2・通称 五老次郎さん
『無敵怪盗』の4話で、リメイク版の五老次郎さんと、五香松先生を登場させているのですが、『無敵怪盗』の方を修正します。
もとの二人『浮雲九十九番地』の方を使おうと思います。4話は変更予定です。
生前、覚子は、人間だった。
迷って逝きついた先が、この浮雲九十九番地だ。
美味しそうな焼鳥の匂いを辿って、藍色の暖簾をくぐると、パンチパーマのおじいさんがいた。
「へい、らっしゃい、お客さん」
白髪頭に、ピンクの前掛け。それが、不思議と似合っていた。
「おっ、珍しいねえ。小学生の御客さんたあ、店も名が通ったかね」
老いた優しい眼差しで、覚子を見た。
覚子は、咄嗟に逃げようとしたが、後ろの常連客に押し返された。
「うわっ」
こけかけて店に入ると、逃げるタイミングを失った。
「おやじさん、また来たよ」
「へいつ、らっしゃい、旦那。奥さんは帰って来やしたかい」
「いやあ、今回は大揉めだったよ」
でぶっちょのおじさんは、白いハンカチで額の脂汗を拭きながら、カウンターに腰かけた。
一度逃げるタイミングを失うと、なかなか次が難しい。
それも、空きっ腹とあっては尚更だ。
「嬢ちゃん、初来店はサービスだ」
焼鳥を出されて、覚子はカウンターに座った。
「嬢ちゃん、四十九日は終わったね。間違いないでさ。あっしの店に迷い込むってぇのは、そういうことですぜ。ここは、浮雲の一番端、九十九番地の入り口ですからねぇ」
浮雲は、地獄と極楽の狭間を彷徨い浮かぶ巨大な雲だった。
「………私、どうすればいいの?」
消え入る声で尋ねると、焼鳥屋の店主、五老次郎さんが助けてくれた。
「四十九日が過ぎちまったら、極楽道には戻れん決まり………が、五香松の姐さんに、一つ頼んでみやしょう。九十九番地は、保持妖怪さまの下町だ。折よく小学校もある」
「ほんとう?ありがとう、焼鳥のおじいちゃん!」
五老次郎さんには感謝しているが、妖怪相手に暮らすのは骨が折れる。
「覚子さん」
図書館に向かう途中、覚子は、廊下で呼び止められた。
「今夜は、職員会議で遅くなるわ。夕飯は、昨夜の記憶カレーでいいかしら」
「はい」
「二日続けて悪いわね」
「カレーは、二日目の記憶が美味しいですから」
「そうね………では、戸締りに気を付けて」
くるぶしまで流れる黒髪を翻し、五香松先生は歩いて行った。
あの日、五老次郎さんに書いて貰った手紙を持って、浮雲小学校に行くと、ちょうど五香松先生がいた。
「これも何かの縁ね」
そう言って、覚子を引き取ってくれたのだ。
白髪の五老次郎さんが、姐さんと慕う人物なので、歳は分からない。
しかし、本当に妖怪なのかと疑いたくなる美貌だ。
なぜ独身なのか、ときどき不思議に思う。
家族と呼んでいいのか分からない。
けれど、浮雲九十九番地で、唯一の保護者で間違いない。