第2章9話 光風魔将アウレリウス
遺跡に乗り込むことになった俺たちは、遺跡内部の奥地へと向かった。薄暗い通路に足音が響き、壁に刻まれた古びた紋様が松明の炎に揺れる。本来セレナは傭兵じゃないから、ここに置いていこうと俺が提案したが、入り口に置いていくよりも、マーレアさんが「私の傍の方が安全ですよ」と静かに微笑みながら言った。その一言に納得した俺は、セレナも同行させることにしたのだ。彼女の濃い藍色のチュニックが薄暗い遺跡内でわずかに揺れ、ボウガンを握る手が緊張で硬くなっているのがわかる。
遺跡内部では魔獣たちが連携を取って襲いかかってくる。蝙蝠型の魔獣が耳障りな鳴き声を上げながら天井から急降下し、ワーム型の魔獣が地面を這って足元を狙う。俺が炎の拳をぶちかますと、熱波が広がり、蝙蝠の羽が焦げ臭い煙を上げて落ち、ワームは黒こげになって転がった。セレナの感知魔法のおかげで敵の位置を把握するのは難しくない。彼女が「風よ、我が周囲の脈動を感知せよ。風脈感知」と詠唱すると、風が彼女の髪を乱し、周囲の気配が俺の耳にも届く。最悪危なくなればマーレアさんが補助してくれるから、どうとでもなるさ。
狼型の魔獣が唸り声を上げながら飛びかかり、亜人系魔獣の群れが投石で援護する。さらにクモ型の魔獣が足元にべたつく糸をまき散らし、俺の革靴に絡みついてくる。俺は炎を掌に集めて糸を焼き払い、飛んできた石を拳で叩き割ると、マーレアさんの鋏が鋭い音を立てて動いた。石が真っ二つに切れ、その勢いまで断ち切られたのか、その場で真下にこつんと落ちる。彼女の紫のレース付きミニスカートが軽く揺れ、薄紫のシフォン上着の裾が風に舞う姿が戦場でも異様に美しい。どうやらマーレアさんの鋏は物体だけでなく、向かってくる力まで斬れるらしい。鋏を持つ手に銀のブレスレットがカチャリと鳴り、優雅さが際立つ。
遺跡内部はどうやら生活拠点のようだ。ゴブリンの巣とは違い、多種多様な魔獣の生活を考えた構成になっている。鳥型魔獣用に高い場所に藁でできた巣が用意され、狼型魔獣用には寝床と水飲み場まで設けられている。壁には爪痕や羽根が散らばり、湿った土の匂いが鼻をつく。通路の隅には魔獣の糞らしきものまで転がっていて、生活感が妙にリアルだ。
「ずいぶんとまあ文化的ですこと」
「これ…………武器工場?」
ルーナが指さした場所を見ると、多少つたないが竈や工具らしきもの、作業台のような大岩が並んでいる。ボロボロだが、いくつか武器が作られているのがわかる。石を削った槍や、木と骨でできた短剣が無造作に置かれ、鉄くずのようなものまで散乱している。彼女の薄い青のローブが岩に触れ、銀糸の刺繍が松明の光に映える。
「まるで人間だな」
亜人系モンスターが作れる武器なんてせいぜい棍棒くらいだったのに、ずいぶんと発展したものだ。進んでいくと、今度は調理場のような場所まで出てきた。大きな石の窪みに焼け焦げた骨や野菜の皮が残り、粗末な鍋らしきものが転がっている。生活感があり、今も誰かが利用しているような状態だ。だが、魔獣が武器を作るなんて悪い予感しかしない。他種族の魔獣同士で争わずに、武器まで用意している。人間だけを襲うという、他で見られない異常行動。この遺跡の空気には、どこか不穏な知能が漂っている。
「しかし、ここは明確に何か知能を感じるな。少し前までは敵味方の判別ができていたから、まさかと思っていたが、文明を発展させようとしているのか?」
俺がそう呟くと、マーレアさんは関心したような表情を浮かべた。彼女の紫の瞳が俺を一瞬見つめ、鋏を手に持ったまま軽く頷く。
「さすがですね。魔族との戦闘経験のある方は違いますわ。私も魔獣たちが文明を発展させている、そう思いましたわ」
マーレアさんはそう言いながら、作業台の上に散乱しているものを眺めていた。人ではない生物が使うサイズのいびつな工具たち。石を削ったハンマーや、骨を尖らせたナイフが無造作に置かれている。俺は試しに近くの作業台を調べてみる。どれもまだ不出来なものばかりで、完全な道具とは言えない。だが、この遺跡で生活するだけなら十分だ。粗い表面の石槍には血の跡が残り、使われた形跡がある。ここに紛れ込んでいる魔獣がどうやって使いやすい工具を作り出しているのか? 俺の指が道具に触れると、冷たい感触と共に微かな魔力が伝わってくる。
「アクイラさん。魔の九将の一人と戦闘した際、地の聖女様が捕まって魔力炉にされていたのですよね? つまり魔族は人間を利用して異変を起こし、魔獣たちを活性化させていました。では今回は、いえ今回もと考えるべきでしょうか。本拠点まで行ければ、誰かが捕らえられていて利用されていると思いませんか?」
マーレアさんがそう言いながら、さらに奥へと進んでいく。彼女の黒いブーツが石床を軽く叩き、紫のスカートのレースが微かに揺れる。俺とマーレアさんが先頭を切り、ルーナとセレナがその後ろをついてくる。二人とも戦闘ではついていくことしかできていないが、セレナは感知魔法で敵の動きを教えてくれるし、ルーナには回復魔法で支援してもらっている。足手まといなんてことはない。ルーナのローブの裾が石に引っかかりそうになり、彼女が小さく足を止めて整える姿が目に入る。
「確かに、魔族が魔獣を操って人間を襲うようにしているなら、いるはずだよな魔族。この規模の遺跡ならもうすぐ探索は終わるし、魔獣を操るための力もここには感じない」
俺たちは進み続ける。通路の壁には苔がびっしりと生え、湿った空気が肌にまとわりつく。そうしている間にも魔獣の襲撃は止まらない。黒騎士が甲冑を鳴らしながら剣を振り上げ、魔熊が咆哮と共に爪を振り下ろす。氷狐が冷気を吐き、オークが棍棒を振り回して襲いかかってくる。どれも魔族の存在は感じないが、俺の炎の拳で次々と焼き払い、マーレアさんの鋏が残りを一掃する。だが、これ以上奥に進むと何かいるような感覚が背筋を這う。そして突然、マーレアさんが立ち止まったのだ。彼女の視線の先には、不思議な空間が広がっている。
「ここは……一体」
そこはまるで神殿のような場所だった。壁や床は白い石でできており、滑らかな表面が松明の光を反射する。天井からは巨大な宝石のようなものが吊り下げられ、淡い緑色の輝きを放っている。しかし、それはただの宝石じゃないことがすぐにわかる。なぜならその宝石から濃密な魔力を感じるからだ。空気が重く、息をするたびに魔力が肺に流れ込むような感覚がある。俺の灰色のシャツの裾が微かに揺れ、腰の布袋が軽く揺れる。
「ん…………あっれぇ? 素材じゃないか。んん、ここまで来れるのが来ちゃったかぁ~」
奥から大量の魔力と共に声が響いた。間違いない、この魔力量はヴァルガスの時と同じだ。俺はいつでも戦闘に移れるように拳を握り、炎を掌に集める準備をする。目の前に現れたのは、黒い髪に緑の目をした魔人だ。ヴァルガスほどではないが筋肉質な肉体を持ち、黒い革の鎧に包まれた姿でゆったりと歩いてくる。その動きは威圧的だが、どこか余裕が感じられる。
マーレアさんが手持ち鋏を開いた。紫の装飾が施された刃が松明の光に鈍く輝く。
「鋏よ、命を断ち切り、終焉を示さっ」
その瞬間、詠唱中のマーレアさんが思いっきり斬りかかられる。
高速で接近する魔人に、俺は詠唱を破棄して炎の鎧を展開し、間一髪で彼女をガードする。だが、勢い余って俺がマーレアさんとぶつかり合い、彼女の魔法は中断された。彼女の薄紫の上着が俺の胸に擦れ、柔らかい感触と花の香りが一瞬鼻を掠める。
セレナが接近してきた魔人に向かって詠唱する。
「風よ、我が敵を貫け。風矢」
鋭い風の矢を放つ。ルーナは「水珠創造」で水球を形成し、魔人に殴りかかる。だが、魔人は両手に持った剣で風の矢を弾き、水球を切り裂いた。次の瞬間、俺は魔人の膝蹴りを腹に受け、炎の鎧を腹部に形成しかけたが間に合わず、天井まで吹き飛ばされる。天井に叩きつけられ、バウンドして床に落ちた俺の革靴が石床に鈍い音を立てる。セレナがもう一度攻撃しようと飛び出そうとしたが、マーレアさんが鋏を握り直して止めた。
「セレナさん、危険ですのでお下がりください。 アクイラさん、お立ちなさい」
俺は何とか立ち上がるが、腹に鈍い痛みが残り、息が荒い。灰色のシャツに汗が滲み、ベストが少しずれて熱がこもる。だが、マーレアさんはそんな俺の心配をせず、魔人に向き合った。彼女の紫の瞳が鋭く光り、鋏を構える姿に迷いがない。
「あなたは何者ですか? なぜここに?」
すると魔人は笑い出した。その不気味な笑い声が神殿内に響き渡り、白い石壁に反響する。ひとしきり笑った後、口を開いた。
「俺は魔の九将の一人、光風魔将アウレリウスだ。急に攻撃されたからビックリしたよもぉ。まあ仲良くしようぜ素材!」
「私の魔法を攻撃と認知できたのですね」
マーレアさんが冷静に言う。確かに、彼女の魔法を攻撃と認知するのは難しいだろう。空間を操る技は見た目じゃわかりづらい。
「ああ、空間を裂くとは恐れ入った。手元と俺の心臓の空間を繋げて直接心臓を斬る技は初めて見たよ」
マーレアさんの顔が青ざめる。自らの手の内が割れ、完全に防がれたのだ。彼女の銀のネックレスがわずかに揺れ、緊張が伝わる。
「しかし、俺の心臓を斬るのは無理だったな。タネが割れれば簡単だ、鋏を閉じる前にお前を倒せばいいんだから」
アウレリウスはそう言うと、マーレアさんに向かって駆け出した。その速度は目で追うのも難しい。彼女が鋏を握り直し、反撃を試みる。
「鋏よ、命を切りっ!!!!」
だが、その詠唱は途中で中断された。アウレリウスが放った剣の風圧がマーレアさんを壁に叩きつけ、彼女の身体が白い石に激突する。紫のミニスカートが乱れ、勢いでスカートの裾が跳ね上がり、黒いレースのショーツが一瞬露わになった。薄紫の上着が肩からずり落ち、胸元の大胆なカットがさらに広がって柔らかな谷間が覗く。
「くっ!?」
マーレアさんが驚きの声を上げる。スカートを押さえる余裕すらなさそうだ。壁に凭れたままでは動きが鈍い。俺はその瞬間、彼女の黒いレースの下着と白い太もものコントラストに目が離せなくなる。セレナが近くで目を丸くし、ルーナが顔を赤らめて手を口に当てる。
「マ、マーレアさん!? 大丈夫ですか!?」
「うぅ……恥ずかしいです……」
セレナが慌てて声をかけると、マーレアさんは小さく呻きながら上着を直す。その姿が妙に色っぽくて、戦場の緊迫感と裏腹に目を引く。だが、彼女が戦闘不能になればいよいよ勝ち目がない。俺が取るべき行動は一つだ。
「炎の守護、我が身を囲みて鎧となれ。炎焔の鎧」
俺の全身が真っ赤に燃え上がり、足元に炎が広がる。熱気が遺跡の冷たい空気を押し退け、シャツの裾が燃えるように揺れる。
「ルーーーーー―ナッ!!!!」
「え? はい!」
俺は大きな声でルーナの名前を叫んだ。彼女の薄い青のローブが驚きで揺れ、蒼い瞳が俺を見つめる。
「マーレアさんとセレナを連れて集落まで戻るんだ!!!! 彼女を失うのが一番勝ち目が低くなる!! 俺を! 置いていけ!!!」
だが、その指示を出した直後、アウレリウスが再び動き出す。俺がルーナに叫んでいる隙に、彼が剣を振り上げ、床に叩きつけた衝撃波が俺たちを襲う。ルーナがバランスを崩し、近くの作業台に手を突いた瞬間、台に置かれていた粗末な革紐が彼女のローブに引っかかり、勢いでローブが肩からずり落ちる。薄い緑の下着と小さな胸の膨らみが露わになり、白い肌が松明の光に映える。
「ひゃっ!?」
ルーナが驚いて声を上げ、慌ててローブを掴むが、革紐が絡まってすぐに隠せない。俺はその瞬間、彼女の緑の下着と華奢な肩に目が離せなくなる。セレナが近くで叫び、マーレアさんが壁に凭れながら目を丸くする。
「ルーナ!? 何!?」
「見ないでくださいっ!」
セレナが慌てて駆け寄り、ルーナのローブを直そうとするが、手が震えて余計に時間がかかる。マーレアさんは顔を赤らめつつ、鋏を握り直して立ち上がろうとする。俺はルーナにとって最も残酷な指示を出した後、こんな状況でも彼女の裸体に目を奪われる自分に苦笑しつつ、アウレリウスに向き直る。炎の鎧が全身を包み、熱が俺の決意を燃やす。
魔法の詠唱や読み方について
「呼びかけ、こうあってほしい形。魔法名」
呼びかけで借りる力の依り代を選択し、多少ここはブレることがあり、例えばルーナの「流れよ」と「流れの力よ」の二つがあり、これは魔法の開発者が異なることを表しています。




