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炎焔の鎧  作者: なとな
第7章 敵地
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第7章7話 代償

 また世界が遅くなった。やっとこないだ使った分も含めて慣れたと思ったのだが…………もう皆の動きが…………世界が…………私には遅すぎる。だが、おかげで複数いた魔族はすべて止まって見える。これが私の魔法。


 私は速くなっていない。世界が遅くなる魔法。だが、この魔法は解除不能であること。そして私の肉体も…………私にとっては普通の速さで老いているはずだが、皆には…………老いるのも早く感じるはずだ。


 長命種エルフでよかった。短命種にんげんに生まれていたら、私はもう死んでいただろう。齢12の頃に加速してから、数千年。だが、私の肉体はもう万年過ぎたつもりだ。短命種にんげんであれば齢20には、老衰だ。


 ミズキやユウキが私に声をかける。かけてくれているのだろう。音すらも…………遅いなんて…………光すらも遅いのかもしれない。かろうじて皆が何を話しているかわからない程度で済んだようだ。動作も遅いが合わせられない事もない。私は蹴った。一体一体を時間をかけて。


 その所作は、誰にも見えなかっただろう。私は摩擦の影響こそないが、私に蹴り飛ばされた魔族は一瞬で燃え上がる。摩擦熱に耐えられなかったのだろう。彼の時間軸では…………何がぶつかった感覚に近いのだろうか。


 すべての魔族が燃え上がる。私は歩いて目の前まで行き、一体ずつ蹴っただけなのに、どうやらケリがついたらしい。振り向けば、まだ行動できていない皆がいた。


 おそらく魔族が燃え上がっている事にすら、まだ気付いていないのだろう。さて、今の私はどのくらいゆっくり話せば、君たちは私の言葉を聞いてくれるだろうか。


 私はどのくらい根気良く待てば、君たちの言葉を理解できるのだろうか。私はもう君たちがいまだにリアクションを取れていない事に恐怖しているのに。


 もう…………君たちの声が私に届かない。もう私の声が君たちに届かない。ただそれだけの事なのに、私は何に怯えているのだろうか。


 触れる事も気を付ける必要があるな。私は早すぎるから、ぶつかっただけでものすごい質量を感じるだろう。だから私は、もう気軽に誰にも触れられないんだ。


 孤独の世界、誰の言葉も届かない世界。私だけの世界。それでも…………もう一度、お前たちの笑う顔が見れるなら…………私は…………あと一回早くなれるだろう。


 もしこの魔法を解除できるなら…………どれだけ幸せな事だろうか。早すぎた私は無駄に長命で…………早さはあまりにも強いから、生き延びてしまう。だから子や孫の訃報を聞くことばかりで…………私はまだ存命だ。こんなにも誰よりも早く老いるのに…………私は長生きしてしまった。そしてこの戦場でも…………私は生き延びた。


 ようやく燃え上がった魔族たちに気付いたみんながおそらく私に駆け寄ろうとしているのだろう。足をあげようと筋肉が動いているのが良く見える。そして予想通り足が持ち上がり、踏み込み笑顔を作り一歩ずつこちらに近づいてきた。


 ゆっくり、ゆぅっくり、ゆううっくりとだ。


「くぁああああああああいいいいいいいいいいいるああああああああああすあああああああああああむああああああああああぐおおおおおおおおおおおおおおおぶううううううううううううううじいいいいいいいいいいいいいいいどぅええええええええええええええすううううううううううくああああああああああああああああああああ」

「おおおおおおおおおおつううううううううううくああああああああああああるえええええええええええええええどぅええええええええええええしゅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおくええええええええええええぐあああああああああああああうわあああああああああああああああああああああああああるいいいいいいいいいいいいいいむあああああああああああすえええええええええええええんんんくああああああああああああああ」


「……………………?」


 ダメだ。わからん。ミズキとユウキはなんて言っているんだ。聞き取れない。もう、限界なのだろう。もっとゆっくりした言葉を聞き取れる練習をしないと、誰の言葉もわからなくなってしまいそうだ。私が喋っても、きっと早すぎて聞き取れないんだ。


 私は笑顔を作り、二人に微笑む。私が喋ろうとしない事で察してくれたようだ。二人はゆっくりと手をあげて顔を覆い泣き出した。涙が出るまで、私はどれほど彼女たちを悲しませてきてしまったのだろうか。


 事情を知らないルーナ達が怪訝な顔で私を見つめる。私は…………ルーナに微笑むが、ルーナは理解できていないようだ。少し疲れたな。眠らせて貰おう。私はミズキとユウキに視線を送る。察してくれたかどうかわからないけど、眠ろう。


 きっと二人が、みんなにすべてを話してくれるだろう。私の魔法の事と、その代償を。


 そして私は眠りについたのだった。

 目が覚めた時、目の前には泣き疲れて眠っているルーナがいた。彼女の手を握る。なるべく質量を感じないように、できるだけゆっくりと動作を心掛け、皆の速度に合わせて握る。


「みんな、すまなかった」


 誰にも届かないこの謝罪を虚空に投げる。私の言葉を聞き逃さないなんて不可能だ。もう誰もついてこれないのだから。だが、この速さならあの魔の九将(マギス・ノナ)にも勝てるだろう。


 私はルーナの手を放し、ベッドから起き上がると、寝ている皆に布団をかけていく。皆は私が近づく時には気付けないが、離れる頃には近づいたことに気付いたものもいそうだ。


 見張りをしていたもののもとに向かう。ジェンマだ。ジェンマの隣に座る頃、ジェンマは私がいた場所に手を振っていた。私はまだ早いんだな。もう少し遅く動かなければ皆が困るな。


「…………ジェンマ」

「…………………………………………」


 聞こえただろうか。否、聞き取れただろうか。早すぎていないだろうか。聞き取れる早さまでどこまで落とせばいいのだろうか。私の声はもう…………誰にも届かないのだろうか。


「ジェンマ」

「…………」


 私は彼女の肩に触れる。すると、ジェンマは私に抱き着いてきた。


「くあああああああいるああああすあああん。おおおはぁあああゆうおおおぐおおおずあああいいいむああすぅう」


 多分、挨拶をしてくれているのだな。何とか聞き取りやすくなってきたぞ。早口で喋ってくれればもっと聞きやすいがそこまでは求められないか。私は気を付けながら彼女の頭を撫でる。無理に喋ろうとしない私を見て、悲しそうな表情を作る。私の視界にそれはそれはゆっくりと悲しい顔を作るものだから、その間、私も悲しかった。


 なんとなく彼女の様子から、私の事についてはミズキとユウキが説明してくれたみたいだな。

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