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11.  桜の龍と、映画館 《空港 編 3》




馬面の大男が、突進するように待合室を飛び出した。

その後を追うようにして、他の待合客も全員が外に出た。


否、全員ではない。

眠り続ける少年と、保護者を装う女だけは残った。

二人とも残りたくて残ったわけではないが。

特に女の場合は、世眠に捕縛されたのだ。


「どう?おばさん、お冬さん仕込みの裏技は。三分で覚えたんだ」


 床に突っ伏す女の体には、五重縛縄ごじゅうばくなわが巻き付いていた。

 首から足首まで、大蛇にでも絡み付かれたような、無様な恰好だ。


十重縛縄じゅうじゅうばくなわが売り切れらしいんだ。だから、我慢してね、おばさん」


 当然ながら誰にも見えなかったが、怨霊にも効く荒縄は、世眠が待合室を開けると同時に、空中へ放たれた。 

 それは女の頭上にとどまって、頃合いを見計らっていたのだ。


「おまえっ!こんな真似をしてただで済むと」


「思ってる」


怨霊の威喝にも、世眠は心乱されなかった。


「おばさんこそいいの?高瀬川家を敵に回してさ」


女の顔が、さっと青ざめた。


「五大名家!」


 気が動転して、女は口を滑らせた。


「大当たり♪お冬さんの読み通り。九十九番地に裏切り者がいるね。五大名家の各名字は、保持妖怪しか知らない。みんな、絶対に洩らさないんだ。誰に聞いたのさ、おばさん」


「くっ、くそガキがああっ!覚えておおきっ!」


女は、転がって逃げようとしたが、突然宙に浮いた。


「困るよ、おばさん。お冬さんに頼まれたんだ。西助にしのすけの保護と、おばさんの捕縛とその見張り」


 大妖怪の曾曾おじいさん;清次郎と同じ緑眼が、意地悪く光った。


「ねえ、くうブラって知ってる?俺、得意なんだぜ。ほんとはエア・トラップか、空中停止って言うんだけどね。俺は、空中ブラリンって勝手につけたんだ。で、略して空ブラ。覚えやすいでしょ?」


「………せめて正位置にしな!」


逆とんぼにされた女が苦情を言うと、世眠は即答した。


「だって、これしか習ってないよ。ほんとは、これ、下界実習用の隠し技なんだ」


世眠は親切に教えてやった。


「空中で、人間を一定の時間だけ停止させる技で、その隙に記憶を奪う。記憶の強奪が不得手な子の、最終手段だよ。俺は、二十分停止できる。すげーだろ、おばさん」


世眠は、自慢げに両手を広げて言った。


「俺、勉強は、カラッキシ駄目って事にしてあるけどさ。術を扱えば、学年二位って言われてるんだぜ」


天井近くに浮かされた女の目に、脅えが走った。

このまま落とされれば、ひとたまりもない。確実に死ぬからだ。


「普通はさ、一分が限界。十センチ浮かせれば、上出来な方。二分もてば、花丸。一メートル浮かせば、英雄賞さ。人間なんて、ちょっーと浮いただけで、驚いて固まるんだから、不思議だね」


 世眠は、四月に習ってから情熱を燃やした結果、大人顔負けのレベルに達したが、三宝も同じだった。

 覚子かくこは、生前が人間だったので、人間に対して可哀そうという感情が残っていた。その為、たったの一センチ、十秒だった。


「………下ろしとくれ。逃げやしないよ。失敗しちまったんだ。呪いは我が身に跳ね返る」


「自業自得だろ」


目覚めない西助を横目で見て、世眠が素っ気なく言った。


「返す言葉もないね。だけど、後生だ。義弟おとうとを責めないどくれ」


はらはらと涙を流す女を、世眠は無表情で床に横たえた。


「あのバカは、兄貴の言葉を信じて、あたいを救おうとしてるだけなんだ」


「………看板娘だった鑼羅ららさんを、お冬さんの大事な人を呪殺したのは、さっきの男?」

 

 世眠の冷めきった目を見て、女が叫んだ。


義弟おとうとじゃない!あたいのクソ亭主だよ!!浮気性のあのバカは、ふられた腹いせに娘を呪い殺したんだ!!!義弟おとうとも、あたいも関わっちゃいない!!」




関空の外は、大嵐だった。倒れる飛行機もあったぐらいだ。


「なんで桜が?」


窓の外をうかがう者は全員、そう思った。


五月の大阪に、大量の桜の花びらが舞っている。

舞うというより、飛行機を襲っているのだ。まるで、一体の巨大な龍のように。


さながら映画のワンシーンだった。

そう、映像なのだ。


「ここから飛行場は見えないんだけどねえ」

 

お冬の口角は、上がっていた。

誰も不思議に思わないのだ。ただただ驚きの目で、桜の花びらに見入っている。


 先のアナウンスを流す事によって、不安を煽った。

 自衛隊というインパクトの強い単語も、重要だ。

 何かあったと思わせれば、人は、その『何か』の理由と結果を求める。

 少女に変化したお冬が、「おばけ桜」と叫んだ事で、人の頭には『桜』というワードが入った。


「集団の方が、術を掛け易いんだ。影響力のあるたった一人が、その場を変えるからね。絶望か、希望か。喜びか、苦しみか。ある意味おそろしいもんさ。ドイツのヒトラーが、いい例だ。あの世も、人の世も、似たようなもんさ。はてさて、この下界の総理は、どうだろうねえ………」


 お冬が制作した立体映画は、こうだ。


 関空に待機中だった全飛行機に、桜の花びらが張り付いて離れない。

 飛行機は、当然、飛べない。


 旅客は足どめを食らって、空港内から出られない。

 今まさに、自分たちが映画の主役なのだ。

 桜嵐が過ぎるのを、今か今かと待ち侘びている。


「超自然現象?」


「ポルタ―ガイストみたい」


「北海道の桜が飛ばされて来たのかも」


客の意見は様々だが、これも作戦のうち。

人間の心理は実に簡単だ。


 自分だけに見えているわけではない、皆が、そうなのだと知ることで、より確信をもつ。そして、安心するのだ。

 自分と同じに思う、見える、そんな人が多ければ、多いほど、幻を見やすい。

 騙されやすくなる。


  感染した波紋は、広がる。記憶となって振動し、心を揺さぶる。

  この場は今、偽記憶の映画館。


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