第7章8話 声、届かない世界で
アクイラと契約している事で位置を察知できる妖精族のジェンマを先頭に、皆で進んでいく。歩く速さを合わせられない私は、同族のエルフ、毒剣のユウキに背負って貰って移動することになった。この森を進むごとに重々しい魔力が全身を襲うのが肌で感じられた。
その中で、闇鎖闘士レクサだけは、この森でも平然としている。彼のパーティーメンバーである煌姫リヴァイアは、他の人間同様少しばかり苦しそうだ。そんな中、ルーナがロッドを掲げて詠唱する。
「このままじゃ辛い…………清らかな水よ、聖なる霧となりて広がり、我が周囲に癒しの力をもたらせ。聖水霧包」
ルーナが杖を掲げると、我々の周りに白い霧が立ち込める。その霧は我々の全身を包むように広がると、我々の周囲に清らかな空気をもたらした。この魔法は知らないな。どうやら彼女は…………また新しい魔法を作ったのかもしれない。
それにしてもようやく皆が何を言っているかギリギリわかるようになった。だが、私の言葉は早すぎて聞き取れないらしい。ユウキとミズキが察する事でなんとかフォローして貰っている状態。
私の声は…………もう誰にも届かないのだろう。だが、そんなことはどうでもいい。私は最後にもう一度、アクイラの顔を見て…………ルーナと、アクイラが笑う姿を見るんだ……………………
しばらく歩くと、木々が生い茂る森にぽっかりと大きく広がる空間があった。まるでその空間だけ穴が開いたように木々は生えていない。そしてその空間に……一人の魔族がいる。
「…………お前は!?」
たとえ届いていなくても、私は驚き声を出す。目の前にいたのは…………ルナリスの街近くにあるゴブリンの巣の奥にいた魔族…………雷闇魔将ヴァルガスだった。
こいつは確かアクイラ達と一緒に倒したはずだ。消える瞬間も確かに見た。私同様にルーナと地の聖女ベラトリックス、それから波濤の影忍ネレイドも驚いてる。
あの時、一緒にゴブリンの巣にいたメンバーだ。我々の様子に気付き、皆も奴が何者かわからないが、恐るべき相手と認識したようだ。ルーナが声に出す。
「雷闇魔将ヴァルガス…………あの時、アクイラさんが倒したはず」
ルーナの言葉に近くにいた海銃のミズキが疑問を口にした。
「既に倒した魔族ってこと?」
「うん…………でもおかしい。ヴァルガスはもう少し騒がしかった」
確かにルーナの言うとおりだ。こいつはもう少し騒がしかったな。厄介なことに全身に雷の鎧を纏っている為、直接触れる場合は感電の覚悟がいる。以前、私はそのリスクを犯してでも感電しつつヴァルガスを蹴り飛ばし大ダメージを与え、アクイラにバトンタッチをしたのだが…………このメンバーなら無理に私が戦う事もないかもしれない。
「あちらの魔族は雷属性の魔法と肉弾戦を得意とします、遠距離攻撃で応戦しましょう」
地の聖女、ベラトリックスがそう言うと、遠距離攻撃メインのミズキ、リヴァイアを筆頭に攻撃を仕掛けるが…………ヴァルガスは、雷の鎧で防御し攻撃を防いでしまった。
「ふむ…………雷闇魔将か。しかしあれは偽物、否まがい物だろう。よく聞け同胞よ。あれなるは魔族の思念体。強き魔族であれば死後も思念体となり彷徨い、生前と似た行動をとる。だがそこに意思も思想もない。強さは同じでも知性が欠ければ……勝てぬ相手ではなかろう、闇の力よ、鎖となりて我が敵を縛れ。闇鎖操」
レクサがそう言うと、ヴァルガスの足元から闇の鎖が伸び、奴を拘束した。闇属性の魔法である束縛魔法だ。思念体とはいえ、魔の九将だったヴァルガスを簡単に拘束できるとは…………やはりこの男は…………いや、リヴァイアを信じてやろう。
「いいわレクサ! 合わせてあげる!! 銃よ、我が魔力を速さと力に変え、無限の弾丸を放て。連射魔弾」
拘束した思念体に魔力弾を雨のように浴びせて攻撃。彼女は一応見習い傭兵と聞いていたのだが…………いや、気にすることはないか。
そしてレクサとリヴァイアの間を駆け抜け、前に出たのはルーナだった。彼女はロッドを握って振りかぶる。
「とどめ…………流れの聖なる水よ、我が杖に宿れ。聖なる鎌を形作り、鎌としての姿を与えん。聖水鎌化」
ルーナがロッドの先をヴァルガスに向けてかざすと、ロッドの先から青い光が出現し、そのまま水となりて杖の先端に集合。そしてそれは聖水の鎌となってヴァルガスに向かった。そして聖水の鎌がヴァルガスの思念体に突き刺さる。
「終わって! 貴方はアクイラに倒されたの!!!」
「うがあああああああああああああああ!?!?!??!?」
アクイラの名を聞いたヴァルガスは、叫び声を上げながら消えていく。どうやらある程度の記憶はあるのだろう。しかし、思念体にまでなって戦い続けるとは…………魔族とは厄介なものだ。
さて、誰か早すぎて聞き取って貰えない私の代わりにレクサに質問をしてくれないだろうか。思念体について知っている事を統べて話せと。
「あのレクサさん、さきほどのあれはいったい。何なのですか? 魔族とは違うのですか?」
質問をしたのはアクイラの姉である黒影花のセリカだ。レクサはセリカの質問を受け、真剣な表情で答える。
「ふむ……そうだな、魔族とは魔力が非常に高い…………亜人種だ。決して魔獣と同族ではない」
「つまりエルフや妖精族と変わらない人類って言いたいの?」
セリカや周囲の面々が驚きを隠せていなかった。私もそうだ。魔族とは知性のある人型魔獣と考えられていたからだ。レクサは頷くと、更に続ける。
「かつてこの未開の地を恐怖に陥れた存在がいた。それは魔族の王である魔王だ。その王に忠誠を誓う九人の魔族。それが魔の九将。この未開の地はその昔、人族が営む土地でもあったのだが、魔族の出現により荒れ果て人は滅び、魔族が住まう土地となった。だが…………魔の九将の一人、闇剣魔将テネプラスは…………一人の人間種を愛し、子を残した。……………………つまり、人と交わり種を残せる種族亜人種であることが証明された」
誰もが息をのむ。知らなかったとはいえ、あれらが魔族であると思い、魔獣と同一視して戦ってきたのだ。さきほどだってそうだ。魔族を亜人種だなんて認識など…………
「案ずるな…………奴らも殺す気で来ている。戦争と思って戦うといい」
確かにそうだ。命の奪い合い。それに魔族の行いは野蛮で卑劣だ。であればたとえ亜人種であってしても倒すべき相手に変わりない。レクサはそう言いたいのだろう。
すると地の聖女ベラトリックスがレクサの方に歩み寄る。
「レクサさん…………貴方は…………いえ、これは貴方が話すべきことですね。私は貴方の意思を尊重します」
ベラトリックスはそう言うと、レクサの前から退いた。おそらくベラトリックスも私と同じ仮説を立てたのだろう。レクサが何者か。そんなことはもうどうでもいいのかもしれない。
そしてジェンマの案内で先に進む。ユウキに背負われたまま運んで貰う。後ろにはレクサとリヴァイア。本当に仲の良いパーティだ。しばらく進むと、森が開けてきた。奥には……大きな城がある。黒い要塞のような城だ。その周囲は崖となり、高い城壁に囲まれていた。
「…………城? 魔王の?」
テラがつぶやき、皆も城壁を見上げる。イグニスが城壁を叩いてみるが、堅牢であることがわかる。さて、この城壁を登るのは一苦労だ。であれば入り口を探すべきだろう。探すのはやはり、私だ。
私は速い一瞬でこの城壁の周りをぐるりと回れるだろう。走らなくても突風が起きそうだ。皆の近くでは慎重に動き離れたところで一瞬で城壁の入り口を探すため走り出す。しばらくしないうちに出入り口を発見。見張りの魔族たちを一瞬で塵にしてから皆の場所に戻りユウキの背中に収まる。そしてユウキの腕を右に引っ張る。
「カイラ様? もしかして移動して入り口を探してきたのですか? よし、みんな城壁を沿って右に行くぞ」
ユウキは私の意図を理解してくれたようだ。声が届かなくてもコミュニケーションを取れたのが…………私には数か月ぶりに感じた。…………そうか、私の中では数か月経っている感覚なのだろうな。この一日が…………
ジェンマ同行班全員喋ったかどうかもうわからない。喋ってなくても行動描写くらいは全員書いていると信じてる。




