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第1話 夢は突然目の前に

パスカ龍王国の王太子がミリステア魔王国を去って1週間。

今日も陽射しは暖かく、多くの人々が願った日常はすっかり日々に溶け込んでいた。



けれど、わたしの生活は変化があった。しかも2つ。



ひとつは2級魔法薬師として任せてもらえるお仕事が増えた。

舞踏会の一件から多くの貴族とのやりとりに支障がないことを評価されたらしい。

あとは経験あるのみと他の2級魔法薬師と調合の指示を受けてはあちこちの屋敷に連れて行ってもらっている。


ミカルガさんたち1級魔法薬師の方々にも教鞭をってもらうことが増えた。こちらがお願いするべきところ申し訳ない気持ちを伝えると、みんな口を揃えて『どうしても1級の人が足りなくてね……』と目を泳がす。

1級になれば王族専属か希少な病気の治療や新薬の研究か、やれることが多いために常に人が足りないのだという。



「メイシィは次の1級魔法薬師の大本命って有名になっちゃったよなー」

「え、そうなの?」

「そうなの。だって一般国民が多い薬師で貴族とまともに話せるなんて希少なんだよ?薬作るより難しいよ」

「そうなの……?」



同じ言葉とは思えないよ……。とマリウスが敬語の本を閉じた。

貴族と失礼なく会話ができることは2級に上がるために必須技能らしい。

あとから聞いた話だけれど、薬師で出世するには誰もが一度ぶつかる壁だとか。

わたしは幼少期から触れる機会があったからよかったけれど、いちから学ぶには大変そうだ。



「メイシィ、次の薬のレシピだ。調合を頼む」

「はい、ミカルガさん。……飲み薬のようですが用途は何でしょうか」

「何だと思う?意図を想像してみろ」



ミカルガさんは少し態度が変わった気がする。

よく考えれば当たり前だ、自分と同位の立場に立とうとしている相手に手加減は無用なのだから。

逆に考えれば、それだけまた実力を認めてくださったということになる。

ミカルガさんの考えはおそらく後者が強いと思う、とても嬉しい。



「そう、ですね……」



ミトコ草とカゲリノ実をすり合わせたものに雪雲ゆきぐもの木の樹液とその他もろもろ。対熱の属性付与までついている。

付与魔法なんて高級薬だ、さすが貴族向け。



「まず材料を見るに胃薬です。一般的な素材ですが粘度が高いものが混ざってるので固形の薬を好む方が飲まれるのかなと思います。

魔法付与から察するに発熱されているようですので、何らかの理由で熱が出てしまい胃の調子を崩してしまったのではないでしょうか」

「なるほど」

「熱はどのくらい高い状態が続いているのでしょうか?胃の調子を優先にしているようですが、高さによっては対熱効果は弱い方が良いかと思います」

「ほぅ。惜しいな」



ミカルガさんは頭から2本生えている羽角うかくを揺らした。



「少し考えすぎたようだな。今回は胃を先に壊している患者だ。発熱の兆候があるため先まわりで対熱効果を付与しつつ悪化する前に胃を整える意図がある。

だがお前の意見はまったく正しい。今回は対熱効果を弱く調合するように」

「はい。最優先で調合します」

「正しい。よろしく頼む」



以前よりもだいぶ難易度が上がって苦労は多いけれど、こちらの方がやる気が出る。

知識が増えていく感覚は悪くないしね。




さて、もうひとつの変化はクリード殿下の様子だ。

少し前に突然告白されてからというもの、わたしに対する遠慮がだんだんとなくなってきた。


わたしの仕事が忙しくなったことを知ってるからか、今までより少しだけ会う頻度が下がり、自室の扉の下に手紙が置かれるようになったのはいいのだけれど。

内容は完全にラブレターで、甘い言葉が並び、近況が綴られ、また甘い言葉が並ぶ。


気持ちがもたれるサンドイッチレターとクレアに言ったら笑われた。



そして直接お会いしてお茶をするときに至っては、



「殿下、またよろしいのですか……」

「ああ、もちろんだ」



最近貴族の間で流行っているという、ミミ牛のミルクを使ったクリームのケーキ。

イチゴが隙間にぎっしりと詰まっていてとてもおいしそう。

手元にはケーキによく合う飲み物として定番の紅茶。


すべてわたしの横にぴったりと貼りつくクリード殿下の自作である。

もしかして、会う回数が減ったのは準備に時間がかかるようになったからでは?



「さあ、食べてくれ」



近い、近いよう。

ふとももがしっかりと触れている。筋肉質の固いそんなものに耐性があるわけない。

わたしが冷静でいられるわけがない。

わかりましたいただきますと裏返りながら声を上げて、わたしはケーキの皿を受け取りつつちょっと距離を取ろうと試みる。



「はあ、メイシィ、また逃げようとするのかい?」

「え」



ぐいっと腰が掴まれてあっという間に元に位置に戻ってしまった。

かわいらしく絞られたクリームの先がひょこっと揺れる。



「寂しいことをしないでほしいな。ああ、もしかしてわざと……!?」

「いえ違います」

「なんて愛らしいんだ!」

「違います」

「どうしてほしい?メイシィ、前にしたことがお望みかな?」



ずいずいと顔を近づけてくるのでケーキの皿でガードする。



「膝の上に座る?それとも足の間?はっ……まさか手ずから食べさせてほしい?」

「~~!!

いいですいらないです自分で食べますいただきます!」



恥ずかしい思い出を掘り返さないで!


クレアの呆れ顔を視界の片隅に入れたまま、わたしは言われるがままひとくち。

あああああ、おいしい、おいしいよう。

程よい酸っぱさが控えめなクリームの甘さに包まれて口いっぱいに広がる幸せ。捕えられたら最後、わたしが敵うはずもなく。



「おいしいです……!」



女性が意中の男性の関心を得るには料理よね!意中じゃないけど!とクレアの言う通り薬草クッキーでクリード殿下の胃を掴んだはいいものの。

何倍にも返されてこちらの胃を鷲掴みにされている。


自覚はあるのよ、抗えないだけなの。

だからクレア、首を横に振らないで!



「そうだろう。ちょうどよい固さのクリームを作るのに苦労したんだ。おいしいね」



わたしの口についたクリームが自然な流れで殿下の指から口へ。

もう!ほんとに!やめてよ恥ずかしいから!



「殿下、前にも言いましたがそのクリームは汚いので食べてはいけません」

「汚い?君についているものが汚いわけないだろう。ご褒美だから気にしないでくれ」

「ごほっ……」



変態なの?変態なんですか?

言いたい気持ちをぐっとこらえていると、ふいにコンコンと扉を叩く音が聞こえた。


ここは殿下の執務室なので、来客はごく自然。

邪魔にならないようわたしは立ち上がり――――肩を掴まれ座らされ――――クリード殿下の一声で扉が開かれた。



「失礼します。クリード殿下」

「やあローレンス」



ユーファステア侯爵家の長男でラジアン殿下の側近、ローレンス様だ。

舞踏会でちらりと見た気がするけれど、以前お会いした時と同じ姿、そしてわたしに目を止め眉間に皺を寄せるまでも変わっていない。



「お楽しみ中のところ申し訳ございません」



棒読みだ。目線に色々な思いが見て取れる。

この状況はわたしのせいじゃないことだけでもわかってほしい。



「突然ではございますが、クリード殿下とそこのメイシィ嬢にカーン陛下より謁見の要請が下りました。すみやかにご準備を」

「父上が?ローレンス、どういうことだ?」

「……パスカ龍王国の王太子、王女の来訪について直接メイシィ嬢にねぎらいの言葉を伝えたい、とは聞いているが、詳しいことは俺にもわからん」



クリード殿下の幼馴染の立場に切り替えたローレンス様。納得していない表情をしていて不機嫌の様子。

それでも後ろに連れてきた侍従たちを呼びこむとわたしに目線を向けてきた。



「簡単に身なりを整えてくれ、メイシィ嬢」

「か、かしこまりました」

「クリードは先に謁見室へ行くと良い、彼女は俺がエスコートする」

「な、彼女は私が」

「いいから先へ。この件、ラジアン殿下が絡んでいるようだ。彼女に負担をかけたくないなら用件だけでも先に掴んでおいて損はない」



この国の王太子の名前が出た瞬間、クリード殿下は顔色を変えた。

なんだか今日のローレンス様は前のようなトゲを感じない。どちらかというとクリード殿下とわたしに味方している口ぶりにさえ感じる。

侍従に急かされて立ち上がるわたしと殿下の間に、仕切りが次々と運ばれていく。



「メイシィ、またあとで会おう」



仕切りの向こう側から殿下の声が聞こえた。




――――――――――――――――




それから30分ほど経ったころ。

わたしは謁見室の重厚な扉の前に立っていた。

最後に来たのは『クリード殿下から世界を守れ』といきなり言われたときのこと。

もう1年半以上前のことだ。


皺ひとつない紺色のワンピースはもともと着ていたけれど、与えられた白衣は金のブローチとチェーンではだけることがないように留められてた豪華なものだった。


いつの間に用意されていたのだろう。やけに身体にぴったりだ。

いったい何を言われるのだろう。クリード殿下と一緒になんて。


扉が開かれる。

その向こうにいた人数の多さに、わたしは飛び上がりそうなほど驚愕した。




「……薬師院所属 2級魔法薬師 メイシィ、陛下ならびにみなさまへご挨拶を申し上げます」

「よく来てくれた。メイシィ。クリードの隣まで来ると良い」



ミリステア魔王国 国王 カーン5世は以前お会いした時と変わらず穏やかな表情で迎え入れてくださった。

震える膝に鞭を打って、なんとか一歩一歩とやわらかい絨毯を進む。


やがてクリード殿下の隣で止まったとき、こっそりと様子を伺ってみる。



「?」



酷く青い顔をされていた。

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