とある軍人の憧憬
20XX年
春。訓練学校をやっとの思いで卒業した僕は、ある隊に配属された。
「おう、お前が新入りか」
「は、はい!閣下」
あの日、話しかけてくれたのは、白髪の混じった髪の上官。
「ハハッ!そんなに畏まらないで。ここに来てからはどうだい?」
「う、うーんと、皆が高い志を持ち行動していて、素晴らしい隊と感じました。」
実際に、個人差はあったものの、この隊は皆がイキイキしていた。つらいはずの早朝訓練の時間だって、楽しそうにしていた。
「正直に言うと?」
「…もっと、」
「もっと?」
「その…映画みたいな仕事をしていると思っていました。」
子どもの頃見た映画。軍人が悪から人々を救うとかいう、今思えば、ストーリーもキャラクターにも、なんの捻りもない、雑な作品。しかし、正義のヒーローとして人々を助ける、その大きな背中は、幼かった僕の心に鮮烈な衝撃を与えた。
「確かにそういう子は多いよね。ほら、一時期、そーいうアクション映画が流行ったことあったじゃない。最近多いよ、映画に憧れて来たって子。」
「お恥ずかしい限りです……。」
顔が熱くなるのを感じ、つい俯く。
「いやいや、恥ずかしがることなんてないさ。憧れとは、立派な理由だよ。……私達の仕事はきらびやかで華やかなものではないけれど、誰かを救うためにある、立派な仕事なんだ。君はこれから、色んなことに触れていくと思う。先達から一言あげよう。誇りなさい。今、自分がしていることは、必ずどこかの誰かを救ってるんだ。」
彼はそういって笑った。
……20XX年
近くの何かが爆ぜた音で目が覚める。
「……閣下」
両足があつい。いや、もうなかったんだった。じゃあこれは恐らく断面の痛みなのだろう。
飛び交う銃弾。あちこちから上がる悲鳴と怒号。体に響く爆撃音。辺りを舞う砂ぼこり。喉を焼く煙の不快な臭い。
「……閣下。俺は、もうこの仕事を誇れません」
視界がぼやける。
一体この手で、何人殺した?
こんなことがしたくて軍人になった訳じゃなかったはず。
……一体、俺は何のために軍人を志したんだったか。
……死にたくない。いつからか何のため、誰のため……そんなことなど頭には無くなった。今はただ、死にたくない。その一心だけだった。
頭に浮かぶのは怨嗟の声。あの日からずっと頭から離れない。俺が今まで殺してきた人たちの声。
戦争だったからなんて言い訳にならない。いっぱい殺した。汚い。俺の手はとっくの昔に汚れていた。
軍人が正義のヒーローだと?笑わせる。こんなもの、ただの人殺し集団じゃないか。夢見る若者だった頃の自分が、とても哀れに思えた。
あの頃、自分が守りたかった隊はもうここには無い。あるのは、隊の名前と死んだ目をした人形だけだ。
……寒い。あれほど熱かった体が段々冷えきっていく。
はぁ、とため息を吐こうとするが、息が上手くできないからか、それすらできなかった。
意識が薄れていくのには時間がかかった。まさか、即死できないのがここまで辛いとは。
惨めだなぁと思った。戦争の片棒を担いで……そして、無我夢中に死体の山をつくってきた結果がこれだ。
死が迫っていることが感覚でわかる。抱くのは恐怖と諦め。
硬い土の上に横たわりながらも、地面の揺れを感じた。きっと、今このときも誰かが爆弾に吹き飛ばされたり、銃弾に貫かれたりして、命を落としている。せめて、そいつらは一撃で逝けると良い。余計な恐怖を感じずに済む。
こんな、クソみたいな恐怖を感じることなく、人生を全うできる時代を作れなかった自分が不甲斐ない。
いずれ生まれる子等の為にも、世界の平和が訪れんこと。ただそれを切に願う。