第7章17話 最後の牙城を前に
ルクレツィアを撃破した俺達は、一旦、休憩のとれる場所に集まることにした。戦いの余波と、この土地特有の重苦しい気配が漂っているせいか、特にセレナの回復が遅れている。周囲は魔族の領域。聖女たちの癒しの魔法が効きにくいのはそのせいかもしれない。ゼフィラやヴァルキリーの聖なる魔法には、回復の力もあるはずだが、それでもセレナの目を覚ます気配はない。
「回復が遅いですね……。早くここを脱出するべきかもしれません……」
ゼフィラが、慎重に額の汗を拭き取りながら、セレナを看病してそう言った。その表情は明らかに不安げで、疲れた顔色が彼女の心配を物語っている。
「ここは魔族領の真ん中だ。俺もリーナも、ルクレツィアからここは魔王城と聞いている」
俺がそう言うと、ヴァルキリーたちの顔は一瞬、険しくなった。ここは魔族の本拠地であり、何が起こるか予測できない。
「なるほど……だが、セレナ君を連れて無事に帰るための人員も必要だし、ここが敵の本拠点ならば城を破壊するための人員も必要だ。どうやら二手に分かれるしかなさそうだな」
ヴァルキリーは仲間たちを順に見渡す。城にはまだルーナや他の仲間も囚われているはずで、迂闊に破壊するわけにはいかない。また、セレナを連れ帰るメンバーに十分な戦力がなければ、ここから無事に脱出できるかどうかも怪しい。
俺が戻れば、ジェンマ達も俺の位置を指標にして帰路を見つけるかもしれない。だが、俺が戻らなければ、あいつらは行方不明扱いになるだろう……。その場合は、俺は残るべきか。
しばらく皆で話し合った後、ヴァルキリーが意を決したように、メンバーを発表した。
「では、リーナ嬢の救出がもともとの目的だったことを踏まえ、セレナ君とリーナ嬢を連れ帰るメンバーを発表する。上級傭兵の双剣士レン、銀鉾のシルヴィア、突撃のリーシャ、それから中級傭兵の風刃の騎士ゼファーだ。この四人で彼女たちを頼む」
「はい」
「承りました」
ヴァルキリーの言葉に、シルヴィアとリーシャはしっかりと頷いた。責任感の強い彼女たちの姿勢には、俺も安心感を覚える。
「そして城の破壊には、私、ゼフィラ、それから夜明けの妖精アウロラ、特級傭兵の紫花のマーレア、盾将軍グラディアス、上級傭兵の毒花のアカンサ、静寂のイオン以上のメンバーで向かうことになる。そして……あまりだ」
いや、あまりって……俺一人じゃねーかよ。紹介してくれてもいいだろう。
そんなことを考えている間に、ヴァルキリーが再び視線をこちらに向けた。俺も、冗談はさておき、これからの戦いに集中しなければならない。
「ここは魔族領だ。戦力をこちらに集中させるのは理解できるが、セレナとリーナの護衛がそのメンバーだと少し不安だ」
俺がそう言うと、レンとシルヴィアの表情が一瞬、険しくなった。実力を疑われているように感じたのかもしれない。そりゃあ、格下である俺にそんなことを言われれば当然だろう。しかし、リーシャだけは昇格したばかりなので、そこまで気にしていないようだ。
「では私が連れ帰ろうか……私の刀で魔族は切れても、城を破壊するには役立たない」
前に出たのは特級傭兵、盾将軍グラディアスだ。城破壊には確かに向かない能力だが、彼ほどの武人が護衛にいれば安心だ。グラディアスの提案には、レンとシルヴィアも納得せざるを得なかったようで、不承不承ながらも引き下がった。
その時、リーシャが俺の方を見て、少し迷いながらも口を開いた。
「でもアクイラ、城の破壊は本当にこのメンバーでやるのか? 私が残ろうか?」
彼女は突撃が得意で、物理攻撃を主体とした火力がある。彼女ならば確かに、壁や城門を壊すにはうってつけだろう。しかし、俺は軽く首を振った。
「お前は帰れ。セレナを頼みたいし、何より……エリスの元にすぐに行ってやってほしい」
俺がそう言うと、リーシャは納得してくれたようだった。俺たちはそれぞれの分を分け合い、彼女たちはここから近くに停泊している船まで戻るらしい。どうやら、ルナリスのギルド職員まで救援に来てくれているようだ。本当にありがたい。
「リーシャ、ここは魔族領で危険だ。くれぐれも気をつけて帰ってくれよ」
俺がそう言うと、リーシャはため息をつくように呆れながら笑った。
「アクイラ……そっちの方が危険だってわかって言っているんでしょう? 中級傭兵ごときが生意気なものだ」
「お前だって昇格したばかりだろ」
お互いに軽口を叩き合い、笑い合う。リーシャがセレナを肩に担いで去っていく姿を見送りながら、俺はふと振り返ると、ヴァルキリーやアカンサたちがこちらをじっと見ているのに気付き、少し気まずくなった。
「では、この城破壊作戦を行うメンバーは私に付いてきなさい」
ヴァルキリーの指示に従い、俺たちは城内に進み始めた。ここが魔王城であるなら、まだ他にも魔将が潜んでいるだろう。そして、奴らを倒すことで、この戦いに終止符を打つ。その覚悟を胸に、俺は拳を握りしめ、火の聖女ヴァルキリーの後に続く。
戦闘の余韻を感じる中、俺たちは魔王城の内部に進み始めた。石造りの重厚な廊下は、湿気と魔族特有の暗い気配に満ちている。仲間たちはそれぞれ緊張感を帯びた表情で、手元の武器を確かめながら進んでいた。ヴァルキリーが前を進む先では、蝋燭の炎が揺れ、影が壁に這い寄ってくる。心の奥で何かがざわつくのを感じながらも、俺は歩みを止めることなく前へ進んだ。
「この城……やけに静かだな」
俺が小声で呟くと、後ろからアカンサが答えた。
「大半は倒したと仮定しても物静か、あたくし達を捉える罠かしら?」
彼女の目は鋭く、周囲の変化に一瞬でも気を抜かない。その鋭い視線に、俺も気が引き締まる。ヴァルキリーも進む足を一瞬止め、城内の空気を感じ取るように静かに耳を澄ませた。
「敵がこちらを察知している可能性は高い。だが、リーナ嬢達を送り出した今、もう後戻りはできない」
ヴァルキリーは鋭い目を俺たちに向けた。彼女の言葉には決意がこもっており、城内での戦いを意識しているのがわかった。その視線に答えるように、俺も頷く。
「ここに魔将がいるなら、城を破壊するためにも奴らを叩き潰して進むだけだ」
そう言うと、マーレアが口元を微かに上げ、冷ややかな笑みを浮かべた。
「アクイラさんのそういう果敢な所は評価に値しますね」
「えっとありがとうございます」
その言葉に、アカンサがクスリと笑う。
「あら? あたくしと違って随分畏まって、借りてきた猫の様だわ。ほらあたくしにも甘えて見せなさいアクイラ」
「できねーよ! 後別に甘えてねーわ!!!」
俺たちが進む先、魔王城の奥深くから、重々しい音が聞こえてきた。心臓を打つような低い響きが徐々に近づき、まるで俺たちの存在を嘲笑うかのように反響する。
「この感じ、明らかに何かが待ち構えているな……」
ヴァルキリーが低くつぶやく。
「準備はいいか? この城が敵の最後の牙城であるなら、残りの魔の九将もいるだろう」
俺は拳を強く握りしめ、仲間たちの顔を順に見渡した。アカンサは冷笑を浮かべ、マーレアはしなやかに刀を構え、イオンは静かに息を整えている。そしてヴァルキリーの眼には、燃え盛るような決意が宿っていた。アウロラは…………宝石の中で眠っていたので放置だ。
ルクレツィアとの戦いで手に入れた勝利も、ここで力を発揮しなければ意味がない。この先に待ち受けるのがどれほどの強敵であろうと、俺たちはこの戦いに終止符を打たなければならないのだ。
進むべき道は決まっている。俺たちは、静まり返った魔王城の奥へと、さらなる戦いの足音を響かせて歩みを進めた。
俺たちの戦いは!!! みたいになりますが続きは書きます。




