初恋2
足を止めて振り向き、彼を見上げる。怜司は僅かに驚きを浮かべたが、悪戯っぽく微笑んで椿に一歩近付いた。
「おや。気になりますか? もしやお嬢様は年上がお好みでしょうか?」
「!! か、からかわないでっ! 今の質問はそういう意味じゃないわ!」
「ふふ。すみません、ちゃんと分かっていますよ。でもこれで緊張が解れたでしょう?」
「あ……」
怜司に指摘され、緊張で肩に力が入っていたことに気付く。彼は年齢相応にむきになった椿を、優しい目で見守った。
「ご心配には及びませんよ。詳細は申し上げませんが、私に何かあって悲しむ家族はおりません。現在恋人もいませんし、今後も作るつもりはございません。どうぞご安心ください」
「そう……。立ち入ったことを訊いてごめんなさい」
「いいえ。こちらこそ申し訳ございません。お嬢様と打ち解けたい一心で、つい性質の悪い冗談を。お許しいただけますか?」
「……別に怒ってないわ。ただ、あなたが気の毒で」
「私が気の毒ですか? 理由をお伺いしても?」
子ども相手にも関わらず、彼は真摯な態度で問いかけてくる。腕を組み、顎に手を当てて興味深そうな眼差しを向けられ、言葉に詰まった。
(だって、こんなの子守も同然だわ)
仕事とはいえ成人男性が、毎日のように小学六年生の女児の外出に付き合わされるというのは、退屈以外の何物でもないだろう。
それでも万一の危険があれば彼は身を挺して椿を守る義務があり、目を離すわけにはいかず、相当な忍耐を要する任務に思える。
(でもそれを口に出す勇気はない。肯定されるのが怖いし、否定されても本心じゃないと疑ってしまう。余計な気を遣わせたくない……)
無言でぎゅっと拳を握り締めた時、「失礼します」と声がした。
思案に耽っていた椿は、傍らで膝をついた怜司が手に触れてきたことに驚き、ひゅっと息を呑んだ。
「そのように強く握り締めますと、掌を痛めてしまいますよ」
彼は慈しむように両手でそっと椿の拳を開き、爪の食い込んでいた掌を労わった。
「お嬢様。言いたくないことを無理に打ち明けていただく必要はありません。ですが、ご自分のことを大切になさってください。お嬢様が聡明で少しだけ繊細で、とても心の優しい方であることはこの短い時間で十分に伝わっております」
「……っ、どうして……」
「職業柄、人を見る目には自信があるのですよ。これまでたくさんの人に関わってきましたからね」
優しく手を放した怜司は腰を上げ、自分の胸に手を当てる。
「すぐにお嬢様の信頼を得られるとは思っておりません。これから少しずつ、時間をかけて信頼関係を築いていければと思います。何事も遠慮なくお申し付けください」
予想外の反応に心が揺れる。彼の誠実さに打たれながら、躊躇いがちに返事をした。
「ボディーガードに身辺警護以外のお仕事を頼むのは、気が引けるわ」
「お気になさらず。旦那様がおっしゃった通り、今の私は一条家の使用人ですから。お嬢様にお仕えできるのは、私の喜びです」
キラキラッと輝くような笑顔に押し負け、椿は「うっ」と後ずさる。小さなため息を零し、観念した。
「それなら……私が落ち込んだ時、気持ちが落ち着くまで側にいてくれる?」
「はい。お嬢様のお心が落ち着くまでお側におります」
「怖い思いをした時、名前を呼んだら助けに来てくれる?」
「もちろん。何に代えてもお嬢様をお守りいたします」
甘い微笑みを浮かべる怜司に、キュンと胸が高鳴った。そしてこの日から、七年もの長きに渡る、秘密の片思いが始まった。