第2章4話 集落近辺の異変調査
俺たちは朝食の準備を進めていた。部屋の中には干し肉を焼く香ばしい匂いが漂い、スープの湯気が立ち上っている。腹が鳴りそうになるのを我慢しながら、俺はベッドから這い出した。昨夜の疲れがまだ少し残っていて、身体が重い。
「おい、早く起きろ。飯ができたぞ」
リーシャさんのその声に起こされた俺は、寝ぼけ眼をこすりながら起き上がると、大きく伸びをする。肩が少し軋む音がして、軽く顔をしかめた。
ルーナとエリスは朝食の準備に忙しそうで、ルーナがスープをかき混ぜる姿や、エリスがパンを切り分ける手つきを見ていると、妙にほっとする。二人ともまだ眠そうな顔をしているが、手際よく動いているのが頼もしい。結局、俺たちは簡単なスープと干し肉を挟んだパンで朝食を済ませると、すぐに集落を出発することにした。ルーナとエリスには集落の防衛を任せ、俺とリーシャさんは森の中を進む計画だ。
集落の外を調査しようと外に出ると、里長のおじさんとセレナが立っていた。里長は穏やかな顔で俺たちを見ているが、セレナは少し警戒した表情でボウガンを握りしめている。朝の陽光が彼女の茶髪を照らし、軽くウェーブがかかった髪が風に揺れている。
「傭兵! ……おはよう」
セレナは一瞬、ボウガンを構えそうになったが、俺たちの顔を見てすぐに下ろした。そして俺たちが挨拶を返すと、里長が声をかけてきた。
「ああ傭兵様方、これから山に行かれるのだろう? であれば、ウチのセレナを連れて行くとよい。山に慣れている故、迷うこともない。それに異常を知るには里の者と行動する方が早かろう」
なるほど、確かにその通りかもしれない。山に詳しい者が同行してくれるなら、道に迷う心配もなく安心できるだろう。俺がそう思っていると、セレナが突然声を上げた。
「い、嫌よ! なんでアタシがそんなめんどくさいことをしなきゃいけないのよ!」
どうやら彼女はあまり乗り気ではないようだ。眉を寄せて腕を組むその姿は、まるで駄々をこねる子供みたいだ。すると里長はため息をつきながら、諭すように言った。
「よいか? これも里のためだ。それになセレナ、お前もどうせ山に行って狩りをせねばだろう」
その言葉に、セレナは渋々ながら頷いたようだった。里長の落ち着いた口調に押されたのか、彼女は仕方なさそうにボウガンを肩にかけ直し、俺たちと目を合わせないまま準備を始めた。そしてそのまま俺たちは出発したのだが、道中の会話は皆無だった……というより、俺が「いい天気だな」と話しかけようとしたら、セレナに「黙って歩け」とでも言いたげな鋭い視線で睨まれたからだ。緑の瞳がギラリと光り、俺は口を閉ざすしかなかった。結局、一言も交わすことなく目的地に到着したのだった。
そこは切り立った崖のような場所で、見上げるほどの高さがあった。岩肌がゴツゴツと露出していて、風が吹くたびに木々がざわめく音が響く。崖の下には小さな川が流れていて、水音が静かに耳に届く。俺たちは山の中腹まで登り始めた。足場が悪い場所も多く、慎重に進む必要があったが、セレナは慣れた様子で先導してくれる。彼女の動きは軽やかで、まるで森の一部みたいだ。
しばらく進んだ後のことだった。突然、セレナが立ち止まり、鋭い声で言った。
「魔獣よ。猪型ね」
どうやら近くに魔獣の気配を感じたらしい。彼女の緑の瞳が鋭く光り、周囲を見渡している。俺もすぐに周囲を警戒しつつ、リーシャさんの方へと近づいていくと、彼女は大槍を構えた。すると、目の前の茂みから何かが飛び出してきた! それは大型の猪のような魔獣で、牙が異様に大きく発達していた! 剛牙猪だ。黒い毛並みが陽光に反射し、牙がギラリと光る。
「下がれ!」
そう叫びながら俺は前に出ると、拳に火を灯す。赤い炎が俺の手を包み、熱気が周囲に広がる。そしてそのまま魔獣に向かって殴りかかった。
「はあっ!」
俺の拳が魔獣の顔面に直撃すると、その衝撃で剛牙猪は大きく吹き飛び、地面に倒れた。土煙が舞い上がり、猪の唸り声が一瞬途切れる。俺はすかさず追撃を加えようとするが、その前にリーシャさんが動いた! 彼女は槍を構えて突進し、その勢いのまま突きを放つと、見事に心臓を貫いた! 槍の先端が肉を裂く音が響き、鮮血が地面に飛び散る。魔獣は一瞬で息絶え、静寂が戻った。
「やったな!」
俺がそう言うと、彼女は少し照れくさそうにしながら答えた。
「まあ、この程度なら楽勝だな」
そう言って笑う彼女の姿はとても頼もしく見えた。汗で少し髪が乱れているが、それが逆に彼女の魅力を引き立てている。後ろではセレナがボウガンを構えたまま、俺たち二人の動きを見ていて、小さく「やるじゃん」とつぶやいた。その声は意外と柔らかくて、ちょっと驚いた。こうして俺たちは山の奥へと進んで行ったのだった。
それからしばらく進むと、また魔獣が現れた。今度は魔熊剛腕熊だ。黒い毛並みに覆われた巨体で、しかもかなり気性が荒いようで、唸り声を上げながらこちらに向かってくる。地面が震えるほどの迫力に一瞬怯んでしまったが、すぐに立ち直ると俺は構えた! そして魔獣が飛びかかってきた瞬間に拳を繰り出す! しかし、俺の攻撃は避けられてしまった。熊の巨体が意外に素早く、俺の拳は空を切る。そしてそのまま鋭い爪で攻撃を仕掛けてくる!
「うおっ!」
間一髪で避けることができたが、体勢を崩してしまった。膝をついた瞬間、土が跳ねて視界が一瞬霞む。そこにすかさず追撃が来る!
「貫け!!!」
リーシャさんが横から剛腕熊の脇腹に槍を突き刺すが、まだ元気だ。血が滴り、地面を赤く染めるが、魔熊は咆哮を上げて暴れ続ける。しかし、槍が刺さって動きが鈍ればこっちのものだ。俺は紅く燃える腕を剛腕熊の首元に叩き込む。ゴッという鈍い音と共に、魔熊は大ダメージを受けたのかよろけ、引き抜かれた槍の傷跡から一気に血が流れ出した。俺はその傷に腕を突っ込み、体内から焼き尽くした。焦げた臭いが鼻をつく。
「助かった、リーシャさん」
「当然だ。むしろ槍の威力だけだったらもう少し時間がかかって、こっちも助かった」
俺とリーシャさんの連携はそこそこ上手くできていた。息を整えながら互いに軽く笑い合う。セレナは魔獣の察知と案内だけで十分で、ボウガンの出番は狩りの時だけになりそうだな。その後、何度か魔獣との戦闘があったが、特に問題なく倒すことができた。山道を進むたびに、セレナの案内が頼りになることを実感する。こうして俺たちは順調に山奥へと進んでいくと、セレナがある場所で突然立ち止まった。
「この先、ちょっとやばいのかも」
そう言われ、俺とリーシャさんが茂みから様子を覗くと、そこには魔獣たちが集まっていた。しかもかなり多く、ざっと見ただけでも10体以上はいるようだ。猪型、熊型、さらには蛇のような姿のものまで、種類がバラバラで異様な光景だ。
「これはまずいな」
リーシャさんがつぶやく。確かにあの数だと厳しいかもしれない。しかし、ここで逃げるわけにはいかない。気になるのは、同じタイプの魔獣ではなく、異なる種類が群れをなしていることだ。
「これがうちの集落の近辺の異変よ。集落を襲う魔獣も種類が一種類じゃないんだ」
「……多種多様な魔獣の群れか」
もしそれが本当ならば厄介だな。俺がそう考えていると、セレナが少し不安そうな顔でこちらを見ているのに気づいた。彼女の緑の瞳が揺れている。
「よし! まずは俺とリーシャさんで突っ込むぞ。セレナは可能なら援護を頼む」
すると二人は黙って頷いたので、俺たちは一斉に飛びかかった!
「行くぞ!」
まず最初に俺が突っ込み、攻撃を繰り出す! 俺の拳は剛腕熊に命中するが、あまり効いている様子がない。くそっ……こうなったらもっと火力を上げるしかないか! そう思った瞬間だった! 突然、俺の体に衝撃が走ったかと思うと、吹き飛ばされる!? 一体何が起こったのか分からないまま、俺は地面を転がった! 土と草が顔に当たる。
「大丈夫か!!」
リーシャさんが駆けつけてくれた。どうやら紫色の蛇魔獣紫鱗蛇の尻尾に叩きつけられたようだ。すると今度は俺の横を何かが通り過ぎていくのが見えた。それはボウガンの矢だった。矢は俺の身体を綺麗に避けて剛腕熊に命中した。セレナは的確に俺たち二人のサポートをしてくれているようだ。しかし、それでも魔獣たちは怯まずに襲い掛かってくる!
「くそッ!」
俺とリーシャさんは再び魔獣の群れに向かって行く! 俺は脚に炎を集めながら飛び上がり、一気にかかと落としを決める。剛腕熊は燃え上がり、討伐に成功した。熱風が周囲を包む。
リーシャさんも黄金虎と呼ばれる虎の魔獣を貫いて討伐していた。彼女の槍が金の毛皮を切り裂き、鮮血が飛び散る。セレナのボウガンは自在に動き、確実に敵の急所を狙っていた。
「風魔法か」
どうやらセレナは風魔法の使い手で、ボウガンの矢を自在に動かせるらしい。もし傭兵なら初級傭兵を名乗れるくらいの実力が備わっているだろう。彼女の冷静な射撃に感心していると、突然、近くの川辺で異変が起きた。
セレナが矢を回収しようと川に近づいた瞬間、足元の石が崩れてバランスを崩した。俺が慌てて手を伸ばして彼女を支えようとしたが、間に合わず、彼女は水辺に尻餅をつく。濡れたシャツが肌に張り付き、胸元が少し透けて見えるほどびしょ濡れになった。服がずり上がってしまい、薄緑の下着が浮かび上がる。
「きゃあ!? 何!? 見ないでよ!」
セレナが顔を赤くして叫び、両手で胸を隠す。リーシャさんが呆れたようにため息をつきながらこちらを見る。
「アクイラ、また何かやったのか? お前、本当に懲りないな」
「いや、助けようとしただけだって! 偶然だ!」
セレナは立ち上がりながら、濡れた服をぎゅっと絞るが、その仕草で身体のラインが少し強調されてしまう。彼女は恥ずかしそうに俺を睨んできた。
「傭兵ってほんと信じられないわ!」
俺は弁解しようとしたが、彼女の怒りが収まる気配はない。リーシャさんは笑いを堪えながら槍を手に持つ。
「まあ、セレナが無事ならいいさ。次はお前がやられないように気をつけろよ」
気まずい空気の中、セレナは服を直し、俺たちは戦闘を再開した。
「これで最後だ!!」
俺は残った魔獣に炎を纏ったパンチを繰り出した。その拳は魔獣たちを焼き尽くし、完全に息の根を止めた。地面に焦げ跡が残り、静寂が戻ってくる。
「ふぅ……終わったな」
俺たちは一息つく。倒した魔獣たちはそのまま放置するわけにもいかないので、全て回収し山奥に埋葬することにした。少し疲れを感じるが、この数だと時間がかかりそうだ。セレナは濡れた服のまま、矢を回収していたが、時折こちらをチラッと見ては目を逸らす。
「それにしても、これはまずいな」
「ああ、早くエリスたちに伝えなければ」
俺がつぶやくと、リーシャさんがすぐに同意する。通常、魔獣は同じ種類の魔獣と群れをなして共闘することはあるが、今みたいに複数種類の魔獣が同じ場所に集まっているのは異常だ。
現状の戦力だけで戦えないこともなさそうだ。しかし、むしろ集落の方が不安なレベルになってきた。ルーナもエリスも魔獣に後れを取るほどではないが、それは一種類ごとであればの話だ。状況に応じて対応ができるのか分からない。俺がそう考えていると、セレナが少し不安そうな声で口を開いた。
「このままじゃ、集落が危ないかも……」
彼女の言葉に、俺はすぐに決断を下す。
「セレナ、集落で戦える人間はどのくらいいるんだ?」
「えっと……数人いるかな。でも、あなたたちみたいに対応できるとは思えないわ」
セレナの表情は曇っている。濡れた髪が顔に張り付き、少し震えているのが分かる。だが、戦えないわけじゃないことが分かれば大丈夫だ。俺は彼女の肩を軽く叩いて励ます。
「よし! そうと決まれば急ぐぞ!」
俺たちは一度集落に戻り、ルーナやエリスに情報共有することにした。山道を下りながら、俺はセレナの濡れた服が気になったが、彼女の鋭い視線に耐えつつ、黙って歩き続けた。
傭兵の男女比について、作中で女性が多くなっている理由。
1.男性傭兵が大型遠征や遠方での任務に従事している間、女性傭兵は近隣地域や街の周辺での任務をこなすことが多いため、ギルドに出入りする機会がより頻繁になります。
2.女性傭兵の中には、野営や過酷な環境を嫌う人が多い。彼女たちは、街近辺での仕事を好む傾向があり、そのためギルドによく出入りする。
3.聖女様の護衛は女性中心でほとんど男を入れないため、聖女様ご一行はほぼ女性パーティ。例外あり。




