだが、妹は、赤よりピンクを好んだ。
「私たちの主は、七さま。逆らえぬ御方も、七さま」
「私の主は、七草さまよ!」
昴星は、ムキになって噛み付いた。
「よくって?私は、いずれ下界へ行く!あの方の、おそばに!」
「その時は、自慢の片耳コレクションは、持って行ってね」
「言われるまでもない!」
大喧嘩になりそうな雰囲気だったが、星道が、思い出したように言った。
「ああ、そうだ。言い争ってる場合じゃない。姉さま、これ、貰いますね」
星道は、吊るされた悪女を下ろすと、縄を解かず氷塊の間に放り投げた。
そして、自分もそこへ入ると、扉をぴたりと閉めてしまった。
「あー、おそろし、おそろし。うはっ!うはっ!」
昴星の呟きを聞く者はいない。
「真に恐ろしいは末娘。砂花女王♪うっはっはっ!うははっ!」
氷塊の間、引き出しで眠るのは、年代物の指の数々。
「耳を落とすと困るでしょう?聴取は、まだ終わっていない。聞き出すことは山とある」
目元まで届く星道の笑い口。砂花女王を知る者は、陰でこう呼ぶ。『砂花の刃』、裁てぬ指なし。
「七さまは、優しい御方、おまえを許すかもしれぬ。しかし、七さまを欺きし罪、私は決して許さぬ。裁断の許しは、六代目校長、六孫さまから頂戴した」
星道が七色に輝く鋏を、懐から取り出した。
「さあ、始めよう。おまえは、何本差し出せる?」
悪女は、必死に首を振った。
「いや、やめて、お願い、助けて」
目から涙が、鼻から鼻水が止まらず流れて、顔は、ぐちゃぐちゃだったが、星道が心動かされる事は一切なかった。
「無様な女め、手では足りぬか。ならば、足も頂こう」
「ぎゃっぎゃああああ!!!」
ここは、砂花、最下層。
どんな悲鳴も露となる。
「以上が、悪女の末路でございます」
北校舎、特別会議室にて、事務員の五覇四重が、砂花を映す鏡、アイス・ジャッジを閉じた。
「相変わらず容赦ないわね、星道は」
五年一組の担任、影泉椿が、欠伸を噛み殺した。
「あの女雛先生がね~、あ、もう先生じゃないか」
三年三組の担任、三道光子が言うと、それまで黙っていた教諭たちも話し始めた。
「僕は、最初から怪しいと思ってたんですよ」
「嘘つけ。おまえ、ベタ惚れだったじゃねーか」
「どちらにしろ、たいした悪女だ。十五年も騙された」
胸に抱く思いは、それぞれ違う。けれども今は、
「打倒五番地、ひいては三番地鎮圧、異論ございませんね」
五覇四重の諮問に、全妖怪教諭が頷いた。