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「ようやく君の大切さに気付いたんだ」と言われましても、もうあなたと私は他人なのですが  作者: 水嶋陸


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期待


 怜司に呼ばれて覚醒する。瞼を開き、頭をヘッドレストに乗せたまま彼の方に顔を向けた。 


 「鷹野……? ここは?」


 「パーキングエリアですよ。うなされてらっしゃったので、駐車のために入りました」


 心配そうな表情を浮かべる彼に胸が痛んで、「ごめんなさい」と謝罪した。


 「怖い夢を見ていたの。もう平気だから、心配しないでね」

 

 大したことはないと、あえて軽く笑って見せた。けれど、彼は苦しそうに眉根を寄せる。


 「無理をして笑わないでください。お嬢様が怖い思いをされている時、お力になれず申し訳ございませんでした」


 「ふふっ。どうしてあなたが謝るの? 何も悪いことをしていないのに」


 「怖い思いをされた時、名前を呼ばれたら助けに行くと。何に代えてもお守りするとお約束したことを、覚えておいでですか?」


 「……! そんなの、子どもの頃の口約束じゃない」


 「お嬢様にとってはそうであっても、私には今も有効ですよ」


 真摯な眼差しを向けてくる怜司に、胸が震えた。心に封じていた愛おしさが蓋を押し上げて溢れてきて、どうしようもなく、彼に好きだと伝えたかった。


 (でも、そんなことできるはずないわ)


 理性で願望を押し留め、視線を横に逸らす。


 「……あなたはひどい人誑しね。これまでどれほどの女性があなたに恋焦がれて、叶わぬ恋に胸を痛めてきたか。同情するわ」


 皮肉めいた言い方になってしまって後悔したが、この程度の意趣返しは許してほしかった。怜司は不服そうに肩を竦める。


 「これは心外ですね。私は気のない女性に思わせぶりな態度を取るほど、無粋ではございませんよ」


 「本当かしら? 怪しいわ」


 「おや。私をお疑いですか?」


 「別に気にしてないわ。私には関係ない話だし」


 わざと素っ気ない態度で顔を背ける。我ながら可愛げのない女だと内心落ち込みながら、彼を突き放して想いを隠した。


 もうこの話は終わりだと思ったのに、怜司は真剣な面持ちで言う。


 「お嬢様。こちらを向いてくださいませんか?」


 「嫌よ」


 「それは残念。では、このままで」


 怜司はすっと椿の手を取り持ち上げた。驚いて彼に視線を戻すと、恭しく指先にキスを落とされる。


 「っ!! な、何のつもりっ?」


 「怖い夢を見ないおまじないです。今夜は安心してお眠りください」


 不安を拭い去る、穏やかな声だった。しかし、女が虜になるような笑みを浮かべる怜司は眩暈がするほど魅力的で、椿は顔を真っ赤にしたままぷるぷる震える他なかった。







 パーキングエリアで少し休憩を取ってから屋敷に戻ると、すっかり日が落ちて夜になっていた。等間隔で灯りに照らされた長い廊下を二人で歩いていく。椿の部屋に到着すると、怜司は畏まって控えた。椿は労いの言葉を掛ける。


 「今日は遅くまでありがとう。長時間運転して疲れただろうから、今夜はゆっくり体を休めてね」


 「お心遣いありがとうございます。お嬢様も久しぶりの遠出でお疲れでしょう。お身体をお休めください」


 和やかに別れの挨拶を交わし、胸が温かくなる。部屋の中に入ろうと扉を開けた時、不意に肩を引かれた。怜司の堅い胸板に、背中が当たる。驚く椿の耳元に、甘い声が降ってきた。


 「――怖い夢にうなされましたら、次は私をお呼びください。たとえ夢の中でも、駆けつけてお守りいたします」


 「!!」


 心臓がギュンと跳ね上がる。耳を押さえて振り向くと、悪戯な微笑みを湛える怜司と視線が交わった。


 「では、おやすみなさいませ」


 抗議する間も与えず、怜司は踵を返した。颯爽と歩く後ろ姿をやや恨めしく見送りながら、椿は胸の内で暴れ回る心臓にそっと手を当てた。



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