第7章3話 早さと速さ
船上では凍える寒さのデッキとギリギリ寒くない程度の船内があり、火属性の魔法使いの元にみなが集まる。私も今は火の聖女の元に訪れていた。私と一緒にルーナも来ているが、彼女は部屋が暖かいと知ると私の肩にもたれて眠る。
「済まないなヴァルキリーよ」
「いえ、カイラ様の為でしたらこのくらい。貴方はアクイラの師でもありますし」
「そうか、なら……少し話でもしようか」
私はヴァルキリーの隣に座ると彼女は私を見て微笑む。しばらくしないうちに、部屋には毒花のアカンサと黒影花のセリカがやってくる。四人でずっとアクイラの話をしていた。
アクイラの修行時代の話をする私。幼い頃のアクイラの話をするセリカとアカンサ。その話を羨ましそうに聞くヴァルキリー。船内の部屋では私たちの会話が気になったのか、他の者たちも集まり始めていた。
「アクイラの幼い頃はどんな子だったんだ?」
私がそう聞くとセリカが答える。
「あの子は小さい頃から…………おっぱいが好きでした。姉の胸にも飛びつくほどです」
私は飲んでいた果実酒を噴き出して笑う。
「アタシもちいさくはないね」「いやまあ男なら…………ガキの頃から? まあ普通か。言われるほどか?」「…………」「勉強になります! 今からでもできる豊胸をしましょう!」「そうね、彼の初恋の女性は大きかったわ今のあたくしほどではないけど」「なに!? アカンサ! アクイラの初恋の相手とはどのような者だ!」
リーシャがアカンサの言葉にいち早く反応し、この場にいた全員が彼女に視線を向けるが…………
「生憎、その人のことはあたくしやセリカにとっても大事な人であるから深くは語るつもりはないわ。でもそうね、アクイラが先生と呼ぶ人よ」
そう言うアカンサの言葉にみんな好奇心を向けている。もったいぶらないで教えて欲しいと言いたそうだが、さすがに大事な人の事で軽々しく語れない雰囲気を察して誰も口出ししなかった。
「アクイラは……本当に先生を慕っていたものね」
セリカがそう言うとアカンサも頷く。
「そうね、彼にとってあの人は先生であり親であり…………初恋の人だった」
「親が初恋? アクイラはお母さんっこ?」
ジェンマが疑問に思い尋ねるとセリカは首を振る。
「私とアクイラの両親は既にいないわ。先生は私たちを引き取ってくれた人」
セリカの語る言葉。四年前にアクイラに戦いを教えていた頃。私が先生と呼べと言った時、あいつは先生とは呼びたくないと言ってカイラさんと呼ばれるようになったことを思い出す。
「アイツはいらないとこは頑固だったな。師となった頃を思い出すよ」
私がそう言うとヴァルキリーがクスクスと笑う。
「カイラ様のおかげで今の彼がいるのですね」
「ああ、そうだといいが」
なんやかんやで盛り上がった船内だが、きっと本人がいたら顔を紅くして暴れ出しそうな内容ばかりだ。やがて船が未開の地の陸につくことを知らせる鐘がなったので、全員でデッキに上がる。
私は私にもたれて眠るルーナを起こしてやると、彼女は目が覚めたのかすくりと…………いや、ゆっくりと起き上がった。
「おはようルーナ」
「……おはようございますカイラさん」
ルーナは目が覚めて身震いする。それは寒さのせいかそれとも、この未開の地から感じる禍々しい魔力のせいか。いや、その両方だろう。
「うぅ…………トイレ…………」
………………………………尿意かぁ…………
船は陸に停泊することにしたが、この地で船を護る役目がいるだろう。そこに名乗りを上げてくれたのはルナリスのギルドマスターであるレアと受付嬢のリズだった。それ以外のメンバーでアクイラが連れていかれた地に向かうことになる。
「それでは我がギルドの有望な若者を頼もう」
「皆様の帰還、心よりお待ちしております」
「ああ、頼んだよ二人とも」
私が代表してそう言うと、レアとリズは船へ戻っていく。私たちは少し荷造りをしてから全員で船を降りた。
私が先頭でルーナの手を引いて歩いていくと、その後ろにぞろぞろと皆がついてくる。そしてしばらく歩き続けると……かつて見たことがないほど不気味な森に出た。
そのあまりの不気味さに思わず足が止まりそうになる。
「これは…………ひどいな。魔獣の気配も感じる。囲まれているな」
我々の周囲を囲っているのはフリグロウスと呼ばれる狼に似た魔獣だ。白銀の毛皮に覆われ、体長はおおよそ3メートルほどだ。奴らは氷属性の魔法を使う事もでき、極寒の大地でその魔法を使われれば一瞬で体温を奪われてしまうだろう。
「数はわかるか?」
私が尋ねると、セレナが魔法を使う。
「任せて…………風よ、我が周囲の脈動を感知せよ。風脈感知! フリグロウスの数は……200匹くらい…………」
かなりの数で行動すると聞いていたが、3メートル級の魔獣がその数の群れをなしているとなるとかなり骨が折れそうだ。
「だが、恐れるな! 全員出来る限りの範囲攻撃で応戦だ!!!」
私の号令で全員が詠唱を始める。
「飛び散れ、無数の破片よ、あらゆる敵を貫き砕け。拡散礫弾」
「毒の針よ、空より降り注ぎ、敵を貫け。毒針雨」
「大地の恵みよ、我が槌に応え、大量の宝石柱を出現させ、敵を貫け。宝石柱昇」
「暁の光よ、我が刃に宿りて闇を焼き払え。暁光炎刃」
「流れよ、清らかな水の塊よ。相手に落ち注ぎ、その力を示さん。水塊落下」
「風の精霊よ、我が矢に宿り、縦横無尽に駆け巡りて敵を貫け。風纏貫矢」
「大地の奥底に眠る金属よ、我が意に従い、鋭利なる刃と化して地上に顕現せよ。地刃創鋼」
「大地の力よ、古の木々に宿りて、巨なる兵を創り出せ。自然の守護者よ、我が命に応じ、歩み出でよ。巨樹創兵」
「大地の黄金よ、砂粒となりて、我が敵を穿て。輝ける砂金、放射の刃となりて前方を覆い尽くせ。砂金飛散」
「風よ、我が刃に宿り、天地を裂く竜巻となれ。渦巻く嵐で全てを飲み込め。竜巻大斧」
「水よ、我が呼び声に応えて波を起こせ。波紋生成」
「暗黒の風よ、夜を裂き、無数の花を咲かせよ。漆黒の旋風で全てを包み込め! 闇風咲花」
「大地の力よ、我が箒に宿り、砂埃を巻き上げよ。砂塵箒」
「燃え盛る紅蓮の焔よ、我が刃の先より一直線に放たれ、すべてを焼き尽くせ。紅蓮焔線」
「聖なる風よ、汝の力を以て奇跡をもたらし、世界に希望を吹き込め。聖風奇跡」
「………………………………」
「力よ、我が槍の一突きに宿り、衝撃波となりて敵を打ち砕け。槍撃波」
「炎の力よ、我が拳に宿り、無限の火弾となりて連射せよ。火拳連射」
「聖なる金色の炎よ、我が剣に宿り、敵を焼き尽くす力を放て。聖火剣放」
「闇の力よ、鎖となりて我が敵を縛れ。闇鎖操」
「毒の海よ、液体の瘴気をもって大地を腐蝕し、邪悪なる沼を創造せよ。毒沼創成」
「鋏よ、広大な領域を断ち切り、我が道を切り開け。魔力断斬」
「氷の斧よ、我が手に集い、凍てつく風で全てを凍結せよ。氷斧凍風」
「虚空の力よ、巨大なる盾を創り出し、敵を押し潰せ。虚空盾撃」
「双刃よ、無数の衝撃波を生み出し、敵を貫け。双刃波動」
「蠍の毒よ、長剣の刃に宿り、敵を貫け。蠍毒刃射」
「蜂の群れよ、毒を持ちて敵を襲え。蜂毒襲撃」
「水の精霊よ、裁きの雨を降らせよ。水弾雨降」
私以外の全員が魔法を詠唱することで…………一人無言の奴がいるような…………いや、私以外の全員が魔法を使い、周囲にいたフリグロウスを一蹴する。そして…………残された親玉らしきフリグロウスが奥から現れる。大きさは他のフリグロウスの三倍近くあるだろうか。
「ふむ、親玉か。であればあれは私の獲物」
私は前に出る。誰にも見えないスピードで…………私にとって最も動きやすい早さで…………私は速い訳ではない。私は早いんだ。
私が蹴ると、10メートル級のフリグロウスは木々をなぎ倒し吹き飛んでいく。私の普通の早さは…………君達には早すぎるんだ。
無言の奴は誰かわかるまい…………。




