第2章6話 風の聖女
集落の防衛をするため、最低三人は集落に残ることになり、俺は現在セレナの狩りの護衛として同行していた。森の木々がざわめく音が耳に届き、湿った土の匂いが鼻をくすぐる。セレナはボウガンと風魔法の使い手で、一定範囲内であればあらゆる生物の位置を常に感知できる風魔法風脈感知が使えるため、基本は安全だ。彼女の鋭い感覚は、風の微かな揺れさえ捉え、敵の気配を見逃さない。
彼女の能力なら本当に同行はいらなかったかもしれないが、念のためだ。それに俺がいることで狩りの獲物を多く持って帰れるしな。俺の炎魔法で獲物を焼けば保存も効くし、重い荷物を運ぶ力もある。セレナ一人だと荷物が多くなると大変だろうし、俺が一緒なら何かあった時にも安心だろう。そして今現在、俺とセレナは森を進んでいたのだが、特に魔獣との遭遇はなく順調な道のりだ。木漏れ日が地面にまだらな影を落とし、静かな雰囲気が広がっている。
しかし油断はできない。この森には危険な生物が数多く生息しているからだ。例えばオークやオーガなどの亜人系モンスターもそうだが、一番厄介な存在はやはり魔獣だろう。奴らは基本的に群れで行動しており、連携して襲ってくるため非常に厄介だ。特に今回は……同族以外で連携をとりかねない異常事態が起きている。山での出来事を思い出すと、背筋が少し冷たくなる。
セレナは猪を狩り、使える部位をはぎ取っている最中だ。彼女のナイフが肉を切り裂く音が響き、血の匂いが微かに漂ってくる。他のことに集中している時こそ周囲を警戒する必要があるな。俺は木々の間を見回し、風の音に耳を澄ませる。そうしていると、セレナが急に真上を確認した。彼女の緑の瞳が鋭く光り、俺もつられて上を見ると、頭上にはオレンジ色の鷹の魔獣、橙色鷹が!?
奴は高速で飛行し、上空から一気に獲物を狙う魔獣だ。橙色鷹なら、セレナの感知魔法に感知した瞬間にここまで一気に来て、逃げる暇もないだろう。鋭い爪と燃える羽根が陽光に映え、威圧感を放っている。
「セレナ! 撃てるか!?」
空中の敵となると、どうしても俺には対処不可能だ。せめて狩りの瞬間であれば対応できるが、今は彼女に頼るしかない。
「やってみる!! 風よ、我がボウガンの矢に加わり、疾風となれ。疾風矢付与!」
セレナのボウガンに風が纏い、彼女はそれを放つ。矢が風を切り裂く音が響き、その矢は橙色鷹の羽根に当たり、地面に落とすことに成功した。落下する魔獣の羽根が燃え、地面に小さな火花を散らす。
「やった!」
喜ぶセレナ。だが、まだ終わっていない。地面に落とされた橙色鷹の羽根は燃え上がる。俺も全身を燃やさないと触れないな、あれは。
「炎の守護、我が身を囲みて鎧となれ。炎焔の鎧!」
炎同士ダメージはないが、物理なら通る!! 俺の身体を赤い炎が包み、熱気が周囲に広がる。
「くらえ!」
俺は拳に炎を纏わせ、橙色鷹の胴体をぶち抜く。拳が肉を貫く鈍い音が響き、橙色鷹はそのまま絶命し、地面に転がった。燃える羽根が地面でチリチリと音を立て、焦げた匂いが漂う。
「おお! やるねえ!」
セレナは感嘆したように褒めてくれる。だがその時、彼女が喜びのあまり飛び跳ねた拍子に、足元の蔓に引っかかってバランスを崩した。俺が支えようと手を伸ばすと、彼女の服の裾が近くの枝に引っかかり、上着がずり上がって腹から胸の下までが丸見えになる。薄い布の下に隠れていた柔らかな肌が露わになり、俺は一瞬目を逸らしかけた。
「きゃっ!? 何!? やだ、見ないで!」
セレナが慌てて声を上げ、服を直そうとするが、枝に引っかかったまま動けず、顔が真っ赤になる。
「わ、悪い! 枝に引っかかってるだけだ! 動くな、取るから」
「恥ずかしいから早くしてよ!」
セレナがじたばたするたびに服がさらにずり上がりそうで、俺は慌てて枝を外した。彼女がようやく服を整えると、俺を睨みながら息を整える。その気まずい空気に、俺は少し照れくさくなりながら答えた。
「まあな、これくらいはな」
とは言ったものの、魔獣の中でも橙色鷹は炎でその身を護っている分、身体が柔らかいおかげだ。硬い鱗や甲殻を持つ魔獣なら、こう簡単に仕留められない。セレナの感知魔法は速い魔獣相手では機能しないみたいだな。彼女の魔法はあくまで「範囲内の気配」を捉えるもので、速度までは対応しきれないのだろう。
そしてセレナは橙色鷹の素材を剥ぎとり、残りの肉を焼き始めた。彼女が小さな焚き火を起こし、香ばしい匂いが辺りに広がる。ちゃっかり料理を始めていた。俺は少し離れた木に寄りかかり、彼女の動きを見守る。
「うん! 良い感じに焼けたよ!」
俺は遠慮なくその肉を口にする。熱々の肉を頬張ると、ジューシーな脂が舌に広がる。これは美味いな。しっかりと歯ごたえがあるが程よい柔らかさもあり、とても食べやすいのだ。味付けがない分、純粋に肉の旨みを感じることができる。焚き火の煙が鼻をくすぐり、森の静寂と相まって妙に落ち着く。
「美味いな!」
俺が素直に感想を言うと、セレナは嬉しそうに笑った。彼女の笑顔が意外と可愛くて、ちょっとドキッとする。
「良かった! じゃあ、どんどん焼いちゃうよ」
それからしばらく俺たちは肉を食べた後、再び歩き始めた。腹が満たされると少し眠気が襲ってくるが、森の中では気を抜けない。木々の間を抜け、鳥のさえずりが遠くに聞こえる。そしてまたしばらくすると、今度は猪の魔獣が現れた。こいつは確か、風猪という魔獣で、風属性の魔法を使い、突進や凄まじい鼻息で攻撃してくる。灰色の毛並みが風に揺れ、鋭い牙がギラリと光る。
「今度は私がやるね!」
セレナはそう言うと、ボウガンを風猪に向けて構える。そして風属性の魔法を発動したようだ。
「風よ、我がボウガンの矢に加わり、疾風となれ。疾風矢付与!」
先ほどと同じ魔法でボウガンの矢に風の魔力を付与し、貫通力の高い矢で攻撃したり、交わされたら追尾までしていた。矢が風を切り、風猪の脇腹に突き刺さると、魔獣は唸り声を上げて倒れる。雑魚魔獣相手ならセレナ一人で無双できるな。俺は明らかな強敵以外は出番がなさそうだ。彼女のボウガンが風を操る姿は、まるで森の一部のように自然で美しい。
そうして昼も過ぎ、一定の成果を上げた俺とセレナは集落に向かうことにした。獲物を背負い、森の出口に向かって歩いていると、遠くから煙が見える。集落に近づくと、どうやら襲撃にあっていたらしい。ルーナとリーシャさん、エリスの三人が広場で待っていて、俺たちは彼女たちから襲撃に来た魔獣の話を聞くことにした。
まず、襲撃してきた魔獣はオークとオーガだそうだ。どちらも人型の亜人で、知能が高く、集団で行動することが多い。その数は20体ほどで、集落を襲ってきたらしい。ルーナは水属性の魔法を使って敵を翻弄し、エリスは銃で援護し、リーシャさんは槍で串刺しにしたらしい。彼女たちの連携は見事だったようで、集落は大きな被害を免れた。
そして今現在、集落は復興作業中であり、俺たちは手伝いをすることにした。壊れた柵を直し、散らかった道具を片付ける。汗をかきながら作業していると、夕暮れが近づいてきた。疲れが溜まり、俺は仮眠をとるため、民家のベッドに倒れこむ。木の軋む音が心地よく、目を閉じると眠気が一気に押し寄せる。すると、何者かがベッドに潜り込んできた。
「アクイラさん、私も寝る」
ルーナだ。なるべく他の人間に慣れてもらうため、彼女とは別行動を心掛けていた。しかしもう疲れているし、無理に拒絶する必要もないだろう。それにベッドに潜り込んできただけで何かされる訳でもない。俺は眠い目をこすりながら、彼女を軽く見る。
俺はルーナを抱き寄せると、彼女は嬉しそうにスリスリと頭をこすりつけた。彼女の銀髪が俺の頬に触れ、柔らかい感触が心地よい。
「アクイラさん、あったかい。それにいい匂い」
ルーナの柔らかい胸と体温を感じる。俺はそっと彼女の背中に手を回し、軽く抱きしめた。彼女の温もりが伝わり、疲れた身体が少し楽になる。
「あっ……くすぐったい」
ルーナはそう言って身体をよじる。俺はそのまま彼女を抱きしめ続け、肩を優しく撫でた。彼女の呼吸が落ち着き、安心したような表情が浮かぶ。
「アクイラさん……もっと近くにいてほしい」
そう言われて、俺は彼女を少し強く抱き寄せる。彼女の髪を撫でていると、次第に小さな吐息が漏れてきた。
「んっ……気持ちいい……」
俺は彼女の腰に手を置いて軽く撫でると、ルーナがピクッと反応した。彼女の柔らかい感触が手に伝わり、俺の心が少しドキドキする。そのまましばらく抱き合っていると、彼女が俺の胸に顔を埋めてきた。
「アクイラさん……大好き」
その言葉に俺は少し照れながら、彼女の額に軽くキスをした。ルーナは顔を赤くして目を閉じ、幸せそうな笑みを浮かべる。俺はその可愛い反応に心が温かくなりながら、彼女をもう一度抱き寄せた。
「気持ちいいか?」
「うん……大好きだよ」
俺がそう聞くと、ルーナは小さく頷いて答えた。そしてそのまま俺たちは寄り添いながら眠りについた。彼女の温もりと優しい吐息が心地よく、俺もすぐに眠りに落ちたのだった。
身体を揺らされる感じがして目を覚ますと、ルーナが俺の肩を軽く叩いていた。朝日が窓から差し込み、部屋を柔らかく照らしている。
「ん? ああ」
ルーナは俺にべったりくっついたまま、眠そうな目で俺を見ていた。彼女の髪が俺の肩に触れ、温かい感触が残る。俺は起き上がると、ルーナも一回だけ離れてくっつきなおす。前までは一緒に横になってると中々離れてくれなくて起き上がれなかったが、最近はルーナも理解があり、起き上がるアシストまでしてくれる。彼女の成長に少し感心する。
食事をする際、俺の隣にルーナが座り、対面にリーシャさんが座る。その隣にエリスだ。木のテーブルに並んだスープとパンが香ばしい匂いを放つ。ルーナが俺にくっつくたびに、リーシャさんが何か言いたそうな表情をしていた。昨晩リーシャさんと俺は見張り台で色々あったからな。お互い付き合ってる訳でもなければ、そういう関係を求められた訳でもない。ただ、意識はされるようになってしまったようだ。食事を終えてまた野営。魔獣の襲撃を防衛する毎日を五日ほど続けたタイミングで、集落に来客が現れたのだ。
俺は山道をたどって集落に現れた一行の先頭にいた女性を見た。彼女は華やかな容姿をしていた。金髪が風になびき、灰色の瞳が優雅な雰囲気を放っている。陽光に照らされた髪がキラキラと輝き、まるで絵画のようだ。
その女性はライトブルーのシルク製のブラウスを着ており、柔らかな風に揺れるような素材感が優雅さを演出している。金色の刺繍や装飾が施されたブラウスは、彼女の気品を際立たせている。エメラルドグリーンのロングスカートは風になびくような軽やかなデザインで、裾には金色の模様が施され、彼女の華やかさを引き立てている。足元にはエメラルドグリーンのハイヒールシューズがあり、統一感のある色合いが目を引く。
「はじめまして。私は風の聖女ゼフィラです。一応この集落出身ですので、里帰りみたいなものですね。増援申請もありましたので伺いました」
「はじめまして。俺はアクイラと申します」
俺が挨拶すると、風の聖女は俺をじっと見つめる。そして何か納得したように頷いた後、俺に話しかけてきた。
「なるほど、あなたが噂のベラの夫ね? 話は聞いてるわ」
「違います」
間髪入れずに否定する。すると聖女ゼフィラはいたずらっぽい笑みを浮かべると、俺に耳打ちしてきた。
「違うのね、ごめんなさい」
どうやらからかわれたみたいだ。俺はため息をつくと、彼女の後ろにいた二人に目を向ける。右側にいた彼女は華やかな容姿をしており、黒髪に紫色の瞳が印象的だった。彼女は紫色のシルク製のブラウスを着ている。柔らかな素材で、活動中でも快適に動けるようにデザインされている。ライトパープルのフレアスカートは優雅な花のイメージを反映しており、動きやすさと美しさを兼ね備えている。足元にはピンクの花をモチーフにしたフラットシューズがあり、作業に適した履き心地と華やかな外観を両立させている。
「あらあら、わたくしが何か?」
「あ、いえ、貴女は聖女様の御付きの方ですか?」
「ええ、その通りでございます。私は紫花のマーレア。お初にお目にかかりますわ」
マーレア!? マーレアといえば特級傭兵の中でも最強候補の一人、紫花のマーレアのことか? その名を聞いて、俺の背筋がピンと伸びる。リーシャさんとエリスも名前くらいは聞いたことがあるようで、驚きを隠せないようだ。
「あら? もしかして私の事ご存じなの?」
マーレアさんは口元を手で隠し、上品に笑っている。唯一ルーナだけは彼女がすごい人と分かっていないようだ。セレナは傭兵でもないし、集落の人間でもないから知らないかと思ったが、普通に「久しぶり」と手を振っていた。どうやら風の聖女が里帰りを頻繁にするせいで、御付きの方々と集落の方々は顔見知りのようだ。
そしてもう一人の風の聖女の左側にいた男。赤い髪に黒い瞳の男はがっちりとした筋肉質の肉体で、赤いジャケットを羽織った剣士だった。持っている剣は片刃の曲刀のようだ。無骨な雰囲気が漂い、俺と似た炎使いの気配を感じる。
「…………」
「貴方も名乗りなさい、レグルス」
「…………ん? 名乗る流れだったか。俺はレグルス。獅子の戦士と呼ばれている。次の流れは?」
獅子の戦士レグルス。赤い炎を剣と拳に纏って戦う、俺の上位互換のような男だ。さらには炎の盾を広範囲で展開したり、火炎弾も放てると聞く。あまりにも上位互換で、ギルドではよく比較されていた相手だ。会ったことはなかったけどな。俺より一回り大きく、威圧感のある立ち姿に少し圧倒される。
「俺はもう名乗りましたね。一応、隣の銀髪の子はルーナです」
「ん。よろしく」
「私は突撃のリーシャだ」
「華の射手のエリスです」
自己紹介を済ませて、風の聖女は俺たちを見回した。すると彼女が提案する。
「私は一度自宅に帰るわ。マーレアとレグルスは現状把握をお願い」
「ええ、わかりましたわ」
「ああ、そういう流れね」
風の聖女はその場を後にする。状況説明のため、里長の家に俺とリーシャさん、マーレアさんとレグルスさんが集まり、ルーナとエリスに周辺の見張りをお願いした。木造の家の中は素朴で、暖炉の火がパチパチと音を立てている。
集落への魔獣被害の頻度のことと、他種族の魔獣が群れになって一緒に行動していることを二人に話し、襲撃頻度や群れの位置などを伝える。マーレアさんは真剣に聞き、レグルスさんは少しぼんやりした顔で頷く。
「? えっと? んー? …………わかったか、マーレア?」
「ええ、問題ありません」
「よぉし! 大船に乗れたな!」
とりあえずこのレグルスさん、いらねーんじゃねーの? 俺は心の中でそう呟きつつ、彼の頼りなさに少し笑ってしまった。
名前: ゼフィラ
性別: 女性
年齢: 24歳
通称: 風の聖女
出身: セルヴァス(風が吹き抜ける緑豊かな集落)
外見: 金髪のシンプルなロングストレートヘアと灰色の瞳。華奢だが神秘的な存在感があり、明るい肌色が優雅さを際立たせる。
服装: 淡い青紫色のトップスに金色のアクセントと風のようなラインが入る。エメラルドグリーンの透け感あるフレアスカートはアシンメトリー(前短、後長)。高めのサンダルには金色の装飾が施される。
アクセサリー: 風属性の力を宿す指輪、流れるデザインのイヤリング、神聖さを象徴するネックレス。
下着: エメラルドグリーンに近い淡い緑色で、金色の刺繍が施されたシンプルかつ上品なデザイン。薄手の生地で動きやすさを重視。
武器: フレイル。風属性の力を纏わせ、華麗かつ力強い攻撃を繰り出す。
能力: 風魔法の達人で、風の結界を操り仲間を守る。風の精霊との秘かな契約により、結界の効果を増幅。
戦闘スタイル: 冷静かつ戦略的。敵の動きを風で読み、的確に反撃。戦場で希望と導きをもたらす存在。
付き人: 高ランク傭兵のマーレア(紫花のマーレア)とレグルス(獅子の戦士)が安全とサポートを担当。
性格: 穏やかで優雅。他者への配慮を忘れず、どんな困難でも冷静さを保つ。周囲に安らぎと信頼感を与える。
趣味: 音楽鑑賞。特に笛やハープの音色を愛し、心を落ち着ける時間を大切にする。
好物: フルーツタルト(特にリンゴとベリーが好き)。苦いものは苦手で、顔をしかめる。
聖女としての役割: 教会の儀式や行事に深く関わり、修練を重ねて高い地位を確立。民からの尊敬を集める。