表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/35

18. 覚子《かくこ》の下界実習 初日4

 

次話で、覚子の初日は終わりです。

覚子が絶叫を辿ると、あの辻占い師が立っていた。聞きたいことは多々ある。

 しかし、それよりも先に、遥かに大きな驚きがあった。


「どうして………どうやって、この中に?」


 四、五歳くらいの男の子が、狭いクラゲの水槽で、楽しそうに泳いでいた。


「助けて下さい」


 辻占い師が、覚子に縋った。その顔は、涙で濡れている。


「あの子は、ずっと、ああなのです」


覚子は、周囲を見渡した。水槽を見て、騒ぎ立てる人間は皆無だ。


「死んでるんですか?」


 覚子が聞くと、辻占い師が首を横に振った。


「いいえ。奇跡的に、あの子だけが助かりました」


「助かった?」


「はい、水族館の帰り道、私たち家族は、交通事故に遭ったのです。でも、あの子だけは」


「じゃあ、生きてるんですか?」


「はい。けれど、ずっと目を覚ましません。病室で寝た切りです」


「どうして、ここへ?」


  収縮しては開き、広がっては縮むクラゲの間を、水圧も感じさせない速さで、男の子は泳ぎ回っている。


「クラゲを見たいと、あの日、あの子が言ったのです」


「だから、この水族館に?」


「いいえ。あの子の出没は、季節ごとに違うのです。でも、今回は、未来に来てしまいました」


 覚子は、はっとした。ここは、自分にとっても未来なのだと、改めて思い出したのだ。

 

「事故に遭ったのが夏だから、半袖半ズボンなんですか?」


「ええ、そうです。もうずっと、あの子の中では、夏休みなのです。お願いします、あの子を、現在に戻して下さい」


「それは………どうしたら………」


 男の子は、クラゲに合わせて泳いでいる。覚子は、必死に考えた。


(水槽を叩いたら、周囲に怪しまれる。保持妖怪が出す物音は、人にも聞こえるから。さっき見た世眠くんの術は?ううん、無理だよ。授業で習ってない。それに、小学生が真似を出来るレベルじゃない。あれは、水泡術すいほうじゅつと、曲線法きょくせんほうを掛け合わせたもの。それに、記憶の一部奪取いちぶだっしゅも付け足してる。あんな裏技、私には………)


 「あ!名前は?呼んでみましたか?もしかしたら、聞こえるかも」


 「いいえ。私の声は届きません」


 辻占い師が、寂しげに水槽を見上げる。


「だったら、私が呼びます!名前を教えて下さい」


 「………さとるです」


「さとる君ですね?分かりました、お母さん」


「いえ、私は」


「さとる君!さとる君のお母さんが迎えに来てるよ!」


 男の子の瞳には、クラゲしか映っていない。

 それでも、覚子は、必死に声を掛け続けた。


「さとる君!一緒に帰ろう!お願い気付いて!さとる君、こっちを向いて!」


「私の言葉も届かないのかな………」


 俯く覚子の視界に、クラゲがチラついた。


「あれ?」


水槽内の全てのクラゲが、覚子の傍へ傍へと、次第に集まって来たのだ。


「私の言葉が分かるの?あ!」


クラゲを追い掛け、男の子が近付いて来た。

その時、覚子は、しっかり見たのだ。


男の子の首元に、中くらいの白い法螺貝が二つある。

そして、そこから離れないのだ。


「貝??まさか………さとる君!」


 覚子が試しに名前を呼ぶと、観測は的中した。

 呼ぶと同時に、それぞれの法螺貝が、首元から這い上がって、両耳をふさいだ。


「あの貝が邪魔してる!水槽に入れたら、取れるのに」


 覚子は、妖怪見習い。水中への擦り抜けを、まだ習得できていなかった。


「私が、本物の保持妖怪だったら」


 悔しくて、もどかしかった。覚子が肩を落とした時、背後から声がした。


「三分で頼むぜ」


 振り向くと、世眠が笑っていた。


水翼螺旋すいよくらせん!」


 覚子が声を出す前に、旋風が渦巻いた。

 つむじ風は、大きな両翼りょうよくに変わって覚子を包み込むと、難なく水槽の中へ入った。


「ええええ!?」


覚子は仰天したが、水中を見て更に驚愕した。


「水の階段?」


 透明な螺旋階段が出来上がっていたのだ。外側から見ても水槽は狭かった。

それなのに、水中は、途轍もない広さだ。


 覚子は、横にも伸びる階段の一番上に着地したが、どこも濡れていなかった。


「カッコ!段を踏み外すな!息が出来なくなるぞ!」


「世眠くん、この技」


 拡張法かくちょうほうの水中応用を扱えるのは、浮雲小の先生クラスだ。


「すごい!私も、頑張らなくちゃ!だって、私は」


 声に出して、はっとした。

 突然、母親の言葉が蘇ったのだ。


『おばあさまはね、空間を操る天才だったのよ。あなたにも、その力があるわ。今年で六歳ね。仲介者の仕事を、少しずつ習得しましょう。まずは、呪文から。最初は、物体を実体化する言葉』


田沼覚子たぬまさとこは、仲介者の娘だった」


決して思い出すことのない記憶、絶対に戻らない生前の名前が、覚子の中に戻ってしまった。


「全部の呪文は、思い出せない。でも、この呪文は」


覚子は、握り締めていたキーホルダー見つめた。そして、三宝の言葉を思い出した。


『これね、いつか、きっと役に立つから。名前は、トラ・ランちゃん!寅は、見たまま。ラン【Laon】は、フランス北部の、中世自由都市だよ』


「三宝ちゃん、これ、使わせて貰うね」


それは、物体を実体化する妖術、浄針謀じょうしんぼう


「寅は、東へ!ラン【Laon】は、北に!浄土の護りに悪世あくせなし!」


 覚子の呪文で、寅が、キーホルダーから飛び出した。

 そのホワイトタイガーは、水中で一声吠え、東に位置する法螺貝を目掛け飛んで行った。

 その口が、法螺貝に食いついた瞬間、何とも情けない声が上がった。


「かんにんしてけろ~おゆるしを~」


先ほど、世眠たちに捕縛された老妖怪と瓜二つの妖怪が、寅の口の中でもがいていた。


「マジか………」


 それを見た世眠は、呆然としたが、すぐ我に返って寅に命令した。


「おい、寅!こっちへ投げろ!」


 叫んだが、従うわけがない。

 水中で丸呑みしてしまった。


 もう片方の法螺貝は、弟の最期に怖気づき、急いで北方向へ逃げようとしたが、


「ぎぎゃああ~!!!」

 

突如出現したゴシック式の大聖堂に吸い込まれて消えた。


「おい……」


 口元を引きつらせる世眠の横で、覚子が冷静に告げた。


「心配ないよ。砂花すなばなに送られただけ」


「………昔のおまえ、こええな」


「………送ろうか?」


 ぎろりと睨まれ、世眠は慌てて頭を下げた。


「ごめんなさい。もう言いません」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ