第6章10話 紫剣魔姫ルクレティア
俺、ルーナ、エリスそして案内人としてリーナさんの四人が廃墟に向かう。作戦はリーナさんが俺を魅了したという設定でこの屋敷に連れ込み、内部に潜入。ルーナとエリスの二人は後からこっそりついてきて潜入する作戦だ。無理そうなら、内部で俺が暴れてその合図で突入となっている。
「それでは行きましょうアクイラ様」
「あ、ああ。わかった」
廃墟の中はボロっとしていて大きな扉もかつての煌びやかさを感じさせない汚れとひび割れ。こんな場所に貴族の娘を出入りさせていたのか。
「では私が扉を開けて中に入ります。アクイラ様は魅了されたふりをして私についてきてください」
「ああ、わかった」
リーナさんが扉を開くと、そこは大きなホールだった。天井は高く、二階に上がる階段も見える。
「それでは行きましょう」
俺はリーナさんについていくが……本当に大丈夫だろうか? 俺の不安をよそに、リーナさんはどんどん進んでいく。すると突然立ち止まり、俺に向き直る。
「それでは魅了されたフリ。頑張ってください」
「…………ハイ」
こんな感じだろうか。俺はリーナさんに連れられ、ぼーっとしているようにしながら歩いていくと、突然綺麗な扉のある廊下にたどり着く。やはり相手は女性なだけあって綺麗好きの様だ。
つまり、あの奥から敵の領域なのだろう。一歩ずつ近づいていくにつれ、香水か何かの匂いが鼻をくすぐる。
俺は香水とかはあまり好きではないし、この匂いは不快だった。
すると突然リーナさんが俺に抱き着いてきた。
「あぁ……アクイラ様」
「お、おい……」
魅了されたフリをしろと言われたが……リーナさんが俺に抱き着くのは違うのではないか?
「どうした?」
「……………………」
リーナさんがゆっくりと顔をあげると、その目は瞳を写さず真っ白な状態。白目をむいた彼女がにんまりとほほ笑んだのだ。
「しまった!?」
これはやはり罠!? だが、リーナさんが偽物と断定できない以上、攻撃することも出来ない。がっしりとしがみ付いて離れない彼女を無理やり引きはがそうとするがそれもかなわない。
「あらあら、まんまとはまってしまいましたね」
豪華な扉がゆっくりと開かれると、その先にはまばゆいばかりの光景が広がった。扉の向こうから現れたのは、一人の美女とそれを囲う白目をむいた男達。彼女の登場はまるで舞台の幕開けのようで、全ての視線が一瞬にして彼女に引き寄せられた。
彼女は深い紫色のロングドレスに身を包んでいた。そのドレスは上半身にぴったりとフィットし、優雅で洗練されたシルエットを描いている。胸元には黒いレースがあしらわれ、彼女の美しさに一層の輝きを与えていた。ドレスの裾は広がりを持たせたデザインで、黒のシルクと紫のベルベットが幾重にも重なり合い、歩くたびに波打つように揺れる。背中には大きなリボンが結ばれ、後ろ姿にも見惚れるほどの美しさを演出している。
彼女が一歩一歩進むごとに、彼女の黒い髪が艶やかに揺れ、紫色の瞳が鋭く光を放っていた。彼女の足元には、黒い革のヒール付きブーツが覗いていた。膝までの高さがあり、紫色の刺繍が施されたブーツは、ドレスと見事な統一感を保っている。
その胸元には、黒と紫の色合いの宝石があしらわれたネックレスが輝いており、彼女の魔力をさらに増幅させている。腕には同じデザインのブレスレットが巻かれ、全体のコーディネートに一貫性を持たせていた。
彼女の歩みは、どこか余裕と自信に満ちており、その場の空気を一変させるほどの威厳を感じさせる。悪の貴婦人としての品格と、戦士としての冷酷さが同居するその姿に、誰もが息を飲むだろう。
彼女が豪華な扉を通り抜け、俺たちのもとへと向かうその瞬間、まるで全ての時間が彼女のために止まっているかのように感じられた。
「ようこそ、私のテリトリーへ」
彼女は妖艶に微笑み、俺たちを歓迎する。その声は低く響き渡り、俺の耳元で甘く囁くように聞こえた。彼女の放つ魔力の波動は、まるで毒のように全身に染みわたっていく。
「お前は誰だ? なぜこんなことをする?」
俺は魅了されないように意識を集中させながら尋ねるが、彼女はただ笑うだけで答えない。そしてゆっくりと口を開いた。
「私は紫剣魔姫ルクレティア。魔の九将が一人……と言えばわかるかしら?」
魔の九将……ここでも現れたか。大体俺の前に現れすぎなんだよ。
「魔族の女か…………魔族は何度も見てきたが、どこまで人間と同じか服を剥いてやりてぇくらいのが出てきたじゃねーか」
「あらあら……怖いこと」
ルクレティアは余裕の表情で俺を見つめる。まずいな、俺は身動きはできないが、彼女ならリーナさんを捨て駒のように切り捨てる事も可能だ。下手な行動をとればリーナさんを殺しかねない。
「一応言っておくけれど……今日は黒のレースよ」
「なっ!?」
ルクレティアがドレスのスカートをたくし上げると、黒いレースの下着から伸びる白磁のような太ももが見えた。思わずガン見する俺。
「…………よし、つぎはその下着だ。ゆっくり降ろせ」
「え? 拘束されているのは貴方で、主導権を握っているのは私のはず…………ここまではわかる?」
敵に心配された。流れで脱いでくれないかと期待したが、さすがにそこまで馬鹿じゃないか。
「それで罠まで使って俺を誘い込んだ目的は?」
とりあえず向こうも拘束してきた以上、俺に話があるのだろう。あるいは洗脳するつもりか。とにかく殺される心配はなさそうなので、質問する。
「私が音を使うことはその女からは聞いているわよね、びっくりしたわ。私の手の内を明かすなんて思いもしなかった。どうして以前の反逆がばれたのかまるで理解していない。私はね…………彼女の周りの音を拾えるのよ。だから貴方たちの作戦もぜーんぶ知っていたわ」
「なるほどな……それで、リーナさんの行動を知ったお前はここまで誘い込んだってわけか」
合点がいった。つまりリーナさんは俺たちを罠にハメようとした訳じゃなかったって事だな。だったらなおさら彼女を傷つけるわけにはいかないな。洗脳されて俺を抱き締めて拘束するリーナさんの頭を撫でる。
「シャアアアアアアアアアアアアアア」
しかし、リーナさんは奇声をあげるだけで撫でられていることもわからないみたいだ。
「大丈夫だ、俺が救うよ。もういいぞ出てこいアウロラ、ジェンマ」
そう言われ、祝福の証からそれぞれアウロラとジェンマが現れる。
「アウロラ! 周囲の人たちの洗脳を解除してくれ!!!」
「まっかせて!!」
アウロラが魔法を詠唱し始めるが、既に対策されていたのかアウロラが詠唱途中で苦しみ始めた。
「な…………なによこれ…………」
アウロラの首には紫色の焔が首輪のように巻き付いていた。
「ごめんなさいな…………その魔法は使わせられませんの」
ルクレティアが指を鳴らすと、アウロラの首輪から彼女の体を蝕むように紫色の焔が広がる。俺は慌てて取り押さえようとするが、それより先にアウロラは倒れた。
「アウロラ!!!」
「へ…………平気よ…………魔力が奪われてるみたいだけみたい」
明らかに苦しそうだが、強がるアウロラ。
「…………ジェンマ!!! ルーナとエリスを呼んできてくれ…………可能ならカイラさん達もだ」
「うん!!」
ジェンマがすぐに飛び立ち、俺はリーナさんに拘束されたままルクレティアと対峙する。
「あらあら…………逃してしまいそうですね! 行きなさい!! 人間達!!」
ルクレティアが叫ぶと、洗脳された男達が一斉にジェンマを追いかけ始めた。詠唱も出来るようで魔法を発動している奴らまでいるようだ。
「逃げろジェンマ!!!!」
「う……うん」
ジェンマは必死に逃げているが、男達のスピードが速い。このままでは追いつかれてしまう。俺はリーナさんの拘束を解こうと試みるが、びくともしない。
「くそっ!! 離せ!!」
「ふふ……無駄ですよ? 彼女を無理やり引きはがそうものなら、腕を引きちぎる方が早いわ」
卑怯な奴だ。だが、今までの魔族で正々堂々な奴なんて…………ヴァルガスくらいか。まあいる事にはいたけど…………大体卑怯者だった!!
「シャアアア!!」
「もう!! 大地の恵みよ、我が槌に応え、大量の宝石柱を出現させ、敵を貫け。宝石柱昇」
ジェンマはハンマーを召喚し、床を叩くと宝石でできた柱がたち、通路を塞いで逃げ出した。なんとか逃げ切れたようだ。だが俺とアウロラは…………
「まあいいでしょう…………数々の同胞を退けた傭兵の捕縛。それが目的でしたから」
「最初から俺が標的だったって訳か」
ルクレティアは頷き、微笑んだ。
「ええ……やっと、貴方を捕まえる事ができました」
俺はリーナさんの拘束を解こうとするが、まったく解ける様子がない。女性の力とは思えないし、物理的な縛り方ではないようだ。
そしてルクレティアは俺の首をゆっくりと締め上げると、俺は意識を失ってしまう。
この作品で敵に捕まるのアクイラだけじゃね? あ、アウロラもか。