第5話 残滓をかき集め
「だから妖精たちはもともと『感情』に反応しやすい存在なの。
クリードを見ればよくわかるでしょう?」
暖かい風が頬をかすめる庭園。
サフィアン様が隠居の地に選んだ決め手だったというこの場所には、わたしたち2人しかいない。
「はい……殿下の感情に妖精が強く反応してしまい、いろいろな現象が起きていると考えています」
「ええ、そうね」
すこし困ったような、それでも孫が愛おしくてたまらないような。
わたしのような若輩者にはできない不思議な表情をしている。
「妖精の属性ごとに反応する感情にはおおまかな傾向はあるけれど、定まってはいないの。
クリードの周りにいる妖精でいうと、怒りは『炎』、悲しみは『水』、混乱は『風』、そして『悔しさ』は花、というところかしら」
確かに、今までの殿下の現象を考えれば間違っていない。
でも……気になることがある。
「妖精たちはどうしてクリード殿下の感情に強く反応するのでしょうか?」
「確かに、クリード以外……例えばわたしのような妖精使いでも同じような反応があると思うでしょう……」
その時、サフィアン様は初めてわたしに悲しい表情を見せた。
軽く頭を横に振ると、黄色く透き通った髪飾り、おそらく宝石のシトリンが揺れる。
「強い感情に囚われない限り、妖精たちはここまで大きな力を行使しないわ。
すべて『闇の妖精』の仕業なのよ」
「闇の妖精ですか!?」
あ、まずい!なんて不敬なことを!
思わず荒らげてしまった声を慌てて喉の奥へ押し込めた。
妖精の中には、属性とは異なり『活性化』の力を持つ貴重な種類がいる。
光の妖精と、闇の妖精だ。
光の妖精は『再生』の活性化の力を持ち、怪我の治療など、本来あった姿に戻すよう万物に力を与えることができる。
ミリステア魔王国の初代王妃は光の妖精の加護を受け、多くの人々を戦死から救った『聖女』だったとか。
それに対して闇の精霊は『破壊』の活性化の力を持つ。
近寄っただけでも術者の魔法を暴走させたり、凶暴化させたり、あらゆる力や感情を増幅させてしまうという。
ん?つまり、クリード殿下の一連の現象は……。
「クリード殿下は、闇の妖精にも好かれていらっしゃるということでしょうか?」
「ええ、その通りよ。あまねく『すべて』の精霊に愛されているのがクリードなの」
クリード殿下が悲しめば『水の妖精』が反応し、それに『闇の妖精』が増幅。
そうやって大雨が降っていたということか。
「そう……でしたか……」
どうやら、わたしの考えは甘かったらしい。
クリード殿下の周りにいる妖精たちになんとかして力を抑えるよう説得する方法がいいと考えていた。
だけれど、それは妖精たちが『力を抑える』ことができるのが前提だった。
闇の精霊によって意図なく増幅させられてしまっているのであれば、どうしようもない。
「ねえ、メイシィさん」
「はい」
「どうすればいいと思いますか?」
紅茶を一口飲んで、音もたてずにカップを置いたサフィアン様は口を開いた。
じっとこちらを見つめてくる瞳の奥に、何か知らないものがちらつくのを感じる。
思わずこれ以上伸びない背筋を伸ばしてしまった。
「このままクリードの周りで危険な現象が起こり続ければ、やがて悲劇が起こることもあるでしょう。
今までも、多くの侍従たちが怪我をして、多くの国民が災害によって住む街を出ていくことになった。
クリードは王族として国民を守る立場です。その者が民を傷つけている。
すべて感情によって引き起こされるのであれば、《《彼の感情を殺してしまえばいい》》、と思いませんか?」
「それは違います」
わたしは思わず被せる勢いで返答してしまった。
相手の身分を考えず言ってしまったけれど、そんなことを気にしている余裕はない。
何も言わないサフィアン様の様子が続きを求めているようだったので、そのまま口を開くことにした。
「確かにきっかけであるクリード殿下の感情をなくせば起きることはないでしょう。薬でも何でも手段はございます。
でも、それはクリード殿下の人生を壊すことと同義です」
『黒薔薇王子』なんて言われている殿下は、幼少期より妖精に悩まされていたのは事実だ。
いつもの雷雨や物がひっくり返るだけではない、以前陛下と面会したときに教えてくれたように火山の噴火だって引き起こす。
だけれど、彼が今までそのことを『辛い』と言ったことがあっただろうか。
「妖精の存在を、誰よりも殿下ご自身が前向きに受け入れていらっしゃるのに、周りが受け入れないでどうするのか、そう思うのです」
「……そう、あなたはそう思ってくれるのね」
「はい。それに、妖精のいたずらも時にはそう悪いことではないんです」
「あら、そうなの?」
サフィアン様の不思議そうな顔は、きょとんとしていて何だか可愛らしい。
親しみを感じたわたしは、少し破顔した。
「落ち込んでいる殿下の顔と花びらがあまりにも似合っていなくて、つい笑ってしまうのです」
「ふ、ふふふ……」
面白そうに口に手を当てて笑う姿に、つられてわたしも笑ってしまった。
――――――――――――
それから、どのくらいサフィアン様とお話したのだろうか。
わたしの花の妖精について相談するつもりだったのに、いつのまにかクリード殿下やご兄弟、わたしの生い立ちの話で盛り上がってしまった。
2度も暖かいお茶が運ばれてきたころ、あらまあ、サフィアン様は声を張った。
「どうやらお話しすぎてしまったようだわ。つい楽しくて、ごめんなさいね」
「いいえ!わたしもとても楽しくて時間を忘れてしまいました。こちらこそ申し訳ございません」
「わたしがあまりにあなたを引き留めるものだから、癇癪を起こした子がいるようね」
癇癪?
首をかしげて見せると、サフィアン様は不意に横を向いた。
口は動いていないものの、なんだか何かと話しているような、声を聞いているような。
もしかして、妖精と会話をしているのだろうか。
「ほら、お迎えがきたみたいだわ」
後ろを振り向くと、遠くからでもわかる金色と白色の姿。
すらっと背の高い男性といえば……。
「クリード殿下?」




