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17.  覚子《かくこ》の下界実習 初日3



「何それ!世眠くんが、お寿司屋さんに行きたいなんてワガママを言うから、はぐれたんでしょ?」

  

「俺は、死ぬほど傷付いたぞ」


 二人の言い合いに、覚子は戸惑った。


 (ヨミン?? カクコ?? ………この美人、未来の私??この美青年、 あの世眠くん??)


混乱し始めた覚子の右手を、世眠が引っ張った。


「見学してけよ、カッコ!」


「えっ!?」


「!世眠くん、その子!」


 Wダブル覚子の驚きなんか、お構いなしだ。


「世眠くん、また勝手して!」


「気にするな、覚子。後で、焼鳥おごってやるから」


「また焼鳥?」


 「ざるそば付きだぞ」


「………天ざるにしてね」


「おう!スイーツも付けるぜ」


「ほんと?ショートケーキとチョコレートアイスね!」


 未来の自分の笑顔に、覚子は凹んだ。


(息が合うやりとり、カップルみたいな会話………どうして、私が世眠くんの彼女に?………信じたくない)


 複雑な乙女心を抱きながら着いた先は、屋内プール型の水槽。


 意外に狭い空間だが、子供たちは喜んでいる。


「ママ、ペンギンさん、かわいいね」


「パパ、さっきのサメ、もっかい見る!」


 W覚子と世眠の真下にいるのは、微笑ましい一家だ。


 「なんか、いいな」


 世眠が、ぽつりと呟いた。


「え?何か言った?」


 「いや、なんか、家族っていいな」

  

そう言って鼻をこすると、W覚子にむけて言った。


「ある意味、俺たちも家族らしく浮かんでるよな」


覚子は、未来の世眠と、未来の覚子の間に挟まれていた。


「なっ!なに言ってるのっ!」


(なっ!なんて恐ろしい台詞を………)


 真っ赤になった覚子と、真っ青になった覚子は、まことに対照的であった。


 覚子は、未来の自分を盗み見た。とても自分とは思えない。

 何より驚いたのは、ワンピースを着ている事だ。しかも、世眠の前で! 

 更に言えば、その色が、緑色だった。


(一体、何がどうなって、こうなったんだろう?)

 

  覚子が、しきりに首を捻っていると、未来の覚子が、ある一点を指差して言った。


「結構人いるけど、いけるよね?世眠くん」


「なあ、あいつ三宝に似てないか?」


 一番高い岩に立つペンギンを指差して笑ったので、W覚子は、同時に眉を吊り上げた。


「世眠くん!」

「世眠くん!」


  W覚子に怒られて、世眠が言い訳をした。


「可愛いって言いたかったんだよ」

 

「嘘つかないの!ジャスト五分でよろしく!」


「マジか………」

  

 (何を始めるんだろう。見学してけって言われたけど、何をするの?)


 覚子は、心配になって、二人を交互に見た。


 覚子の不安な視線に気付いて、世眠の緑眼が輝いた。


「よし!ちゃっちゃと片付けるぞ!」


 世眠は気合を入れ直したが、そこで冷静なツッコミが入った。


「暴れないでね」


「いや、おまえにだけは言われたくねえ」


そう言って、チラリと覚子の方を見た。


(あ、さっき鞄ぶつけたの、根に持ってる)


 覚子は、ぱっと目を逸らしたが、屋内プールに世眠の凛とした声が響いて、前を向いた。


曲線水泡きょくせんすうほう!」


 世眠の掛け声で、プールの端々から、糸のように細長い水柱が数十本、蝋燭のように立ち昇った。


「すごい。蝋燭みたい。まるで、ケーキの上の………」


思い出が、生前の記憶が、また一つ舞い戻った。


『誕生日おめでとう、さとこ。今年のデコレーション、ママ頑張ったのよ。でも、失敗して、網みたいになっちゃった。ごめんね、来年は絶対』


「世眠くん!右斜め五十九度!」


 未来の覚子が、細長い右腕を伸ばして、ターゲットの位置を示した。


「オッーケー!」


細く伸び切った水柱が空中で絡まり、巨大な網を作った。

 ヒュンッ、シュンッ

ヒュンッ、シュンッ

 

水音が、何度も繰り返されて、辺りに大きく響いた。

出来上がった網の先は、天井近くで一つの束になって、ゆらりとプールから躍り出た。


「わああっ、すごい!」


 覚子が、感嘆の声を上げた時、水網みずあみは、空中で緩やかなカーブを描いて、白いオットセイに襲い掛かった。


 「ひえええ、おゆるしくだされ~」


 白いオットセイが本性を現すと、水網が、バブルのように、ポンポンポンポン弾け飛んだ。


「さっきから何のアトラクション?」

「どんな仕掛け?」


 驚き見入る見物客の視界を、たくさんのバブルが覆って、パンッと消えた瞬間、その場にいる誰も、何も覚えていなかった。


「あれ?何見てたんだろ?」

「?私、何に驚いたの?」


 「すごかった………」

 

 覚子は、呆気に取られていたが、はっと我に返って、猫背の老妖怪ろうようかいに目を遣った。


 妖怪は既に、三十重縛縄さんじゅうじゅうばくなわで、未来の自分に捕縛されて、ぷかぷか浮かんでいた。


「毎回、派手な演出ね」


未来の覚子が、呆れた目で世眠を見ると、世眠が腕まくりして、おどけた。


「こちとら、粋な江戸っ子でい!」


「嘘つかないの。さ、帰ろう」


「おう!」


 呼吸が合う二人。この場で、覚子だけが部外者だった。


 「………帰りたい」

 

 覚子は、寂しさを覚えて呟いた。

 涙が零れそうになって俯いた時、女性の悲鳴が上がった。


「助けてえええ!」


 その瞬間、覚子は飛行していた。


「助けなきゃ!」


本能が告げているのだ。これは、自分の使命だと。


「待て!カッコ!今の声は!」


追い掛けようとする世眠を、覚子が引き留めた。


「ダメ」


「覚子!?」


「あれは、浄土仲介者じょうどちゅうかいしゃが娘、田沼たぬま覚子さとこへの依頼だから」

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