13. 二羽《ふたば》の隠蔽工作
浮雲九十九番地のお騒がせ名コンビの一人、下鴨三宝は、三歳の頃より大変な御転婆であった。
そして、分家の伯父、下鴨 一花果のお気に入りだった。
彼は、下界の獲物情報班・班長で、毎年お盆になると、墓参りの名目で本家を訪れた。
そして、三宝を下界へ連れ帰って、正しくは堂々と浚さらっている。
その敢行は、現在も続いており、姪っ子は溺愛されていた。
「………以上が、緊急報告となります」
所は、下界、日時は、五月一日の午後三時である。
黒髪の美女が、班長室で一礼した。
秘書らしい女性は、モデル並みのスタイルだった。
着ているスーツも、明らかに一級品と分かる。
ウェーブかかった髪は、床すれすれに留まる長さ。
一見すると、普通の人間だ。
しかし、浮雲二十一番地出身、元貴族妖怪である。
「如何いかがいたしますか、一花果さま」
もう一人の黒髪の美女が、班長に尋ねた。
彼女も又、浮雲二十一番地出身、元貴族妖怪である。
現在は、保持妖怪で、先の美女の妹だ。
革張りの白いソファに座って、優雅にコーヒーを飲んでいた。
一卵性の双子な為、姉妹を見分けるとすれば、髪型が頼りだ。
姉の、炎の宮 一羽は、ロングヘア。
妹の二羽は、ショートヘア。
もとは長かったが、ある日突然短くなったので、班員たちは、一体何事かと驚き騒いだらしい。
それで、二羽は、「班長とお揃いにする為、切ったのよ~ん」と周囲に明るく話した。
皆、二羽が、一花果に恋心を抱いているのは知っていたので納得した。
しかし、一羽と一花果だけは本当の理由を知っていた。
屋敷を出て行った実の弟、六羽に、バッサリ切り落とされたのだ。
姉妹は、共に優秀な班員で、姉は、獲物情報班の秘書と副班長を兼任する。
妹は、下界処理班・第二班、戦闘員に属するが、獲物情報班の事務管理長もこなす才媛だ。
「………どうしたものか」
一花果は、デスクに両肘をついて俯き、組んだ両手を額に当てたまま、長い間、緘黙していた。
しかし、ようやく顔を上げた。
悲愴な面持ちで前髪を掻き揚げると、深い溜息をついた。
エメラルド色の瞳からは、いつもの輝きが消えていた。
「弟は………少し、あの子を甘やかしていないか?」
「お言葉ですが、班長。三宝さまに一番甘いのは、伯父であられるあなたです」
「一花果さまに非はございません!」
姉の厳しい指摘に、妹が反論した。
「三宝お嬢様は、いずれ、獲物情報班を率いる御方!多少の事は、大目に見ても問題ありません」
「………二羽、あなたも甘いのよ」
一羽も溜息を吐いた。
一羽は、浮雲小学校の教頭、伯母の炎の宮八幡に似て、非常に真面目だ。
若干ヒステリックな所がある。しかし、二羽は違う。
「浮雲小学校の下界実習といえば、九十九番地の一大行事!それなのに、例の螺旋階段で下界へ来ただなんて!なんと嘆かわしい!」
「学校側が決めたルールに、一から十まで付き合う道理はないわ。着きさえすれば、万事オッケーよ」
「どこがオーケー?皆を心配させて、挙句迷惑を………」
憤慨する一羽が、ふと語尾を切った。
「二羽、あなたね?」
「何のこと?お姉さま」
「この大騒動よ!三宝さまに頼まれたのね?」
「まああ!ひどーい!」
二羽が、瑠璃色の大きな目を見開いて、非難の声を上げた。
「私が、自主的に証拠を改竄しただけよ。それも、今し方」
二羽の美しい顔には、任務を終えた時うかがえる、充足した微笑が広がっていた。
潔い告白に、一羽は言葉が出なかった。
「そうか!改竄してくれたか!」
下界の鋭敏班長として名高い美丈夫が、椅子から立ち上がって喜んだ。
「ありがとう、二羽くん。君のおかげで、かわいい三宝は、マイナス五百点を免れた!」
二羽の両頬が、一瞬で赤く染まった。
「そ、そんな、当然の務めでございます、一花果さま」
一羽は、頭が痛かった。
「………班長、私は、これより、三宝さま及び他二名の保護に参ります」
「私も行こう」
一花果が、颯爽とジャケットを羽織った。
「一花果さま、素敵!」
うっとり見惚れる二羽を尻目に、一羽が話題を切り替えた。
「それにしても、三宝さまは、なぜ京に降りられたのでしょう。獲物の所在地は、東京ですが」
「うむ」
一花果も首を傾げた。
合点が行かない二人に、二羽が答えを提供した。
「ああ、それでしたら、理由は一つです。清水寺へ行かれるおつもりだったのでしょう。ちょっとした観光ですわ。一年前、三宝お嬢様に、清水の舞台から降下するスリルをお伝えしました。保持妖怪の特技は飛翔。お嬢様は、大層興味を持たれました」
これには、下界の色男と呼ばれる班長も、顔を曇らせた。
「ご安心下さいませ、一花果さま。証拠は隠滅しておきます」
微笑む二羽に、一羽の怒りが爆発した。
「あなたは当分、立ち入り禁止よ!!!」
この叱声は、一階の受付まで木霊したそうだ。