第2章15話 蒼
マーレアさんの言い方がどうしても引っかかった。あの優雅な声に隠された意味が頭から離れない。まるで答え合わせでもするかのように、赤毛の獅子がこちらに歩み寄ってくる。汗と血で濡れたシャツが体に張り付き、鎖で擦り切れた袖口がヒラヒラしてる。ベストは腹を丸出しにして、ズボンの焦げた裾が鼻にツンとくる。すると、マーレアさんが赤毛の獅子に近づき、その頭を撫で始めた。愛おしそうに、まるで恋人に触れるみたいに。淡紫色のシフォン上着が軽く揺れ、膝丈のスカートの紫レースが彼女の優雅さを際立たせる。
「おかえりなさい、レグルスさん」
その言葉に、赤毛の獅子は嬉しそうに喉をゴロゴロ鳴らす。
「ああ、久しいな、マーレア。君とこうして再び会えて嬉しかったよ。もう会えないと思ってた。マーレア」
「やはり、私達と一緒にいたあの痴れ者は偽物でしたか。元から汚らわしいと思ってましたが、少し前から過激になってきてまして、聖女様と監視の名目で傍に置き続けていたのですよ」
「そうだ。君のおかげで俺は今まで生きてきた。もう一度君と、マーレアと会いたくて生きてきたんだ。あの野郎、姿を奪ってまさか君と一緒に生活を続けてたとはな。苦労をかけたな。もう俺の偽物のことは気にしなくていいんだぞ」
二人は再会を喜ぶように話を続けてる。レグルスの毛並みがマーレアさんの手に絡まり、彼女の銀のブレスレットがチラチラ光る。まるで飼い犬と飼い主みたいだ。だが、俺たちはそんな甘ったるいやり取りを黙って聞いてるほどお人好しじゃない。
「なんだ、どういうことだ?」
俺が聞くと、レグルスが首を振って答えた。
「俺が本物のレグルスだ。半年前、ここに捕まり魔獣に改造された哀れな傭兵だよ」
「ええ、本当に哀れ。哀れですよ、貴方は」
マーレアさんがそう言うと、レグルスに抱きついてその鬣を撫で始めた。レグルスは喉を鳴らしてすり寄る。
「やめろ、気持ち悪ぃんだよ! お前はもっとこう、俺のこと蔑ろに……いや、半年ぶりに仲間に会った人間ならこうなるよな」
レグルスがウザそうに言うが、目尻が下がってて嬉しそうだ。そういえば、昔一方的に愛した女がいるって言ってたな。おそらくマーレアさんのことなんだろう。俺は一人と一匹の姿を見て、再会できてよかったなと思えた。半年前、俺もこんな目に遭ってた可能性があったのか。魔獣に改造されて、仲間と再会するなんて未来。勝手にそんな時、俺を抱きしめてくれる誰かを想像してしまった。ルーナか? セレナか? いや、カイラか? 頭の中が妙に熱くなる。
「それより、さっきのはどういうことだ? なんでレグルスに化けたんだ?」
俺が聞くと、レグルスが答えた。
「俺が聖女の付き人だったからかもしれんな。つまりあの化け物は魔族側からのスパイだ。鏡が割れたように砕け散ったが、本体は倒せてないだろう」
「ええ、断ち切った時に倒せたというよりは、魔力の元からあれを切り離したような感触でした。おそらく遠隔操作でしょう。つまり魔族には人間の姿を真似て遠隔操作できる者がいます」
マーレアさんがそう言うと、レグルスも頷いた。濃い茶色の革鎧が汗で光り、袖なしの灰色シャツが彼女の筋肉を際立たせる。マーレアさんが俺たちに目を向けた。
「さて、森姫にばかり負担をかけるわけにはいきませんね。あちらの魔族にはレグルスさんの分のお返しが必要です。レグルスさんは魔族同士の戦闘は可能ですか?」
「アウレリウスの制約で、家族と定められてる者の攻撃はできん。野生の魔獣なら戦えるが、ここで魔族にされた人間と主アウレリウスはダメだな」
「では休んでてください」
「うむ、よろしく頼む」
レグルスがマーレアさんの後ろに移動する。俺はそっちに気を取られすぎて、アウレリウスの方を忘れてた。カイラさんたちの方を見ると、エルフの戦士たちは善戦してるが、アウレリウスの速さについていけてるのは、いや、追い越してるのはカイラさんだけだ。緑のドレスが翻り、半袖から覗く肩が汗で濡れてる。詠唱をしたら即キャンセルされる速度で攻撃を繰り出してる。エルフの人たちでも対応しきれていない。周囲には連携を取って襲いかかる魔獣たちもいる。雑魚はエリスやリーシャ、セレナが引き受けてくれてるみたいだ。怪我はルーナが回復してくれてて、なんとか体制は立て直してる。
「炎の守護、我が身を囲みて鎧となれ。炎焔の鎧」
俺は一度詠唱すればもう必要ない。全身を紅い炎で包み、駆け出す。マーレアさんが鋏を取り出した。
「飛ばします、アクイラさん。正面を殴ってください! 鋏よ、空間を断ち切り、道を開けよ。空間断斬」
俺とアウレリウスの間の空間が一瞬で斬り取られ、目の前に奴が現れる。俺は右腕にすべての鎧を集めた。紅い炎が渦を巻いて、拳が熱くなる。ズボンの焦げた裾が風に煽られてさらに剥がれ、膝の切り傷がチラつく。
「喰らいやがれえええええ!!」
「素材!? そうか、魔獣にはなってくれなかったか。残念だ、魔族の素材としてもう一度捉えようか」
アウレリウスが俺の拳を腕で受け止める。黒い革の鎧に緑の魔力がチラつくが、俺の右腕の方が強い。奴を吹き飛ばすことに成功した。革靴の踵が完全に剥がれて、石床に足裏が擦れる感触がする。すると、カイラさんが声をかけてきた。
「アクイラ! 会いたかったぞ」
「戦闘に集中してください! あと俺も会いたかったです」
「ああ、わかった」
カイラさんが最高の笑顔を向けてくる。次の瞬間、アウレリウスがまた吹き飛んだ。カイラの蹴りが炸裂したんだろう。薄い緑のサンダルが一瞬見えた。彼女のドレスが風に翻り、蔓のような革ベルトが汗で光ってる。
「まだだ、まだ俺は立ち上がれる。そもそも、俺はまだ魔法を使ってなかったんだからな。光よ、我が身を照らし、光速の力を与えよ。光速突進!」
アウレリウスが光に包まれると、無差別に蹴り飛ばされ始めた。エルフたちや前線にいたリーシャ、エリス、マーレアさんが次々とやられる。カイラは余裕で回避してるが、光が俺の方に来た。すると、カイラさんがなぜか俺の盾になった。緑のドレスが光に翻り、彼女の体が俺を覆う。その瞬間、勢い余ってドレスの裾が大きく捲れ上がり、薄い白の下着が丸見えに。
「カイラさん!?」
「いやぁ、なんでだろうな。つい君だけは守ってしまったみたいだ。勝てるか?」
「勝って見せます」
今まで魔法を使ってなかったアウレリウスが魔法を放つと、今まで以上に速い。だが、制御が下手なのか、ルーナとセレナはまだ立ってる。ルーナにみんなの治療を頼むなら、セレナだ。
「セレナ! 俺に風を送って速くすることはできるか?」
「そこまでの突風はできるか分からないけど、追い風程度なら。風よ、我が呼び声に応えて、突風を巻き起こせ。突風召喚」
その瞬間、セレナのスカートが強風で煽られ、スリットが広がって彼女は慌てて手を押さえたが、黄色い縞パンがチラリと覗く。風の反動でチュニックが肩からずり落ち、胸元が少し開いてしまう。
「今更追い風ごときで俺に勝てると思ったか!?」
アウレリウスが再度俺に突進してくる。俺は突風を受け、全身の紅い炎が蒼く変わった。熱い。今までだって熱さは感じてたが、ここまで熱いと感じたことはあったか? 体が燃えるように熱くなり、汗と血で濡れたシャツが蒸気を上げてる気がする。ズボンの焦げ跡がさらに広がり、膝の切り傷が目立つ。
「蒼い!? 何をした、素材!!」
「知らねえよおおお!!!」
いつもより火力を感じる炎が手から噴き出すように伸び、拳がアウレリウスを貫通した。奴は大量の血を吐き出すが、それは一気に蒸発する。黒い鎧に穴が開き、緑の魔力が薄れていく。俺の拳が熱すぎて、シャツの袖がさらに焦げちまった。
「お、俺の」
アウレリウスが何かを言いかけた瞬間、俺はもう一度奴を殴り飛ばした。手ごたえがしっかりある。ズボンの焦げた裾が風に煽られて剥がれ、革靴の踵が完全に剥がれて足裏が石床に擦れる。
「素材! お前は一体何なんだ!? いや、いい、答えなくていい、どうせ死ぬんだ!!! お前は!!! 殺してやる、害虫!!!!!」
俺はまた拳を構えたが、アウレリウスは俺じゃなくセレナの方に向かっていった。
「害虫を強くしてるのはあの風だろう! まずはお前からだ!!!」
「おい、どこ行くんだよ」
俺はすぐさま奴を追いかけた。蒼い炎が全身から溢れ出て、速度は今までより速い。だが、追いつくことはできなかった。追いついたのは、アウレリウスがセレナを掴もうとした瞬間だ。その時、セレナが風を放つ反動でバランスを崩し、チュニックが肩から完全にずり落ちて黄色いブラが丸見えに。
「ひゃあっ!」
俺は蒼い炎を拳に集中させ、アウレリウスに飛びかかった。
「セレナァ!!!」
名前: ユウキ
二つ名: 毒剣
性別: 男性
種族: エルフ
年齢: 約380歳
職業: 上級傭兵
所属: 森姫カイラの部下(親衛隊の一人)
武器: 毒剣(長剣に緑の毒液を塗布し、斬撃と毒で敵を仕留める)
服装: 黒と緑の混色ローブ(肩に革パッド、肘までの袖)、暗緑色の厚手布製ズボン(膝に毒液を染み込ませた布)、太い革ベルト(毒剣付き)、黒い革ブーツ(踵に小さな刃)
外見: 銀髪に青い瞳(カイラの部下共通)、鋭い目つき、細身だが筋肉質、長い耳が剣技の動きに合わせて揺れる
性格: ナルシストで、毒剣の威力と自身の技術に絶対の自信を持つ
戦闘スタイル: 長剣と毒魔法を融合させ、素早い斬撃と持続的な毒ダメージで敵を圧倒
特技: 毒の調合
弱点: 毒への耐性が低い皮肉な体質で、自身の毒に誤って触れると一時的に動きが鈍る




