第3章9話 俺とテラ
一年前のある日、ルナリスの街。俺と同じく誰とも組もうとしない女が現れた。それが当時のテラだ。ルナリスの街は賑やかで、傭兵ギルドの喧騒が朝から響き渡る。石畳の道には馬車の跡が残り、市場の呼び声が風に混じる。そんな中、テラは異質な存在だった。
テラはコミュニケーションがひと際苦手だった。それでも彼女の顔立ちの良さと、赤い髪が風に揺れる姿に惹かれ、組みたがる男は絶えなかった。人気がないわけじゃなかった。
だが、テラは屈強だった。コミュニケーションがうまく取れない上に、親密な関係を頑なに拒む。次第に男達からは不評を買っていった。ギルドの酒場で「アイツ、顔はいいけど使えねえ」と陰口を叩かれることも多かった。
じゃあ同性はどうか。実はそれも失敗してた。ルナリスには当時、カースト上位の女傭兵グループがあった。派手な装いと自信満々な態度で街を闊歩する連中だ。でも、案の定、テラは空気を読めない対応をしてしまい、その筆頭から嫌われてしまったらしい。俺は仲間外れの彼女を見ても何とも思わなかった。そもそもソロは苦じゃなかったからだ。仲間外れが辛いなんて考えもしなかった。だから俺はテラに救いの手を差し伸べようとはしなかった。彼女が一人を辛いと思ってたことは、当時は知らなかった。
そんな俺とテラが初めて会話をすることになったのは、沼地の依頼の時だった。お互いの依頼先が被ったのだ。討伐対象こそ違ったが、同じ場所にいた俺たちは……特に挨拶はしなかった。俺は一匹狼だったし、彼女はコミュ障だ。相席したって会話は発生しない。沼地の湿った空気が服にまとわりつき、足元には泥が跳ねる。俺は黙々と進み、彼女も黙ってついてきた。
でも、夜営の時だった。彼女が俺のテントの所にやってきたのだ。テントは簡素な布製で、地面に杭を打ち込んで張ってる。焚き火の明かりが揺れ、俺は木の枝に刺した肉を焼いてた。ちょうど食事を取ってた俺の元に来た彼女は、俺が焼いてる肉が気になるらしい。香ばしい匂いが漂い、脂が火に落ちてジュッと音を立てる。目の前にいればさすがに俺は声をかける。
「食いたいのか?」
そう俺が彼女に尋ねると、テラはぽかんとした表情で返してきた。彼女は赤いノースリーブトップに黒の膝丈スカート、黒のロングブーツを履いてる。トップには金のラインが力強さを強調し、スカートは動きやすさが際立つ。
「くれるのか?」
質問に質問で返すな。俺はそう思った。でも、渡せば俺が食べる分が減ってしまう。そもそも、「食いたいのか?」はあげる意味じゃない。そう思った俺は彼女に問う。
「じゃあお前は代わりに何をくれるんだ?」
そう尋ねたら、彼女は何も持ってない。自身の体をペタペタ触り、渡せるものを探し始めた。無一文だというのか。まさかそれで俺に食い物をよこせと? さすがにそれはないだろと思ったが、彼女は本気だ。本当に渡せるものを持ってないらしい。
「俺は食事をしてるんでな。悪いが何もないなら戻ってくれ。邪魔だ」
すると彼女はきょとんとした目で俺を見てくるので、さらに説明してやる。
「何かあれば別だ。なんでもいい。俺に利益をもたらせ。お前ならどうする?」
俺の質問に彼女は真剣に悩みだす。やがて一つの答えにたどり着いたらしく、それを口にした。
「わかった。僕が君の役に立つ」
役に立つか。こいつは今まで男達との親密な関係を頑なに拒んでたと思うが……それでも何かできることがあると考えたのか? でも、彼女の表情は真剣そのものだ。仕方なく俺は質問を続けることにした。
「本気か?」
「ああ、僕は君のために戦うよ」
そう言って彼女は少し近づいてきた。俺はその言葉に少し驚いた。彼女の本気さを感じた瞬間だった。……飢えすぎだろ。テラは鍛えられた体を見せつけるように俺の前に立つ。汗で少し濡れた服が、彼女の頑張りを物語ってる。
「役に立つよ」
俺はテラに質問する。
「お前は一人でいいと思ってたんじゃないのか?」
「…………そうだ。でも、食事はしたい。君は強そうだ。だから対価だ」
「つまりお前は俺を助けるって事か」
テラは頷いた。
「じゃあ、助けてみろ」
俺はそう言うと、テラに近づいてみる。でも、彼女は微動だにしない。本当にいいのか? そう思いながら、彼女の肩に軽く手を置いてみる。硬い筋肉と温かさが手に伝わる。すると彼女は言った。
「今日から……僕が君を守る」
その言葉に俺は少しドキリとした。でも、まだだ。もっと確かめなきゃ……。そう思った時、彼女が俺の腕に軽く触れてきたかと思うと、そのまま少しだけ寄りかかってきた。彼女の熱い体温が伝わり、俺はそのまま彼女の肩を軽く叩いてみた。彼女は小さく笑い、安心したように息をついた。
「うれしい……」
なんだこの可愛い声は!? 俺は驚きつつも嬉しくなり、今度はテラをそっと焚き火のそばに座らせる。テントの地面に座らせ、俺は彼女の隣に座る。彼女の表情が柔らかくなり、俺も少し緊張が解けた。
「初めてか? 誰かと一緒に飯を食うのわ」
テラは恥ずかしそうに目を逸らす。その反応に俺はさらに親しみを感じてしまい、彼女の頭を軽く撫でてやった。テラはまじまじと俺を見てきた。
「これが仲間?」
「ああそうだ」
「嬉しいね」
テラがそう言ってきたが、正直少し照れくさいと思った。でも、ここでやめるつもりはない。俺は彼女をそばに置いて、一緒に食事をすることにした。
テラと焚き火を囲み、俺は彼女に肉を分けてやった。熱い肉を手に持つと、彼女は積極的に受け取ってくるようになった。温かい食事が心地よくて癖になりそうだ。しばらく食事を続けた後、俺は彼女の肩を軽く叩いてみる。
「美味しいな」
そう言って食べてると、彼女が小さく笑ってるのが分かった。その反応に俺はさらに親しみを感じてしまい、つい少し強く叩いてしまう。彼女が少し驚いた顔をしたので、慌てて力を緩め、今度は優しく肩を叩くように心がけた。するとテラは安心したように体の力を抜き、俺にもたれかかってきた。
「もう一人じゃないよ……」
小さな声で訴えてくる彼女に、俺は気持ちが温かくなる。微笑むと、彼女の肩に軽く手を置いてやった。
「ほら、もっと食え」
そう言うと、彼女は素直に従ってくれた。肉を手に持つ姿に、俺は頭を撫でてやる。彼女は嬉しそうな表情をして、そのまま食べ続けているうちに満足した俺は、彼女と並んで座ったまま夜を過ごした。焚き火の暖かさが俺たちを包み込む。
その後、俺は彼女の依頼も手伝うことにした。対象はモリグラッドという泥や藻で体を覆った魔獣だ。沼地の湿気が体にまとわりつき、足元がぬかるむ中での戦いだ。
俺の炎の力で泥を蒸発乾燥させ、テラの剣術で瞬殺。炎が沼の水面を照らし、蒸気が立ち上る中、テラの剣が魔獣の核を正確に貫く。俺たちのコンビネーションは意外と悪くなかった。二人とも前衛だが、互いに攻撃も防御も一人で完結してるので、助けに入る必要はない。彼女の剣さばきはセンスが良く、安定してて背中を預けやすい。ここまで一緒に戦いやすいとは思わなかった。
その後、俺たちはルナリスの傭兵ギルドに戻った。ギルドの木製ドアを開けると、酒と汗の匂いが鼻をつく。受付嬢のリズさんが俺たちを見て驚いた顔をする。彼女は緑のロングドレスに白いエプロン、黒のヒールパンプスを履いてる。
「どうされたのですか? アクイラさんもテラさんも! お二方確かに沼地に行かれましたが! コミュニケーションとれたのですか?」
そう言われた俺は反論しようとしたが、横に立つテラが俺のジャケットを引っ張るのでやめた。彼女がカウンターに近づいた瞬間、足元の荷物にスカートが引っかかり、勢いよく膝を上げた拍子に赤いショーツが丸見えに。鍛えた太ももがギルドの明かりに映える。
「うっ!」
俺は彼女の股間をじっくり眺めた。テラは冷静にスカートを直し、リズさんに報告書を渡しながら俺に一言。
「アクイラ、忘れて」
リズさんは目を丸くして笑いを堪えてる。俺はとりあえず依頼の報告を済ませることにした。するとリズさんが言ってきた。
「えっと? お二人はパーティを組まれたのですか?」
俺が頷くと、リズさんはパーッと笑顔になった。彼女は俺やテラがソロ活動をしてることを心配してたから、当然と言えば当然か。
そして俺はテラと二人で色んな依頼を受けた。テラとのコンビネーションは抜群で、俺は彼女のおかげで中級傭兵に上がれたと言っても過言じゃない。依頼で訪れた森の奥、川沿いの戦場、街の裏路地。どこでも彼女の剣が俺の炎と調和した。十代で中級傭兵になった俺は一気に有名になった。最年少昇格は逃したみたいだが、それデバイスでもほとんどいないことに間違いはない。
俺はテラに感謝してもし足りないほどの恩を感じてた。だから、次にテラが望みを言ったら、俺は対価なしで叶えてあげよう。そう思った。そう誓った。
それから三か月。彼女は初級傭兵に昇格した頃だ。俺とテラは問題なくパーティを続けてた。ギルドの酒場で酒を飲みながら、次の依頼を眺める日々だ。
「アクイラ…………話」
「なんだ?」
テラが何かを言いたそうにしてた。
「解散。僕…………行きたい場所、アクイラ…………さよなら」
「…………よくわからんが…………行ってこい」
「ああ…………強くなった…………僕の……最高の…………パートナー」
そして俺とテラのパーティは解散した。それが彼女の望みなら、俺は対価なしで叶える。俺はそう誓ったから。だから俺は彼女を引き留めなかった。
そんな俺が…………今じゃパーティを連れてることも、やたらと接触してくることも…………テラには違和感だったのかもしれない。彼女にとって俺はソロ活動の傭兵で…………三か月ともにした仲間ともあっさり別れる薄情者だ。ギルドの喧騒が遠くに響く中、俺は彼女の背中を見送った。
カイラさん出したい。でもあの人強すぎて物語の進行に邪魔だからいっつもデバフ喰らってる。




