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2・世眠のライバル



 トイは、覚子が、浮雲九十九番地にやって来た一カ月後に、やって来た。

 そして、転校初日、教室は、色めき立った。


「わあっカッコイイ!!」


 女子が、口々に、きゃあきゃあ騒ぎ立てたので、男子は、面白くなかった。

 特に、世眠は、気に食わなかった。

 覚子の隣の席になったからだ。


 トイは、生前、妖怪だった。

 理由は分からないが、未練が残ったせいで、浮雲に迷い込み、九十九番地に辿り着いた。

 元が妖怪なので、そう心配もいらないだろうという事で、子のいない夫婦の養子になって、九十九番地で暮らし始めたのだ。


 もともとが妖怪だから、クラスの皆は、気兼ねなく話し掛けたが、トイは、いつも素気なかった。

 どれだけ誘っても、クラスの輪に入ろうとしないので、話し掛ける男子はいなくなったが、女子に対しては、驚くほど紳士的だった。


 トイの方から親しく話し掛けるわけではないが、重そうな荷物を抱える女子を見つけたら、「僕が持つよ」と言って荷物持ちを代わった。

 体操服を忘れた、先生に叱られると言って嘆く女子に、「僕のを使ってよ、洗濯してあるから綺麗だよ」そう言って、自分が先生に怒られた。


 こういう具合なので、女子には、モテまくった。

 素っ気ない態度も、女子に言わせれば、ツンデレらしい。

 この単語は、三宝が広めた下界ワードの一つだった。


 ますます面白くない世眠は、トイに決闘を挑むわけでもなく、覚子に、ちょっかいをかけた。


 世眠は、昼休み、自主的に飛行練習をしていた覚子を見つけて、校庭のド真ん中で叫んだのだ。


 「おーい、パンツ丸見えだぞー!」


 見えてもいないのに、気を引きたいが為の大嘘だった。

 しかし、校庭で遊んでいた男子は、それを聞いて爆笑したのだ。

 女子は、「世眠くんのスケベ!」「ヘンタイ!」と怒ったが、可哀そうなのは覚子だった。

 顔を真っ赤にして着地すると、泣きながら保健室に逃げ込んだのである。


 それを見て、世眠も反省した。

 やり過ぎた、謝ろう、そう思って必死に後を追ったが、保健室に入ろうとした時、トイの声がしたのだ。


「大丈夫、パンツなんか見えてなかったよ。頑張って練習してたのに、酷いね。僕は、覚子ちゃんが頑張ってる姿を見ると、勇気が沸いて来るんだ。僕も、本当は、知らない場所で暮らすのは不安なんだ。だけど、覚子ちゃんなんて、僕よりずっと大変でしょ?でも、努力を諦めない。尊敬してるんだ。良かったら、僕と友達になってくれる?」


「うん!!私の事、カッコって呼んでいいよ。三宝ちゃんが付けてくれた、あだ名なの」


「分かった。じゃあ、僕の事は、トイで、呼び捨てでいいよ」


「じゃあ、今からトイって呼ぶね」


 仲睦まじく話す二人を見て、世眠は、くるりと背を向け教室に戻った。


「俺だって、カッコって呼びてえのに。何で、あいつが、先に呼ぶんだよ。俺だって、友達になりてえよ」


 廊下を、しょんぼり歩きながら、溜息を吐いて教室に入った。

 世眠が、肩を落として、窓際の自分の席に座ると、仲良く喋りながら入って来る二人が見えて、思わず俯いた。


  (あーあ、ぜってえ、嫌われた)


 キーンコーンカーンコーンと、チャイムが鳴っても、隣同士の二人は、にこやかに微笑んでいる。

 世眠には、無情なチャイムが、絶望の鐘の音に思われた。


  その日から、世眠は、目も合わせて貰えなくなった。 

  世眠も深く反省して、心から謝ろうとしたのだ。

  しかし、先手を打たれて、早々に挫けてしまった。


  「あなたなんて、大嫌い。近寄らないで」


  初恋の女の子は、俯いたまま、きっぱりと言った。

  この言葉は、想像を絶するトラウマになったが、自業自得である。

 

  そして、校庭での一部始終を見ていた鹿島蓮子かしまれんこが、その日ちょうど欠席していた三宝に告げ口したので、聞かされた三宝は、ブチ切れた。 

 老舗焼鳥のカウンター席で、世眠は怒鳴られた。

 店に飛び込んで来た三宝は、怒り心頭で、既に半狼姿だった。 


「私が欠席した日、あの子を、からかったでしょ!」


 銀色の目は、ギラギラ光って、犬耳は、ピンッと尖っていた。

 今にも噛み付かんばかりの怒りようで、世眠も焦った。


 (こいつ、マジで噛み付くんだよ。どうしよ、全治二週間で済むかな)


「か、からかってない」


「うそおっしゃい!あんたが、パンツ見えたなんて嘘を言ったから、スカート、履かなくなったのよ!」


 世眠に飛び掛かろうとした三宝を、五老次郎が、やんわりと止めた。


「三の嬢ちゃん、お待ちなせえ。坊ちゃんは、昔から不器用な所が、ありやすからねえ」


「次郎さん、でも」


 三宝が何か言おうとしたが、先に次郎が口を開いた。


「坊ちゃん、嬢ちゃんには、優しくしておやんなせえ。人間ってぇのは、強がりでしてね。寂しがり屋な生き物なんですぜ。思い出話にゃ付き合うのが、粋な保持妖怪ってもんでさァ」


 何かにつけ、世眠は、そう言われている。

 今夜は、このタイミングで言われてしまった。


「付き合うも何も、あいつには、友達が、トイがいるし、俺のこと嫌ってるから、おはようも言わないぜ、師匠」


 老舗焼鳥のカウンター席で、世眠は、お決まりの愚痴をこぼした。


「そりゃあ、いけやせん。坊ちゃんが冷たいからですぜ」


「冷たくなんかしてない!ただ、ちょっと、俺のこと見て欲しかっただけで、意地悪はしてない……」


 三宝の言い分が正しいと、五老次郎は、ちゃんと知っている。

 『夜桜』の二代目おかみ、お冬さんから聞き及び、先刻承知之助なのだ。


 次郎が、穏やかな口調で、世眠をいさめるのを聞くうち、三宝も落ち着きを取り戻していった。


 犬耳は消えて、銀目は、茶色に戻った。

 それを見て、次郎が、すかさず記憶焼鳥を差し出した。

 三宝の愚痴り場は、たいていが、老舗焼鳥だ。

 そこに居合わせる世眠は、毎回しっかり叱られている。


「あんたも、何か考えなさいよ。あの子が、髪を切ったのも、あんたのせいでしょ」


 三宝が、目を吊り上げると、焼鳥を頬張っていた世眠は、心外だという目つきで三宝を見た。


「蓮子から聞いたのよ。髪の長い女はエロいって、バカげた作り話を言い広めたのは、あんただって!」


次郎が、ちらりと世眠を見た。

その目が鋭かったので、世眠は慌てて言い訳した。


「あれは、四位竹しいたけが言ったんだ」


「四位は、三歳よ?」


二羅兄にらにいから教わったらしいぜ」


「お兄様が、そんな下品なことを言うわけないでしょ!」


「俺が嘘ついてるって言うのか!?」


「他に誰がいるのよ!?」


 今度こそ、取っ組み合いの喧嘩になりそうだった。

 その時、お客が来店したのだ。


「へいっ、らっしゃい」 


 生霊だったので、二人は、ひとまず空中浮遊して、客の死角に留まった。


「あいつが帰るまで一時休戦な」


「そうね、帰ったら噛み付いてやるから!」


 再び銀目が光っていた。 

 次郎は、世眠を可哀そうに思いながらも、忍び笑いを浮かべた。



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