秘密の代償
僕らが通っている中学校は、もともと、戦時中に軍の施設だったという少し変わった経歴があった。こうしたこともあってか、学校の壁の至るところに、軍の施設時代の写真が飾られているが、正直言って、それに興味が惹かれるような生徒は誰一人としていなかった。僕も、あの出来事が起こるまでは、ここがもともと軍の施設だったということを忘れてしまっていたほどだった。
ある日、親友の山野が、理科室に移動するときに、変なことを言い出した。
「実は、この学校の開かずの間には、人を生き返らす力があるらしいぞ。」
「何だよ、その非科学的な話は。」
「噂だよ。う・わ・さ。」
「どこ情報だ?普通に意味わからんだろ。」
「どこだったかな……。」
「そこは覚えてろよ!」
「あははは、いいじゃないか。人だもの。」
この学校の1階奥には、開かずの間と呼ばれる場所がある。そこの入り口は、金庫や防火扉のような厚い鉄の扉でふさがれており、扉には、「関係者以外立入禁止」という少し錆びた看板が掲げられている。そこの扉が開いているのを見た人は校内に数人いるらしいが、その扉の奥は、校長先生でさえ見たことがないという。
次の時間は、理科の授業だった。実験の授業だったこともあってか、つい集中してしまい、その意味不明な噂なぞ、授業後に山野から再度言われるまで、すっかり忘れていた。
「おい、川内。例の噂。」
「何だよ、それ。」
「開かずの間のやつだよ。」
「ああ、あれか。」
「先生に聞いてみようぜ。」
「いやいやいや、そんなバカみたいな質問、先生がガチになって答えるとでも思うのか?」
「まあ、一か八かさ……。」
僕と山野は、理科の先生に思い切って聞くことにした。
「先生。」
「ん?なに?」
「勉強とか全然関係ないんですけど。」
僕がいろいろ保険をかけているときに、山野は躊躇なく聞いた。
「開かずの間は人を生き返らせるって本当ですか?」
この質問をした瞬間、理科の先生の瞳孔が開き、瞬時ためらう動作を見せた。そして、こう言った。
「え、何それ。そんな非科学的なことあるわけないでしょう。それよりも、次の授業遅れるわよ。」
そして、理科の先生は、僕らを理科室から追い出した。少し怪しい感じはしたものの単なる先生のノリであろうとも思った。
しかし、その考えはその日の放課後から一変した。
帰りの挨拶が終わって、山野と一緒に開かずの間の見える廊下を素通りしようとしたときのことである。理科の先生が、開かずの間の扉を開けているのを目撃した。僕も山野も開かずの間が開いているのは初めて見る。しかし、中は真っ暗で何も見えなかった。
「どうしたの。」
数学の先生がやってきて、こそこそしている僕らに声をかけた。
「開かずの間が……。」
僕は開かずの間の方を指さした。
「ん、開かずの間が何だって?」
数学の先生が目を向けると、開かずの間が閉まっていて、理科の先生もいなかった。
「開かずの間が開いているような気がしたんですけど……。気のせいみたいですね。」
「え、開かずの間が開いた!?うちもあの扉の奥は知らないんだよね。うちも見たかったなぁ。」
こうして、数学の先生と別れ、学校を出て、通学路を歩きながら、山野とさっきのことに関して話し始めた。
「あれ、気のせいじゃないよな……。」
「だって、2人で見てるんだからな。」
「でも、何で理科の先生がいたのかな。」
「そうだよな。先生に聞いたときのあの反応も気になるし。」
次の日から、理科の先生がおかしくなりはじめた。異常に学校内で僕らをつけまわすようになったのだ。僕らが気付いて、後ろを振り向くと、何事もなかったかのように去っていく。まるでストーカーのようだった。そして、開かずの間の前を通ると、それをまるで予想していたか如く、必ず、理科の先生がいて、宿題やテストの話、世間話をしてくるようになった。この時点で怪しい匂いは相当するのだが、もし、その話をしたとして、おかしな人間扱いされたり、何か良くないことをされたりしてしまっては、堪ったものじゃないので、理科の先生の前では開かずの間の話はしなかった。
しかし、それが半年も続いてしまうのだから、我慢ができなくなるのは当然であろう。僕たちは、理科の先生の様子をうかがって、もう一度聞いてみることにした。
「先生。」
「ん?なに?」
「先生、最近おかしいです。」
「何が?」
「僕たちをつけましたりして。」
「つけまわす!?何で?」
「もしかして、開かずの間には何かあるのではありませんか?」
それから、長い間聞き続けた。最初は先生も誤魔化していたが、とうとうそれも通用しなくなっていき、特別に開かずの間の中に入れてくれることとなった。
数日後の放課後、僕らは開かずの間の前で待っているように指示された。すると、理科の先生が現れ、鍵を開けた後、重そうに開かずの間の扉を開けた。そして、くぎを刺すようにこう言った。
「絶対、他人に今から見るものについて話しては駄目よ。」
僕らはその話に同意し、開かずの間の奥を見せてもらった。中は洞窟となっていて、そこからしばらく進むと、階段が下へ下へと続いていた。
その階段を下りていくと、洞窟のあちらこちらに、自然にできたであろう鉱石が生えていた。また、ところどころに骨のようなものが落ちていた。そして、どんどん先へと進むと、道が二手に分かれていた。どちら側も、何かはわからないが奥に光るものが見えた。目の前には看板があり、こう書かれていた。
「左ヘ行ク者生キ返ラセ、右ヘ行ク者難病治ス。」
この看板を見た瞬間、僕らは目を見開いた。山野の噂、そのものだったからである。しかし、理科の先生はここから先を行かせなかったし、何も言わなかった。
僕はあの出来事以降、開かずの間のことが気になって仕方がなくなっていた。そして、とうとう勉強どころか、大好きなゲームにさえ手を付けられない状況となってしまった。
ある日の昼休み、僕は図書委員の仕事で、図書室の受付の当番をしていたのだが、唐突に司書の先生についてきてほしいと言われたため、先生の後をついていくことになった。すると、図書室近くの小さな扉の前にたどり着いた。司書の先生がその扉を開けると、中には大量の本棚があり、昔からある古本屋の如く、本がぎっしりと並べられていた。
「この倉庫にある本の半分くらいを除籍処分しようと思うんだけど、流石に1人じゃ大変でね。少し手伝ってくれるかい?」
司書の先生はそう言った。僕はそれに同意して、除籍処分の作業……いわゆる片付けを手伝うことになった。
大量の本を整理していると、不思議なものを見つけた。明らかに出版物ではない。ボロボロの色褪せた革の手帳を見つけた。
「先生、これ、何ですか?」
「うーん、何だろうね……?」
司書の先生も首を傾げた。そして、少し見せてほしいというので、司書の先生にその手帳を手渡すと、中をぺらぺらと見始めた。
「うーん、これは、過去にこの学校に通っていた生徒のものみたいだね……。読んでみるかい?」
僕は、司書の先生から手帳を受け取り中を開いた。そして、最初のページに描かれていた文字に、僕は驚愕した。なぜなら、そこには、「開かずの間の研究」と書かれていたからである。
「先生、この手帳、除籍処分になるなら貰ってもいいですか?」
これを聞いて、司書の先生はしばらく悩んだ。
「うーん、本当は持ち主に返さなきゃいけないんだろうけどな……。流石に他の先生と話し合ってからになるから、あげるって言うことはできないけど、少しの間貸すくらいだったらバレないと思うし……。読んだらすぐ私に返してね。」
「ありがとうございます!」
僕は速攻で仕事を終わらせて、教室の自席に戻り、手帳の中身を読むことにした。手帳には、大まかに次のようなことが書かれていた。
この学校は、戦時中に軍の施設として建設された。そして、その施設の建設工事中に洞窟が見つかった。これが、現在の開かずの間だった。その洞窟の中には、謎の宝石が2つ埋め込まれていたが、その宝石の正体や意味は一切わからなかった。しかし、工事に影響はないだろうと判断されたため、工事は継続された。その後、施設が完成し、例の洞窟は、戦死者の死体を入れる霊安室として使われるようになったのだが、ある日、その洞窟の中に保管されていた戦死者が生き返って、出てきたのだという。その後、その部屋は人を生き返らせたり、難病を治したりする部屋となった。しかし、戦時中は誰も知らなかったのだ、人を生き返らせるには代償が必要だということを。
次のページには、手書きではあるが、図鑑のように動物の絵が並んでいた。そして、見出しとして、「その動物を生き返らせるための代償(難病を治すにはその半分)」とあった。例えば、人の場合は、人を1人生き返らせるのに400人の命が必要とあった。
先ほども言ったように、当時はそのような代償がいることは確認されていなかった。それもそのはずだった。当時は戦時中。戦死者は多くいたため、代償など知らぬ間に払っていたのだろう。
戦争が終わり、この施設はやがて学校となり、例の洞窟は開かずの間となった。しかし、それから数十年が経ち、その話を噂として聞いた僕らみたいな生徒が、開かずの間には人を生き返らせる力があると気づいた。そして、当時難病で死んだこの生徒の母を生き返らせた。それからのことだ。この生徒の周りで変死が相次いだのだ。代償が支払われ始めたのである。しかし、そのような時に母を生き返らせた生徒とその母は行方不明となった。後ほどの説明によれば、戦時中の資料の中で、戦争が行われている間は、管理者と呼ばれる人がいて、何故か人を1人生き返らすにつき、”一定数の戦死者”が運ばれないと何らかの力でその洞窟から出られないという記述があったらしい。つまり、生き返らせるための代償の支払いが終わるまでは、管理者、もとい生き返らせたい人に同伴した者は、開かずの間から出られないことを意味していた。きっと、行方不明になったその生徒も開かずの間に閉じ込められていたのだろう。ちなみに、前ページにあった「その動物を生き返らせるための代償(難病を治すにはその半分)」は、その戦時中の資料から、先ほどの”一定数の戦死者”の情報を基に逆算したものらしい。
そして、この手帳の所有者は、自身の研究について警察や自身の親に話したが、子供の言うことだと信じてもらえなかった。しかし、開かずの間の正体を知っている人がまだ多く在籍していた当時の学校の先生に相談したことによって、全責任は、母を生き返らせたその生徒に向けられたのだ。だが、その影響で、この開かずの間は人を生き返らせるということが実質証明され、どこから話を聞いたのか、変死した友人や親戚をその遺族が開かずの間でこっそりと生き返らせるようになった。いわゆる負のループに入ってしまったのである。そして、この学校の生徒たちは、代償として死んでしまうことに恐怖を感じ、精神的に崩壊していった。手帳には写真が複数枚挟まっていたが、その時の写真も手帳に挟まっていた。ここは、体育館へと向かう渡り廊下であろう。床は血だらけとなって、目は血走り、身体がほぼ骨となった生徒が、カメラに向かって追いかけてくる写真だった。僕はこれを見て少し気分が悪くなった。しかし、なぜこのようなことが全国で報道されなかったのだろうか。少し不思議にも思った。
いろいろ考えながら、手帳を読んでいると、いつの間にか僕の後ろにいた理科の先生はこう言った。
「この時、この学校に通っていたのが私だった……。こうしたことがあって、学校はこの開かずの間で起きたことを抹消したの。知ってる人がいると、また周りのことを何も考えない人々によって多くの犠牲を伴うと思ったから。まあ、地方紙には少し載ったけどね。でも、この手帳の所有者はこの出来事を何が何でも後世に残そうとして、図書室の端にそれを隠した。しかし、その子も代償の犠牲となり帰らぬ人となった。」
僕は、このような出来事が現実で起こっていたという事実を受け入れられないでいた。そして、このことを急いで山野に伝えなければならないとも思った。その時、外からパトカーのサイレンの音が聞こえた。もう遅かった。
開かずの間の前には、警察官や先生、生徒など、多くに人が集まっていた。開かずの間の扉の前には、山野が人々に包丁を向けながら、ある1人の少女を背負って立っていた、山野には妹がいるのだが、難病にかかり寝たきり状態だった。恐らく山野に背負われている少女は、山野の妹だろう。僕は警察官らと共に必死に山野を落ち着かせようと努めた。
「山野、何やってるんだ!?」
「ああ、川内。何だよ、焦った顔して……。」
「そりゃあ、焦るだろ。てか、まさか、生き返らせる……いや、違う、まさか難病を治そうとしているのか!?」
「そうさ。」
「でも、理科の先生しかここの鍵は持っていないはず……。」
「いや、何故か知らないけど開いてるんだよ。」
なんということだろう。開かずの間の鍵をこんな時に限って先生が閉め忘れていたのだ。山野は開かずの間の扉をゆっくりと開けた。
「じゃあな。」
「ま、ちょっと。」
こうして、山野は妹を背負いながら、開かずの間に入った。すると、扉はひとりでに閉まった。
そして、数分後に扉の奥から、少女の声と山野の声が聞こえた。
「あれ、ちょっと、出れないんだけど。」
そこにいた人々はざわめいた。中からは開けてと言わんばかりに扉を叩く音がした。大人たちは、必死に扉を開けようとしているが、開く気配は全くない。そこで、思い出した。代償の支払いが終わるまでは、ここの扉は開かないということを。そう、真の開かずの間となったのである。僕はそのことを山野に伝えた。それを聞いていた大人たちは、何を言っているのかと鼻で笑ったが、
「は?代償?何それ。」
と山野は真剣に聞いてくれた。
「人を生き返らせるには1人につき400人、難病の場合は半分の200人が死んでしまうことになる。」
「う、う、嘘でしょ。」
扉の奥から、山野のすすり泣きが聞こえた。現実を受け入れられなかった理科の先生は、涙を流し始めた。
「っ……!」
隣にいた警察官が急に苦しみ始め、口から泡を吹いて倒れた。
「先輩!?先輩!」
もう1人の警察官は、必死に起こそうとした。そして、動きがないことが分かり、倒れた警察官の脈をおぼつかない様子で測った。そして、
「し、死んでる……??」
と小さくつぶやいた。周りにいた人は、その現状に驚き、倒れた警察官から離れていった。
「代償が支払われ始めた……ああ、歴史は繰り返すのか。」
理科の先生は、膝から崩れ落ちた。
「も、もしかして、あの子らが言っている代償というものなのか?」
「私たち、死んじゃうの!?」
周りにいた人は、徐々にざわめき始めた。
「ちょ、ちょ、皆さん、落ち着いて!」
一番落ち着いていない様子の警察官がそれを言うのは説得力がないのではないかとも思ったが、何をしないでいるよりかは、多少ながら権力のある人が周りをまとめたほうが有効に思えた。
「大丈夫です。救急車呼びます。応援も呼びます。まずは、皆さん落ち着いてください。脈もちゃんと測ったわけではないですし、心臓が止まってすぐなので、まだチャンスはあります。心臓マッサージを誰かにお願いしたい。あと、AEDも持ってきていただきたい。」
近くにいた数学の先生はAEDを取りに行った。そして、体育の先生は、倒れている警察官に心臓マッサージを始めた。警察官は、無線を使って、いろいろ連絡をし始めた。ただならぬ空気感だった。
「大丈夫です。救急車を手配しました。あの子の言っている、代償?とやらはよくわかりませんが、きっと偶然です。あ、AEDありがとうございます。」
警察官は、倒れている警察官にAEDを装着した。
「処置は不要です。」
AEDからそう音声が流れた。処置が不要ということは、正常であるか死んでいるかのどちらかであることが多いが、この状態で死んでいないという方がおかしいだろう。
「やはり、死んでいるんだわ!」
「代償は本当だったというのか!?」
周りにいた人は徐々にパニック状態になり始めた。
「皆さん、落ち着い……。」
そして、先ほどまで色々指示やら落ち着かせるやらしていた警察官も唐突に泡を吹いて倒れてしまった。周りの人々のパニックに余計拍車がかかった。しばらくすると、騒いでいる人々が徐々に泡を吹いて倒れてゆく。僕は、死んでしまうのではないかと怖くなり、急いで学校を飛び出した。
あれから数日が経ったが、あの時から、周りの人が次々と変死するようになった。教室にも1つ2つと花瓶が置かれる席が増えていった。
ある日、僕は、山野に扉越しで話しかけた。山野も数日の間、飲まず食わずであったこともあり、相当弱っているようだった。そして、僕は山野に現在の状況を報告した。世間では当然この出来事は大々的に報道された。科学者らは、非科学的なこの現象を何とか科学的に証明しようと、毒ガス説や電磁波説など様々な仮説を立て、テレビでコメンテーターと共にあれやこれや議論しているが、どの説も取って付けたような現実的ではないものばかりである。代償の犠牲となった人は、小さな子供から、お年寄りまで幅広く、影響も隣町まで及んでいる。僕が一通り報告を終えると、山野はこう言った。
「そういえば、あとちょっとで、この扉開きそうなんだよね。」
「え、ということは……。」
「あとちょっとで、200人目が死ぬということ。」
「そうか。」
僕がそう言ったとき、身体に激痛が走った。
「ああああああ!」
「どうした、川内!」
「身体が!身体が!」
全身の力が抜けていく。200人目は僕だったのだろうか。そう思ったとき、目の前には、幻覚なのかわからないが、大勢の人の姿がうっすらと見え始めた。そして、それらは、
「逃げろ……逃げろ……。」
と言いながら、何かから必死で逃げているように見えた。より目を凝らしてみると、何か黒い得体のしれない化け物が、それらを追いかけているように見えた。そして、その化け物に追いつかれてしまった人たちは、化け物に食べられてしまっているようだった。化け物に食べられてしまった者たちの悲痛な叫びや身体を引きちぎられる音が聞こえた。僕は、恐怖で言葉も出なかった。そして、数秒の間、何も考えることができなかったが、化け物があと数mまで来たとき、そいつに食べられてはいけないと感じた。意識がもうろうとし、身体に激痛が走り、全身の力が抜けているという中、僕は何とか追いつかれないように必死で地面を這った。しかし、這って移動するようでは、まだまだ速度は遅い。このままでは、あれに食べられて死んでしまう。そう本能で感じた僕は、最後の力を振り絞り、無理やり全身に力を入れて立ち上がり、廊下を全力疾走した。
「ちょっと、川内君!」
先生の呼び止める声は、僕には聞こえなかった。僕は学校の外へ出たところまでは覚えているが、それ以降のことは、一切記憶にない。
気が付くと、僕は病院のベッドの上だった。
「目を覚ました!ああ神様!」
「大丈夫か!?おい!」
父と母が僕を心配した顔で見ていた。
「ああ、うん。大丈夫。どうかしてたみたい。」
僕は起き上がってそう言った。父は言った。
「無理はするな。あんなことがあった後だ。どうやら、お前は、休み時間に急に発狂して学校を飛び出したらしい。そして、それを先生が追ったところ、校門のすぐ近くで倒れていたそうだ。」
「10日間も目を覚まさなかったんだから!」
母は今にも泣きだしそうだった。あの後、僕は力尽きていたが、代償として命を落とすことはなかったようだ。
「よかった……。」
僕の目から涙があふれた。母と父は優しく僕を抱きしめた。すると、唐突に病室の扉が開いた。僕はそこに目を向けた。すると、そこには山野とその妹がいた。
「山野……。」
僕は驚いた顔で言った。
「あの後、しばらくして、扉が開いたんだ。」
「ということは……。」
「200人、妹のために亡くなったということだ。」
僕はそれを聞いて、言葉が出なかった。きっと、あの時、何もしていなければ、僕が200人目の犠牲者となっていただろう。しかし、僕は代償として死ぬのを拒否してしまった。ということは、自分の代わりに亡くなった人がいるということ……。そして、幻覚で見えたあの者たちはどうなってしまったのだろうか。もし、あれが、代償として亡くなった人の幽霊……もとい魂だったとするなら、全てあの化け物に食い尽くされてしまったのだろうか。僕は、さらに涙があふれた。
「僕が……お前から、あんな噂を聞いていなければ!お前が妹を開かずの間に連れていっていなければ!!」
僕は叫んだ。
「……ごめん。」
山野は静かに言った。しかし、僕は心の中ではわかっていたのだ。山野は何か悪いことをしたわけではなく、開かずの間という噂に振り回されてしまった単なる被害者であるということに。
「お兄ちゃん……。」
山野の妹は、山野の服の袖をつかみながら、心配そうにこちらを見ていた。
「もう……出ていってくれ。」
僕は言った。山野とその妹は静かに病室を後にした。山野とは、それ以降一度も顔を合わせていない。
僕は病院を退院後、理科の先生と共に、代償の犠牲となった人の遺族の家を回り謝罪をした。中にはそんな僕たちを馬鹿にする人、ふざけているのかと怒る人もいた。確かに、この出来事は僕自身が何か悪いことをして起こったものではないと思うし、謝罪したところで何かあるわけではないと思うが、これが、亡くなった者へのせめてもの償い、もとい供養になればいいと思ったのだ。
とはいえ、それでも供養が足りなかったのか、それとも僕の罪悪感からなのか、あれから10年経った今でも夢に見る。僕もあの黒い化け物に食べられてしまう姿を。
僕は、この記憶を風化させないように、そして、もう繰り返すことのないように、これまでのことを本にして出版した。理科の先生の時代とは全く逆のことをしたのだ。流石に、内容に現実性がなさすぎるので、フィクションという形の出版になってしまったが、この出来事を知っている人が1人でもいるなら、それでいいと思ったのだ。その後、その本は、学校の図書室に卒業生の作品として納本された。
その本が無事出版され、しばらく経ったある日、定年間近となった理科の先生は、ある生徒にこのようなことを聞かれた。
「先生!開かずの間って人を生き返らせるって聞いたんですけど、本当なんですか?」
すると、理科の先生は次のように答えた。
「どうなのかしらね……そんな非科学的なこと、あるはずないと思うけどね……そういえば、その話について書かれた本が図書室にあったはず。題名は、確か……そう、『秘密の代償』。」
こんにちは、明日 透です。
秘密の代償を読んでいただき、ありがとうございます。
この作品、少し前に知人に見せたのですが、その人にはここで小説書いてることを言っていないので、身バレする可能性があると思うと怖いです。まあ、見せた後、終わり方が気にくわなくて相当中身は変えているんですけどね。
今回は、少し不思議な開かずの間の話でした。何か特別なことをするには、それなりの代償が生じる。その代償は、大きすぎることもある。皆さんは、何かをするとき(例えば、推し活するときとか)、代償を払える範囲でとどめていますか?私は、払える範囲(お小遣い)でできるよう努力してます。
さて、本作は、小説家になろうの企画、夏のホラー2024「うわさ」の参加作品として投稿させていただきました。正直、こうした企画に投稿するのは初めてなので、心配なところもあるのですが、これをきっかけに読んでくれる人が増えてくれると嬉しいと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました。