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結婚 


 同年、秋の吉日――  


 心地良い晴天に恵まれたある日、一条家と四ノしのみや家の盛大な結婚式が執り行われた。


 午前中に名だたる神社で神前式を挙げた後、格式高い迎賓館を貸し切って披露宴が催された。


 地元の名士や政財界の要人を含め、大勢の招待客が招かれたが、その中に怜司の姿は見当たらなかった。


 「すまない。鷹野も招待したんだが、どうしても外せない任務があるということで、丁重に断られた。代わりに祝い品を預かったから、他の祝い品とともに新居に送ったよ。後でゆっくり確認するといい」


 「分かりました。お心遣いありがとうございます」


 父は落胆した様子だったが、椿は内心ほっとした。正式に結婚が決まり、怜司への想いは封じたものの、他の男の隣で花嫁衣裳を纏う姿など、見られたくはなかった。



 披露宴が進む中、椿はとてつもない疲労感に襲われた。常に注目を浴び、初対面の人たちに取り囲まれ、話題の中心になるのは居心地が悪かった。


 四ノ宮家に縁ある招待客とのやり取りは夫の理人りひとが対応してくれたが、やはり直接声を掛けられることもあり、緊張した。


 そしてこの時、理人に対し言いようのない違和感を抱き始めた。


 理人は誰が見ても爽やかな好青年で、椿のことを優しく気遣ってくれる。しかし人の目がなくなると、声を掛けても聞こえないふりをされることがあった。


 (ううん、きっと気のせいね。朝からずっと忙しかったし、理人さんもお疲れなのだわ)


 胸に広がる一抹の不安を打ち消し、さほど気に留めずにやり過ごした。無事に結婚式の全てが終わると、四ノ宮家お抱えの運転手が送迎車を回してくれた。


 新居は、高級住宅地の一角に聳え立つ見事な近代邸宅だった。四ノ宮家が所有する物件のひとつらしい。

 

 わざわざ遠方まで送り届けてくれた運転手に礼を告げて降車すると、理人は椿を待たず、既に玄関へ向かっていた。慌てて彼の背中を追いかける。


 家の中に入ると、人当たりの良さそうな中年女性と、理知的な雰囲気の青年が笑顔で出迎えてくれた。


 「旦那様、奥様、お帰りなさいませ! ご結婚誠におめでとうございます。ご新居の家事全般を担当させていただきます、四ノ宮家使用人の平野と申します。奥様、どうぞお見知りおきを」


 「私もお初にお目にかかります。四ノ宮家使用人の山崎と申します。お会いできて光栄です。理人様の秘書を務めさせていただいております。何かお困りのことがございましたら、遠慮なくお声掛けください」



 「初めまして。お二人とも丁寧なご挨拶をありがとうございます。この度四ノ宮家に嫁ぎました、椿と申します。このように温かくお出迎えいただき、嬉しく思います。何かとお力添えをお願いするかと思いますが、よろしくお願いいたします」


 「はは。みんな、堅苦しい挨拶はそのくらいにしておこう。――平野。椿さんは長い一日を終えてお疲れだ。僕は後で構わないから、先に湯あみの準備をしてあげてくれるかい?」

 

 「ええ、もちろんですとも! 今宵は特別な夜になりますからね。腕によりをかけてお支度させていただきますよ。さあ奥様、こちらへどうぞ」


 穏やかな笑みを浮かべる理人と、畏まって佇む山崎に見送られ、椿は少し気恥しく感じながら平野の後を追った。




 そして迎えた結婚初夜――――


 平野の手伝いにより薄手の寝間着を纏った椿は、夫婦の寝室で緊張に震えていた。


 性的な情報から遮断されて育った箱入り娘の椿は、結婚直前に母から初夜の実態を聞かされ、気絶しそうになった。


 (たった一度、結婚前に顔を合わせた男性に身を委ねるなんて恐ろしいわ……。でも、跡継ぎを産むのは妻として重要なお役目。今更尻込みして、逃げる訳にはいかない)


 未知への恐怖と不安を覚えながら、気丈に自分を奮い立たせた。すると、後から入浴した理人が寝室に姿を現した。


 椿は意を決してすっと立ち上がる。理人に歩み寄り、姿勢よく腹の前で手を重ねた。


 「理人さん。私は色々と至らぬ部分があるかと思いますが、誠心誠意、妻としての役目を務める所存です。今後とも末永くよろしくお願いいたします」


 深く頭を下げてお辞儀をすると、乾いた笑い声がした。


 「君は何か勘違いしてないか?」


 「……え?」


 戸惑いながら顔を上げると、理人はゾッとするほど冷ややかな眼差しでこちらを見下ろしていた。



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