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炎焔の鎧  作者: なとな
第2章 偉大な力
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第2章10話 灼熱の拳アクイラ

 ルーナは俺に依存している。そのルーナに、俺を置いて逃げろと伝えたんだ。これ以上残酷な命令はないだろう。彼女の薄い青のローブが震え、松明の光に映える銀糸の刺繍が微かに揺れる。俺の言葉が耳に届いた瞬間、ルーナの黒い瞳が混乱で揺らぎ、何を言われたのか理解するのに時間がかかった。遅れて返事が返ってくる。


「私も残る! 絶対! アクイラさんと帰る!」


 ルーナは混乱している。彼女の声が神殿内に響き、白い石壁に反響して俺の耳に突き刺さる。俺はその混乱ごと彼女を突き放した。彼女に、生きて欲しいからだ。俺の灰色のシャツは汗で濡れ、ベストが肩からずれて熱気がこもっている。腹に受けた蹴りの痛みがまだ残り、革にひびが入った感触が手に伝わる。


「ルッゥゥナァッ! お前が残っても足止めできないんだ! いいから言うことを聞いてくれ! 俺たちじゃ! ダメなんだ!!!」

「アクイラさんのいない世界なら! 私! 死んでもいい!」


 ルーナは目に涙を浮かべながら叫ぶ。涙が頬を伝い、ローブの襟に染み込んで濡れる。俺は歯を食いしばりながら首を振る。彼女の依存を治せなかったのは俺のせいだ。俺がもっと早く彼女に自立を促していれば、こんな場面で彼女を傷つけずに済んだかもしれない。だが、今はそんな後悔に浸ってる暇はない。アウレリウスの緑の目が俺を嘲笑うように光り、黒い革鎧から漂う魔力が空気を重くする。

 俺はどうにかアウレリウスと攻防を繰り広げ、みんなのところに近づかせないように立ち回る。炎の拳を繰り出し、熱波で彼の双剣を押し返すが、剣の風圧が俺の髪を乱し、シャツの焦げた裾がさらに広がる。その時、セレナが叫んだ。


「アクイラさん! マーレアさんはアタシが連れて行くよ! ルーナちゃんも逃げるよ! そして、絶対にアクイラさんを助けに戻ろう?」


 セレナの藍色のチュニックが汗で濡れ、ボウガンの矢筒が背中で揺れる。彼女の声は力強く、俺はその言葉に頷く。だが、それでもルーナは首を振った。彼女の華奢な手がローブの裾を握り潰し、汗で透けた白いチュニックが体のラインを微かに浮かばせる。


「私は…………私は…………アクイラさんと一緒にいたいの! だって……だって…………アクイラさんがいないと私…………アクイラさん、私」


 ルーナが何かを言いかけた瞬間、異変が起きた。セレナがマーレアさんを抱えようと近づくと、マーレアさんが鋏を持った手をゆっくりと上げた。薄紫のシフォン上着が肩からずり落ち、薄いピンクのブラが露わになったまま、彼女は鋏を閉じる。チョキンと鋭い音が神殿内に響き渡った。その瞬間、ルーナの動きが止まり、俺の方を見ずに振り返ると、セレナたちと一緒に逃げ出してくれた。だが、その動きがあまりに急だったせいか、ルーナのローブの裾が近くの崩れた石材に引っかかり、勢いでローブが膝まで捲れ上がる。薄い緑の下着と白い太ももが丸見えになり、彼女の柔らかな肌が松明の光に映えた。


「ひゃっ!?」


 ルーナが驚きの声を上げ、慌ててローブを押さえるが、石材に足を取られてバランスを崩し、その場に尻餅をつく。セレナが目を丸くして叫ぶ。


「ルーナちゃん!? 大丈夫!?」


 マーレアさんは壁に凭れたまま、薄いピンクのブラを隠そうともせず、鋏を握る手に力を込めて小さく呟く。


「ルーナさん……気をつけてくださいね……」

「…………ありがとうございますマーレアさん」


 何をしてくれたのかわからないけど、ルーナが生き残る選択肢を作ってくれたことに感謝しかない。マーレアさんが鋏で何かを断ち切ったのか、ルーナの心に働きかけたのかはわからない。でも、彼女が増援を呼んで俺たちを救ってくれるなら、それでいい。俺はアウレリウスの方に体を向け直す。灰色のシャツが汗で肌に張り付き、ベストのひびがさらに広がっている。

 アウレリウスはにやりと笑った。黒い革鎧の表面を緑の魔力が脈打ち、双剣が手に握られたまま軽く揺れる。


「あぁ終わったか? たくさんの素材(にんげん)が逃げるも逃げないもどっちでもよかったけどさぁ、とりあえず一つは残ってくれるんだろ素材(にんげん)。ならまあ問題ないさ。たくさん捕らえて一人ずつ進めてくのは時間かかるし、今日は一人でいいよ面倒だしな」


 アウレリウスは笑いながら俺に剣を振り下ろした。緑の魔力が刃に宿り、鋭い風圧が空気を切り裂く。俺は後方に下がりながら攻撃をかわす。だが、剣の速度が速すぎて、回避が間に合わない瞬間が続く。


「炎の守護、我が身を囲みて鎧となれ。炎焔の鎧(エンフレクス・アルマ)


 全身を炎で包む。剣が鎧に当たると、熱と衝撃がぶつかり合い、なんとか受け流せたが、背後の白い石壁まで吹き飛ばされる。壁に激突し、石材が崩れて砂となって俺に降りかかった。口の中に砂が入り、じゃりっとした気持ち悪い感触が広がる。俺の革靴が石床に擦れ、踵の傷がさらに深くなる。


「あぁ壁の修理かぁ。遺跡の技術は学ばせるのが難しいんだよなぁ。やっぱ近代的な家屋が欲しいなぁ。なあ素材(にんげん)。この辺に人里かなんかってねーの?」


 アウレリウスはそう言いながら俺に近づいてくる。黒い革ブーツが床を叩くたびに低い音が響き、腰の鎖がカチャカチャと揺れる。俺の目の前にやってきた瞬間、俺は全身の炎の鎧を拳に集中させる。拳が肥大化して大きな火球になる。使用者である俺でも感じるほどの熱さだ。汗ばんだシャツがさらに焦げ、ベストが肩からずれて汗と血に濡れた胸元が露わになる。でも、体液が全部蒸発しても、こいつを焼く。危険すぎる敵だ。カイラさんやマーレアさんのような特級傭兵(ランクダイヤモンド)がいない今、俺程度の力じゃこれくらいやらなきゃ勝ち目はない。


「さあな? それより、全力の一撃だ。灼熱の拳、俺の異名の由来の技。せめて倒せなくても、次の奴らがお前に勝てるようにダメージを残してやるよ」

「あぁ、そう。わかった、それを受けて俺は素材(にんげん)に勝とう!」


 俺はアウレリウスに拳を向け、その火球を振り下ろした。炎が空気を焼き、熱風が神殿内を渦巻く。その瞬間、アウレリウスは剣で俺の拳を受けようとする。だが、拳が剣に触れた瞬間、緑の魔力を纏った刃が溶けるように蒸発し、そのままアウレリウスの顔面を焼き尽くした。熱が彼の黒い鎧にまで及び、金属のスパイクが赤く輝く。アウレリウスの体は一メートル以上吹き飛び、壁に激突する。衝撃で壁がひび割れ、彼の顔面は炎に焼かれて黒焦げになり、しばらくこちらを見ることができなさそうだ。炎を振り払い、口から垂れる血を指先で拭うと、彼は笑みを浮かべて立ち上がった。


「面白れぇ。面白れぇよ素材(にんげん)! 十分、強いじゃないか! 素材(にんげん)は良い魔獣(かぞく)になる!! 迎えよう! 素材(にんげん)魔獣(かぞく)になるんだ!」


 アウレリウスはゆっくりと歩み寄る。焼けた顔に笑みを湛え、緑の目が不気味に光る。やはりこうなったか。最後まで俺は弱者のままだったんだ。俺の全力の一撃を食らってもまだ意識があるなんて、こいつの強さは底知れない。


「いいなぁ素材(にんげん)! この俺が本気を出す価値があるよ! 終わりか? 続けるか? どっちでもいいぞ?」


 アウレリウスはそう言うと、蒸発しなかったもう一方の剣を俺に向かって振り下ろした。俺は炎の鎧で攻撃を防ぐ。剣が地面に叩きつけられると、石床に亀裂が入り、周囲に剣圧が襲いかかる。俺は炎の鎧を全身に纏い直し、アウレリウスに突っ込んで懐から頭に向かってアッパーを繰り出す。だが、彼は軽く身を引いて簡単に躱し、笑いながら剣を振った。剣の勢いが俺の炎の鎧をかき消し、灰色のシャツが切り裂かれて肩から血が噴き出す。


「その剣は素材(にんげん)の体じゃ受け流せない! 素材(にんげん)もわかってんだろ? 今の素材(にんげん)でこの剣を受け流すのは不可能さ!」


 俺の拳はその剣に切り裂かれた。血が噴き出て顔にかかり、視界の半分が赤く染まる。それでも、最後までこいつに喰らい付こうと立ち上がる。アウレリウスの剣は攻撃速度を速める能力があるのか、体が追いつかないほどの速さだ。焼いて止血できるとはいえ、痛みが全身を刺す。でも、これでわかったことがある。こいつは俺より遥かに強い。


「おらぁ!」


 アウレリウスは剣を振り続ける。俺はその攻撃を全て受け流そうとするが、身体がどんどん切り裂かれていく。肩、腕、脇腹と次々に斬られ、鮮血が石床に飛び散る。意識が薄れ、視界が揺れる。このままじゃ何もできずに終わる。最高の技でダメージを与えたが、それでも足りなかったか。できればこいつが回復しきる前に、誰かがこいつを倒しに来てくれ。俺は心の中でそう祈る。アウレリウスの剣が脇腹を深く切り裂き、熱い血がシャツを濡らす。


「じゃあそろそろ終わろうかなぁ! 次は魔獣(かぞく)として会おうぜぇええええええ!!!!」


 アウレリウスは笑いながら剣を振り上げた。その笑顔を見た瞬間、俺の意識はもうそこになかったのだろうか。血と炎にまみれた視界が暗転し、耳に響く彼の哄笑だけが遠くに残る。

名前: アウレリウス

性別: 男性

出身: 魔界

職業: 魔の九将(マギス・ノナ)の一員

通称: 光風魔将

年齢: 不明(魔族ゆえ人間の尺度では測れないが、若々しい外見)

外見: 黒い髪と緑色の瞳が特徴。筋骨隆々の体躯で身長は190cmを超える。鋭い顔立ちに不気味な笑みが浮かぶ。

服装: 黒い革の鎧は筋肉質な体にぴったり張り付き、肩と胸に鋭い金属スパイクが埋め込まれている。鎧の表面には緑の魔力が脈打つように流れ、第10話でアクイラの灼熱の拳により一部が焼け焦げている。腰には細い鎖が巻かれ、両手に持つ双剣が下がる。ズボンは黒い厚手布製で膝から下に革補強、足元は尖った爪のような黒い革ブーツで戦闘の傷が目立つ。

武器: 二刀流の双剣。刃に緑の魔力が宿り、鋭い風を纏う。第10話で一方は灼熱の拳で蒸発、もう一方は攻撃速度を高める能力を持つ。

能力: 光と風を操り、高速移動と剣圧で敵を圧倒。詠唱なしで魔力を放つ魔族特有の戦闘スタイル。瞬時の判断力と精密な剣技が際立つ。

戦闘スタイル: 二刀流を駆使し、敵の詠唱を許さない速攻戦術。アクイラの炎の鎧を剣圧でかき消し、致命的な一撃を狙う。単なる力任せではなく、緻密な計算が組み合わさる。

性格: 自信に満ち、冷静で戦略的。戦闘中も嘲笑を浮かべ、敵を挑発する余裕を見せる。人間を「素材(にんげん)」と呼び、魔獣化を「魔獣(かぞく)」として迎え入れる奇妙な価値観を持つ。

趣味: 異界の探索。未知の世界を冒険し、新たな知識や技術を求める。第10話で遺跡の修理を嘆きつつ、近代的な家屋を欲する発言からその一端が窺える。

好物: 焼き肉。特に香ばしい焦げ目が好きで、戦闘後の休息時に楽しむ。アクイラの炎を「面白れぇ」と称したのは、焼き肉を連想した可能性も。

嫌いなもの: 生魚。異界で出会った際に吐き気を催し、二度と口にしないと決めた。

特技: 高速剣技と空間支配。マーレアの空間を裂く魔法を瞬時に看破し、アクイラの拳を躱す反射神経を持つ。異界探索で得た知識が戦術に深みを加える。

信念: 強者との戦いを楽しみ、敵を「魔獣(かぞく)」として迎え入れる。戦場で無敵の地位を確立し、人間を素材と見なして支配する哲学を持つ。

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