第4章12話 夜の静寂
「…………」
トーナメントの日の夜。静寂が訪れる。アスカリの港に停泊する海賊船の甲板は、冷たい海風に晒され、木の軋む音が微かに響く。船の周囲には波が静かに打ち寄せ、夜の闇が船体を包み込む。遠くの街灯がぼんやりと光り、海面に細い光の筋を映し出す。
キャプテンオクトは自らの海賊船に乗り込むと、悪態をつきながらビールを飲み干す。甲板に置かれた木箱に腰を下ろし、粗末な革の椅子が軋む音が静寂を破る。彼は昼のトーナメントで巨万の富を得るつもりが、逆に結婚の話は流され、富も失ってしまった。それどころか生涯の婚姻を禁じた制約魔法付きの同意書にまでサインをさせられてしまい、生涯独身が決定してしまったのだ。船の舳先には錆びた錨がぶら下がり、海風に揺れる鎖の音が彼の苛立ちを煽るように響く。空のビール瓶が甲板に転がり、微かなガラス音が夜の静けさに溶け込む。
そんな彼は乗組員たちにも八つ当たりするように怒りをぶつけていた。船倉から上がってきた船員たちが、甲板の端に集まり、怯えた目でオクトを見つめる。薄暗いランタンの光が彼らの顔を照らし、疲れ切った表情が浮かび上がる。
「なんであんなふざけたガキに負けたんだ!! 炎を手足に纏うだけの雑魚だったじゃないか!!」
オクトは自分が敗北した理由を船員に聞くが、皆は口を閉ざす。船の揺れに合わせてランタンが微かに揺れ、彼らの影が甲板に長く伸びる。頭に血が上ったオクトは手前の男を感電させ、横にいた女の衣服を引き裂いた。その隣にいた女はジョッキで殴り、近くにいた男は腹部を蹴る。感電した男が甲板に倒れ、女の裂けた服から白い肌が露わになり、ジョッキが床に転がってビールの泡が広がる。それでも怒りは収まらない。船員たちの呻き声が海風に混じり、静寂を切り裂く。
「てめぇら、俺に逆らうのか?」
オクトは怒りに任せて船員達を殴る、蹴る。思いつく限りの短絡的な行動で怒りを発散していた。拳が船員の顔に当たり、鈍い音が響く。蹴られた男が木箱にぶつかり、箱がひび割れる。ここにいる者たちはトーナメントで負けて無理やりオクトの船員にされた者も少なくない。甲板には彼らの疲弊した足跡が残り、船の古びた木材がその重みを静かに受け止める。
そんな彼らに制約魔法のある同意書で船員にしているオクトは、まさか自分が書かされる日が来るなんて考えていなかった。船倉の暗がりから微かな波音が聞こえ、船の揺れが彼の苛立ちを増幅させる。
「船長! もうやめてください!」
一人の船員がそう叫ぶと、他の船員たちもそれに同調する。声が甲板に響き合い、ランタンの光が彼らの決意を一瞬照らす。だが、そんな彼らの言葉も今のオクトには届かない。むしろ火に油だ。オクトは余計に怒り狂い、その男を雷の矢で射った。矢が船員の肩を貫き、血が甲板に滴る。こうなれば誰もオクトに逆らえない。怒りが収まるまで自分たちの身体を使って暴れて貰うほかないのだ。船員たちの怯えた目が、ランタンの光に映り、静寂が再び重く沈む。
「うるせえ! お前らは俺に黙って従ってりゃいいんだよ!!」
オクトはそう叫んで再びビール瓶を壁に投げつけた。瓶が木壁に当たって砕け、破片が甲板に散らばる。そしてそのまま部屋を出ていく。重い足音が船倉への階段を下り、闇に消える。その後ろ姿に船員たちは何も言えなかった。甲板に残された血痕とビールの残骸が、静寂の中で静かに冷えていく。そんな中、オクトに近づいてくるのは黒い鎧の大男だった。船倉の暗がりから現れたその姿は、まるで影が実体を持ったかのようだ。
「キャプテンオクト、話がある」
「ドラコの旦那じゃないか! なんだなんだ!? あのガキを俺の代わりに殺してくれるのか???」
オクトは少し嬉しそうに言う。この鎧の大男、ドラコはオクトからすれば船員ではなく用心棒のようなものだった。強さも理解した上で船に同席しているやばいやつという認識だ。昼間は定期的にどこかに向かって砲弾を放つらしいが、それが何を意味しているかオクトも理解していない。船の側面に取り付けられた古い大砲が、ドラコの存在を静かに示している。
「ガキのことなんてどうでも良い。俺はただゴミ掃除が出来ればそれでいいんだ」
オクトはドラコの返事に、なんだつまらんとでも言いたげな表情をする。顔に浮かんだ汗がランタンの光に反射し、苛立ちが滲む。
「ここは良い潜伏場所だったが、そろそろこの地の掃除も終わる。お前は残るのか? 動くのか?」
ドラコが続けて話、オクトに今後の相談をし始めた。船倉の壁に掛かった古いロープが風に揺れ、微かな擦れ音が会話に混じる。オクトはその問いに間髪入れずに答える。
「ああん??? あのガキに復讐が終わってねぇんでな!!! 俺は残って始末すんだ!! 旦那も潜伏中は金銭ありがとよ!!!」
オクトはドラコがここにいる間、金を支払ってもらい、その金で豪遊していた。船倉に積まれた金貨の入った袋が、彼の過去の享楽を静かに物語る。
「気にするな…………共に来ないなら、口封じをして殺す」
「は?」
そう言ったドラコは大きな大砲を担いでキャプテンオクトに向ける。禍々しい大砲は瘴気のような何かを漂わせているような雰囲気だ。黒い砲身がランタンの光に鈍く光り、船倉の空気が一瞬重くなる。
「さらばだ、キャプテンオクト。毒の力よ、砲弾となりて燃焼し分解せよ。毒解砲弾」
その砲弾はオクトの手前で落下してしまった。甲板に鈍い音を立てて転がり、微かな煙が漂う。
「なんだぁ? 旦那の砲撃も大したことねぇなぁ! これなら俺の矢の方がずぅぅぅぅっとすげぇや!」
オクトはそれを見て笑うが、ドラコも笑う。オクトは何がおかしいと言いたげに眉間にしわを造る。額に浮かんだ汗が滴り、甲板に落ちる。するとドラコは楽しそうに答えた。
「なぁに余興みたいなものさ。この方が悪役っぽいだろぉ?」
ドラコが笑う。しかし、オクトには笑えなかった。仮にオクトでなくとも殺しの脅しを笑える者等ほとんどいないだろう。船倉の暗がりがドラコの笑い声を吸い込み、静寂が一層不気味に感じられる。
オクトは常々、このドラコという男は人間じゃないみたいだと感じていた。しかし、鎧を着ていたところで、せいぜいドワーフやエルフの他種族。人間からそう離れた者ではないと考えていた。甲板の木目が彼の苛立ちを静かに受け止める。
「なんでい! 驚かせやがって!!」
オクトは甲板をずかずかとわざと足音を鳴らしながら歩いた。重いブーツが木を叩き、響きが船全体に広がる。そんなお怒りなオクトをよそにドラコは話し続ける。
「この砲弾は必ず標的の手前で落下するように作られているんだ。代わりに落下地点の近くの者をゆぅぅぅぅううくり蝕み、朝日を浴びれなくさせる事ができる」
「おいおい、それもハッタリだろぉ?」
オクトの目の前の砲弾はいつの間にか消えていて、代わりに砲弾の落下跡だけが甲板に残った。焦げたような跡が木に刻まれ、微かな煙が漂う。オクトも不思議そうにのぞき込むが、手品の余興程度。その程度の認識で今日は眠りについた。船倉のベッドに横たわり、ビールの匂いがまだ残る息を吐く。
そしてドラコと名乗る男はオクトの思うその余興を、船員全員にお披露目してきたのであった。船倉の暗がりで砲弾が静かに準備され、夜の静寂が不穏な気配に変わる。
「…………」
歩いているドラコにいくつかの銃弾が向かう。甲板の端から放たれた銃声が夜を切り裂き、弾丸が空気を震わせる。ドラコは突然の銃撃を躱し、その先を見るも何もなし。黒い鎧がランタンの光に反射し、静寂が一瞬途切れる。船員たちの怯えた息遣いが甲板に響き、風がそれを海へと運ぶ。
夜、静寂は終わり、朝日が昇ると海賊船には誰もいなく、衣服と灰だけが残された。甲板には船員たちの服が散乱し、灰が風に舞う。船の舳先から見える朝日が、海面に静かな光を投げかけるが、そこにはもう誰もいない。静寂が再び船を支配し、波の音だけが響き続ける。
戦闘力表
S+ 雷闇魔将ヴァルガス、光風魔将アウレリウス
S 半人魔将フェリシアス
A+ 紫花のマーレア、森姫カイラ(魔法未使用状態)、灼熱の拳アクイラ(蒼・翠)、盾将軍グラディアス、静寂のイオン、双剣士レン、闇鎖闘士レクサ
A 獅子の戦士レグルス、炎の聖女ヴァルキリー、銀鉾のシルヴィア、風の聖女ゼフィラ、毒花のアカンサ、毒剣のユウキ、海銃のミズキ
B+ 波濤の影忍ネレイド、灼熱の拳アクイラ(紅)、青毒のナリア、鋼腕のイグニス
B 地の聖女ベラトリックス、突撃のリーシャ、雷族キャプテンオクト
C+ 風刃の騎士ゼファー、火炎剣士ヴァルカン、地剣のテラ、黒影花のセリカ
C 華の射手エリス、煌姫リヴァイア
D+ 風読のセレナ
D 幻想の巫女ルーナ




