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冷遇


 「君の取り柄はその無駄に整った綺麗な顔と、名家の肩書だけだ。まさか、僕が本気で君を歓迎しているとでも思っていたのか? 思い上がりも甚だしくて、笑いが止まらないな」


 目の前で淡々と罵倒され、理人の豹変ぶりに言葉を失う。しかしどうにか気を取り直し、勇気を振り絞って問い掛けた。


 「あの……私は何かご気分を害するようなことをしてしまったでしょうか……?」


 「いいや、何も」


 「でしたらなぜ――」


 「初めて会った時から気に食わなかったんだ。僕は豊満な体つきの快活な女性が好みなんだが、君は細身で手足などは棒切れのようだし、性格も内気で面白味がない。だから今後君を抱く気はないし、愛する気もさらさらない」


 理人の爆弾発言に衝撃を受ける。手指が震え、無意識に拳を握り締めた。


 「……それならどうして縁談を受けたのですか? 私が気に入らないのなら断る選択も――」


 「はは。一条家から縁談を持ち掛けられて断る家がどれほどある? 父も母も大喜びで話を進めたよ。僕の意向なんて微塵も考慮される余地はなかった。君はそんなことすら気が回らないのか? 世情に疎いだけでなく、頭も弱いんだな」


 あまりの言い様に愕然とする。ふと、頭に浮かんだ疑問が口をついて出た。


 「では、跡継ぎはどうなさるおつもりですか……?」



 「そんなものどうとでもなる。君はただ、妻としての体裁を守りたいのだろう? だが、知ったことではない。なぜ僕が君のために奉仕しなければならないんだ? どうしても相手をして欲しいと言うなら、まずはその貧相な体をどうにかしてその気にさせてみろ。話はそれからだ」


 「!!」

 

 「まあ安心しろ。人前では妻として丁重に扱ってやる。だが、用件がある時以外は声を掛けるなよ。それから仕事をやるから励むように」


 「仕事とは……?」


 「四ノ宮家に縁ある家との礼状のやり取りや贈り物選び、夫人会のお茶会やら食事会だのの参加は君に任せると言っている。分からないことがあれば山崎に聞け。いいな?」


 「……っ、分かり、ました」


 情報過多で動揺を隠せずにいると、理人は恩着せがましく追い討ちをかける。


 「どうせ家に引きこもっていても暇だろう? お飾りの妻であろうと家に置いてもらえるだけありがたいと思うなら、せいぜい身を粉にして働くがいい。故意に手を抜いて俺に恥をかかせるなよ」


 温かみの欠片もない闇色の瞳に射抜かれ、椿は身を竦ませた。一歩後ずさると、理人が意地悪く口角を上げる。

 

 「言っておくが、誰かに告げ口をしても無駄だからな。家族を含め皆、僕の外面を信じ込んでいる。君が何を言ったところで到底信じやしないさ」


 何も言えずに硬直する椿から視線を外し、理人がうんざりと自分の首に手をやる。


 「――さすがに今日は疲れた。僕は休む。君も好きにしろ」


 彼はベッドに体を横たえると、こちらを見向きもせず、背中を向けて寝る体勢に入った。これ以上の会話は完全に拒絶されていて、呆然とする。


 「……申し訳ございません。気分が優れないので、自室で休ませていただきますね」



 とてもではないが理人と同じベッドで眠ることなどできなかった。予想通り理人の返事はなかったが、足早に寝室を出て行き、自分の部屋に駆け込む。


 平野と山崎は既に帰宅したのか近くに気配はなく、ほっと胸を撫で下ろした。しかし、すぐに凄まじい恐怖が襲ってくる。


 (今のは誰……? 本当に同じ人物なの? まるで別人じゃない……!)


 震える手で部屋の灯りをつけると、祝い品の数々が届いていた。椿は待ちきれずにそれらを手に取り、ひとつずつ送り主を確かめていく。しばらくして目的の品が見つかり、胸が震えた。



 『お嬢様、ご結婚おめでとうございます。末永くお幸せに』



 祝い品に添えられた小さなカード。そこに記載された、短い手書きのメッセージ。それを目にした瞬間、怜司の優しい声が頭の中で響いた。


 「……っ、鷹野」


 掠れた声が漏れた。空いた手で口元を覆い、嗚咽を堪える。


 一条家で家族に愛され、彼と共に過ごした輝かしい日々があまりに眩しくて、目頭が熱くなる。けれど――



 『初めてお会いしたあの日からずっと、私にとって心から仕えるに足る、自慢のお嬢様ですよ』



 たとえ遠く離れ、再び会うことが叶わなくても。彼が向けてくれた信頼に応え続けられる自分でいたいと、強く願う。


 (大丈夫。……私、簡単には負けないわ)


 理人が本性を現し、思わぬ冷遇から始まった新婚生活――


 前途多難に不安を覚えながら、椿は決意を胸に立ち上がった。



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