表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/35

10. 私を誰だと思ってるんだい?《空港 編 2》

女子トイレから、飛行機が見える窓際へ。場所を移しながら、お冬は話した。


「立体映画を知ってるかい?」


 世眠は、すぐさま返事をした。


 「知らないけど、想像つくよ。立体の映画でしょ?だったら、偽の映像って事じゃない?」


「………まあ、ざっくり言うと、そんな感じだ。人間の錯覚は、ある意味では、立体化された偽物と言えるかもしれない。西助にしのすけを誘拐した男女を見ただろう?」


「誘拐!?さっきの誘拐だったの!?」


「そうだよ。さらったのは、怨霊の一族さ」


「何で、三番地の奴らが、西助を連れてくの!?」


世眠は酷く驚いて尋ねたが、答えは貰えなかった。


「ねえ、お冬さん。さっきの奴ら、本当に怨霊?普通の人間に見えたよ?」


「下界で暮らす保持妖怪が、下界の奉公屋に手を貸してるのさ」


「俺たちの仲間が!?」


「簡単に言うと、人間の記憶に錯覚を与えてるんだよ」


「えっ、ここにいる全員に!?」

 

スケールのでかい話に、世眠は、再びポカンとなった。


「立体映画の話を出しただろう?立体映画は、特別な眼鏡を用いて観る映画だけどね。左右の目に異なる映像を見せることで、視覚に立体感を与えてるんだよ。つまる所、触れそうで触れないんだ。結局、本物じゃない。あんたのいう偽物って言い方も、あながち間違いじゃない。保持妖怪が、この眼鏡の役割を果たしてるんだ」


「人間の記憶を操作できるから?」


「そうだよ。映像を制作しているのは、奉公屋だ。奉公屋の能力には、種類が多々あるけどね。立体映画の制作にも、種類がある。今回、奉公屋が使っているのは、円偏光えんへんこうフィルター方式だ。飛行機の振動を利用してるんだよ」


「えんへんこうって何?」


「こうは、光のことさ。光は電磁波だ。空間を振動しながら進むんだよ。円偏光は、振動する向きを回転させながら進む光だ。電場(及び磁場)の振動が、円を描くように広がっていく。そうすると、回転方向によっては、右円偏光と左円偏光が出来る」


 世眠は、さっきからずっと眉間に皺を寄せて考えていたが、一つの結論に達した。


「この空港内の誰か一人に、記憶の錯覚を起こさせる事が出来れば、後は、飛行機の振動が周囲に広めてくれる。人に見えるものは、自分にも見えると思い込む、人間の心理を利用してるんだね」


 世眠が勢い込んで尋ねると、お冬が大げさに笑って頷いた。


「ほっほっほっ、テストの点が悪い割には呑み込みが早いじゃないか。投影術の応用だよ。普通の人間は、怨霊なんて信じない。あの、三十路過ぎの大学教授を見てごらん」


 お冬が指差す方を見遣ると、その男性は、背広をピシッと着て如何にも真面目そうに見えた。


「ああいう、賢そうに見える人間は、信用され易い。しっかりした人間が見る物を、人は信じたいんだ。人の心にはね、光がある。光の中には、記憶がある。記憶が電磁波だ。保持妖怪に改竄された記憶は、空間を振動しながら円を描くように広がっていく。回転方向は、右へ左へ。記憶が移動していく。あっという間に、全員の記憶になるのさ」


 世眠が、不安そうにお冬を見上げた。


「お冬さんも出来る?」

 

「ほっほっほっ、私を誰だと思ってるんだい?ベテラン奉公屋だよ」


お冬の両目が、きらりと光った。


「それじゃあ、始めようかね。作戦はいいね?」


「俺を誰だと思ってるんだね?」


世眠が真似をして、五重縛縄ごじゅうばくなわを意気揚々と持ち上げたら、思い切り小突かれた。


「いたあっ!」


「あんたにゃ早いよ、その台詞は!」



その男女は、待合室でテーブル越しに仲睦まじく喋っていた。


「ふふっ、この子ったら、乗る前に眠ってしまったわ」


「昨晩、はしゃいだせいだろう」


 西助のことは、一回り大きな椅子を持って来て、女性の傍に寄せていた。

 

 一見して、搭乗待ちの、ほのぼの家族に見える。

 しかし、子供の方が、両親のどちらにも似ていない。

 怪訝に思う人もいたが、親戚の子だろうと結論づけた。


「聞こえるかい?」


女が、小声で男に尋ねた。


「いや、義姉ねえさん、追ってはいやしません」


馬面の大男が、毛むくじゃらの首を横に振る。


怨霊の一族は、耳がいい。

どこにいても、遠くの物音が拾える。

おまけに視力も良かった。

遠方で動く人の口蓋垂まで見えるのだ。


「下界には、あいつらがいる」


小柄な女は、神経を張り詰めていた。

ルージュを引いた唇が、ぴくぴくしている。


「こっちにゃ人質がいる。あいつらも動けませんや。へっへっへっ」


男の不気味な笑い声で、周囲の空気がピリリと冷えた。


「おまえ、おやめよ、その笑い。ここは下界だよ」


女が一睨みすると、男はふにゃふにゃっと笑って謝罪した。


「あい、すいません。義姉ねえさん、俺」


「しっ。黙って耳を立てるんだよ。あたいは、眼界に注意するからね」


その時、待合室の外から悲鳴が上がった。


「きゃあああっ!」


「……今の何?」


壁際の一人椅子に腰掛けていた女子大生が、いの一番に立ち上がった。


時を同じくして、身長百四十にも満たない子供が、血相を変えて待合室に飛び込んだ。


「大変だ!飛行機が!」


緊迫した表情で皆が立ち上がった。


「おばけ桜ーーー!!!」


次いで聞こえた少女の金切り声に、一同は苦笑した。

なんだ、子供の悪戯か、皆が座りなおそうとした時、アナウンスが流れた。


「皆さま、どうぞ落ち着いて下さい。外に出るのは、大変危険です。自衛隊の到着まで、今しばらくお待ちください。空港内からお出になりませんよう、お願い申し上げます」


これを聞いては、待合客も落ち着くわけにはいかない。


「だから言っただろ?飛行機が動かないんだ。桜の花びらで。見に行ってごらんよ。今日は全便欠航さ」


男の子が、にやっとして言った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ