第5章10話 不合格
翌日から火の聖女ヴァルキリーとの試練は容赦なく続いた。神殿の冷たい大理石の床が俺の足音を響かせ、朝陽が差し込むたびに壁の炎模様が浮かぶ。空気はひんやりと重く、微かな焦げ臭さが鼻をつく。生活に必要な食事や休息以外の時間は、全部彼女との戦いにぶち込んだ。体が汗と土で重くなり、筋肉がズキズキ痛む。ヴァルキリーは昨日と違う服で現れた。深紅のシルクブラウスは金の刺繍が炎のように輝き、黒のレザースカートは膝上まで上がって動きやすそうだ。汗で濡れた首筋が朝陽に光り、細いウエストが強調される。彼女は息一つ切らさず、まるで化け物だ。最近、化け物みたいな奴多すぎるな。
アカンサは体力がないせいで一番キツそうだった。彼女も神殿での休息を機に着替えてた。薄緑のコットンブラウスは汗で体に張り付き、灰色のロングスカートは裾が土で汚れてる。顔が火照って肩で息をするたび、大きな胸が揺れる姿は……正直、最高だった。何度か誘ってみたが、全部キッパリ断られた。いつものことだ。彼女の金色の髪が乱れて額に貼り付き、白い肌が赤く染まるのが色っぽい。ブラウスが汗で透けて、胸のラインが微かに浮かぶのが目に入る。
俺がここで火の聖女の祝福を受けられなかったら、俺は地の聖女を汚した罪で処刑される。だが、本当の罪はそれだけじゃねえ。俺は水の聖女ルーナも汚してた。地の聖女ベラはルーナの存在にいち早く気付き、彼女が聖女とバレたら俺の命が危ないと分かって、聖王の試練に切り替えた。あの時のベラの迫り方は異常だった。全部知ってて、恩人の俺を護ろうとしてくれた。今思えば、彼女の覚悟に頭が下がる。
何日も試練を続けた。ヴァルキリーとアカンサがこんな俺に時間を割いてくれること自体、ありがてえ。一度のチャンスでも十分なのに、何度も挑ませてくれるなんて、感謝しかねえ。そして、ついにヴァルキリーが告げた刻限の日が来た。今日、超えられなきゃ、俺は聖王国の罪人だ。処刑が待ってる。神殿の空気が昨日より重く、絨毯の焦げ跡が試練の爪痕を物語る。
ヴァルキリーが神殿の中央で剣を向けてくる。朝陽が彼女の背後から差し込み、深紅のブラウスが燃えるように輝く。レザースカートの裾が微かに揺れ、汗で濡れた白い太ももがチラッと覗く。彼女が剣を構えると、ブーツの革が軋む音が静寂を破る。
「来たな」
俺は右手中指の指輪を見る。地の祝福の証。あと三つ。その一つが手に入る最後のチャンスだ。
「はい」
「準備はいいかしら?」
アカンサが俺とヴァルキリーの間に立つ。彼女のブラウスが汗で透けて、緑のレースの下着が微かに見える。スカートの裾が少しめくれ、白い膝が朝陽に光る。彼女がしゃがんだ瞬間、スカートの隙間から白いショーツが覗いて、俺の目が一瞬そっちにいく。
「もちろんです。いつでも来てください」
俺が答えると、二人の表情が真剣になる。ヴァルキリーがゆっくり口を開いた。低くて落ち着いた声が神殿に響く。
「では始めよう。アクイラ殿、この私を打ち倒し、聖女の祝福を受けるのだ! でなければ……死ね!」
その言葉と同時に、彼女が剣を構えた。アカンサのハンデ参加はなくなり、立ち合いだけだ。神殿の空気が一気に張り詰め、柱の影が絨毯に伸びる。
「行くぞ!!! 武器を持つんだ、アクイラ殿!」
「来い! ジェンマァッ!!」
黄色の光が弾け、両手にハンマーが現れた。ジェンマの力が腕に流れ込み、柄の赤い刺繍が朝陽に輝く。俺はハンマーを構え、ヴァルキリーに走り出す。彼女が距離を詰めてくる。剣の刃が光り、鋭い音が空気を切る。ハンマーを振り上げ、振り下ろすが、彼女が軽く避けた。ブラウスが汗で体に張り付き、胸のラインが微かに浮かぶ。
「遅いな」
ヴァルキリーが剣を振りかぶり、斬りつけてくる。ハンマーで受け止めるが、威力に押されて吹き飛ばされる。床に背中を打ち、息が詰まる。冷たい大理石が体に食い込む。
「くっ……まだまだぁっ!!!」
なんとか立ち上がり、ハンマーを構え直す。今度は俺から攻撃だ。何度も振り下ろすが、すべて防がれ、ダメージを与えられねえ。武器を持つのは日が浅い。ジェンマの経験が俺を支えて、ハンマーの扱いもある程度できてる。だが、ヴァルキリーには通用しねえ。彼女のスカートが動きに合わせて揺れ、汗で濡れた太ももが光る。
「まだ倒れてくれるなよ? 聖なる炎よ、金色の輝きを纏い、魔を焼き払う刃となれ。聖火斬撃」
「大地の恵みよ、我が鎚に宝石の輝きを纏え。宝石鎚化」
詠唱が終わり、ハンマーがダイヤモンドの輝きを放つ。俺は走り出し、勢いよく振り下ろす。だが、金色の炎に押され、攻撃が通らねえ。何度も振るが、すべて防がれる。限界が来た。
「ぐあっ!!」
攻撃が弾かれ、地面に倒れる。ヴァルキリーの剣が首元に突き付けられた。冷たい刃が肌に触れ、汗が冷える。
「残念だが……ここまでだな」
「はい……」
俺は祝福を受けられなかった。逃げる道を選ばなかったことだけは誇れる。ヴァルキリーが剣を下ろし、俺を見下ろす。彼女のブラウスが汗で張り付き、細い背中が朝陽に光る。
「アクイラ殿、君はよくやった。だが、まだ力が足りない。君のような戦士を失うのは残念だ」
「……はい。ありがとうございました」
小さく返事をする。彼女は剣を鞘に収め、背を向けた。
「アカンサ、後は任せるぞ」
「ええ、このアカンサにお任せくださいませ、聖女様」
ヴァルキリーが去り、俺とアカンサだけが残った。神殿の静寂が重く、絨毯の焦げ跡が戦いの爪痕を物語る。アカンサがゆっくり近づいてきた。彼女がしゃがみ、俺の顔を覗き込む。金色の瞳が優しく俺を見つめる。
「ねぇ、アクイラ?」
「なんだ」
彼女が微笑み、俺の頭を撫でてきた。革手袋越しに温かい感触が伝わり、子供の頃を思い出す。涙が滲みそうになるが、堪えた。アカンサが口を開く。
「アクイラ、よく頑張ったわね。貴方は立派な戦士だわ」
「はは、ありがとな……」
素直に礼を言う。だが、火の聖女の祝福は受けられねえ。その事実は変わらないんだな。彼女が手を離し、立ち上がると、背を向けたまま言葉を続けた。
「貴方さえよければ……あたくしと……一緒に逃げてもよくてよ? どこか遠く……誰も知らない場所。そこでなら、きっとやり直せるわ」
「え?」
突然の提案に驚く。聖王の試練を諦め、二人で逃げるってことだ。そんなこと許されるわけねえ。
「本当に……いいのか?」
恐る恐る尋ねると、彼女は振り返らず答えた。
「ええ」
「地位も名誉も捨てて」
「ええ」
「財産も失う」
「分かってるわ」
………………彼女の真剣な返事に、俺は決意した。逃げれば罪人として追われるが、もう少し生きられるかもしれない。
「ありがとう……でも、お前を犯罪者にはできない」
「……そう。貴方は四年前から何も変わらないわね。あたくしの気持ちも知らないで……本当に馬鹿なんだから。解毒は必要?」
「必要ねーよ」
「そう……最後にアドバイス。貴方の持つ祝福の証は地属性の妖精族にいつでも場所が分かる代物よ。逃亡生活には邪魔になるから、置いていきなさいな」
アカンサが背を向けたまま歩き出す。彼女の緑髪が神殿の光に揺れる。俺はその後ろ姿を黙って見送った。彼女は一度も振り返らず、去っていった。
右手中指の指輪に手をかける。外すのは逃亡生活の始まりだ。このまま残れば処刑。心臓が重く、汗が冷える。
「ルーナは……俺を……死なせたくない、よな」
祝福の証である指輪を外そうとした瞬間、島中に響く轟音が鳴り響いた。耳元で砲撃を受けたような雷鳴が空を裂き、神殿の柱が微かに震える。窓から差し込む光が揺れ、絨毯の焦げ跡が一瞬浮かび上がる。
「らいおん」の一発変換は「lion」で笑った。
 




