第8章4話 今共に生きるからこそ
最初に火の管理をするのは俺。その間三人は休憩を取って貰うことになった。食糧調達・料理当番であるマーレアさんが俺の対面に座り込んだ。
「お疲れ様です。アクイラさん」
「ええ、マーレアさんも…………レグルスと変わりましょうか?」
マーレアさんとレグルスは恋仲だ。せっかくだし一緒にいた方がいいかもしれない。それに今は持ち込んだ食糧の調理をすることになってアウロラとネレイドさんが調達に出かけているらしい。
「いえ、大丈夫ですよ、レグルスとは普段から一緒にいますから」
「…………いえ、一緒にいるべきです。会えなくなる時って突然訪れますから」
マーレアさんもレグルスさんも間違いなく俺より強い。俺が心配するべき人じゃない。それでも、俺達はいつ死ぬか…………いつ会えなくなるかわからない人生を過ごしているんだ。
脳裏に浮かぶこの地で失った仲間たちの事。イグニスやヴァルカン、あまりよく知らない人だけどナリアさん。それから…………カイラさん。
「そうですね…………私如きが驕るには、この地は危険すぎます。レグルスを呼んで貰えますか?」
「はい」
俺はそう言って休憩している三人の元に戻り、レグルスに事情を伝えて交代をすると、レグルスからは感謝された。俺はレグルスの寝ていたゼフィラの隣に行くべきか。それとも祝福の証をくれたヴァルキリーの方に行くべきか。スペース的にはゼフィラの隣の方が人一人分あるんだけど、かなり近い。俺が行って良いものだろうか。
「アクイラ、こちらにきたまえ。何、多少肌が触れ合っても気にしないさ」
ヴァルキリーがそう声をかけてきたので端に入ろうとするが、やはり窮屈だ。彼女との肌と肌を合わせ、顔の距離は拳ほどない。吐息がかかる。彼女は不快そうにしていないみたいで安心した。
「いいから休め、ゼフィラは寝ているようなので静かにな?」
「あ、ああ…………」
休めるか? こんな状況で……だが、疲労感があるのも確かだ。少し眠気に身を任せよう。
しばらく休んでいると、食糧調達が済んで調理が始まったのだろう。ヴァルキリーとゼフィラは眠っているし、俺は手伝おうかな。調理に参加しているのはレグルスとアウロラ、それからネレイドさんだ。そして調理が始まる頃合いでマーレアさんが休憩に入るらしい。
それから周辺警戒をしていたアカンサもテントに入っていく。クリスタラさんとセリカは調理器具を用意してくれていたらしい。俺は調理に参加をしている三人に挨拶をすると、食材の下処理を手伝うことになった。
レグルスさんは料理が趣味なだけあって火の扱いが上手だ。自然と共に生きてきた妖精族のアウロラは植物の知識が豊富なので食べられる野草や美味しい食べ方を教えてくれた。ネレイドさんは刃物の扱いが器用で上手に切り分けていく。
「とりあえずシチューでいいだろ。大体の食べ物は煮込めば食えるし、食材が無駄になりにくいからな」
「助かりますレグルスさん」
「いや、気にするな。俺としてはもっとちゃんとした環境で料理をしてみんなに食わせたかったんだけどな。ここじゃ出来る事も食材も限界があるし、毒があっちゃいけねえ。火はしっかり通すし、薬草や香草を多めに入れなきゃだめだ。旨いって言わせたいが難しいかもな」
レグルスさんは渋い顔をしている。それでも鍋からは美味しそうな匂いが漂っているが、彼にとっては失敗作の様だ。
「大丈夫ですよ、きっと」
「だと良いんだがな」
レグルスさんはそう言って笑う。そして調理は進み、完成した料理はとても美味しそうだった。食事の時間だ。敵地とはいえおろそかには出来ない。用意されたシチューは良く煮込まれているがやはりレグルスさんの言う通り香草の香りが強すぎたり薬草の苦みを感じなくもない。だが、体の芯から温まる料理だ。
起きているメンバーで食事を終えてから休憩しているメンバーや見張りをしているメンバーと交代しつつ食事や睡眠、作業を入れ替わって夜を過ごす。
「ふぅ」
俺は焚き火を見ながら一息つく。周囲の見張りも兼ねて起きているので、多少は眠たいが寝ることはできないな。夜も更けてきた頃だろうか、アカンサさんが俺を呼びに来た。
「あらアクイラ…………火の番は貴方なのね」
「お前は周辺の見張りか?」
「ええ、あたくしはそうよ。でも造作もないわ周囲に毒の霧を張っているから、魔獣が近寄ってくることはないわ」
確かにそれなら安全だ。あとはアカンサが起きてさえいれば彼女はどこにいても周囲の防衛は可能なのだから。だから彼女は起きている俺の隣に来て話し相手になって貰いにでも来たのだろう。可愛い奴だ。
「ねえ、アクイラ。ここから生きて帰れたらまた沢山我儘を聞いてくれる?」
「え? 嫌だけど?」
「酷いわね、もう少し考えてくれても良いんじゃない?」
そう言って頬を膨らませる。そんな顔も可愛いけど我儘は聞かないからな? お前の我儘は大体危険なんだよ。
俺はアカンサを引き寄せると唇に軽くキスをした。彼女は驚きながらも俺を受け入れてくれる。そして舌を入れてやると彼女も積極的に絡めてきたのでしばらくそのままの状態で互いの口内を貪りあった。やがてどちらからでもなく唇を離すと唾液が糸を引いた。それを拭うこともなく俺達は見つめ合う。
「何よ急に…………あたくしは気安い相手ではなくてよ?」
「ならもっと拒めよ」
俺がそう言ってもアカンサは無視。なんならいきなりキスしてきた男の肩に頭をのせてリラックスまでしている。手を伸ばせばいつでも襲える距離だが、彼女は毒の魔法使いだ。だから安心してこうしているのだろう。
それに俺と彼女は幼馴染。俺が手を出さない事。手を出しても毒にビビッてすぐに引くことは把握済みなのだろう。
「お前はさ…………幼馴染だから俺を助けに来たのか?」
「そうよ」
「手間かけさせたな」
「そうよ」
「…………ありがとう」
「どういたしまして」
それから俺達は他愛のない話をしていた。そして夜が明ける。俺達はまたこの魔族領で活動を再開することにした。
残された仲間たちと合流することを目指して…………
「ルーナ…………どこにいるんだ」




