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エピローグ 月はまだそこにある ②

「魂のスケール?」

「はい、感覚も発想もとにかく大きすぎるのです。今回の件でキュクロプスはあなたと縁を結んだ。あの女にはそれだけで十分なのです。普通の人間であれば関係性は時間経過とともに劣化していく。それゆえ形のある契約関係を結ぶのでしょう。しかし、アレにはそんなものは必要ない。たとえ一夜の縁であっても未来永劫それを信じることができる。アレと再会したとき、まるで挟んだ栞を開くようにそのままだったでしょう?」

「…………確かに」


 正確に言えば、あのときはニアもイーもお互いに嘘をついていたわけだが、それでも最初の出会いがまるでそのまま繋がったかのようだった。魂のピースがピタリと嵌まる感じ。そういった感覚を他人に感じたのは初めてだったが、それが貴重であることはニアでもわかる。


「あの女は天気雨に浮かぶ虹のようなものです。見た目はきれいだが、迷惑千万。そのうちまたひょっこり現れますよ、嫌でもね」


 訳知り顔でイーのことを話すムジナを見てニアは心の中で笑う。


「(それはアンタも一緒でしょう?)」

「まったく仮想空間そのものがあの女の感覚領域だと思うとゾッとしないですね!」


 それでも心底嫌そうに話すムジナを見て、ニアは今度こそ笑った。

 たぶん顔の無い仮面の裏側を見られるのは一つ目の少女だけなのだろう。


「ふふ、それで、イーは結局何物なのよ?」

「??? 何物、とは?」

「月とか二重特性とかそういうのはさ、外から見た特徴でしょ? うーん、なんて言えばいいかなあ? 人となりは……ちょっと違うな、何というかあいつがどうして豆腐が好きでこの先どうしたいか。方向性の話?」

「ああ、ニア様が基本ものぐさの根っからのニート体質のクズだけど、外見だけは割といいからかろうじて救われている、みたいな話ですか?」

「…………う、うーん、そんなとこ、カナ?」

「…………そうですねえ、おそらくキュクロプス本人もそれはわかっていないでしょう。しかし、本人の意思に構わずに神聖視した人間たちがいたというの事実です。そして、一年に満たないうちにその教団は壊滅した。現実(リアル)、ネット問わずにです」


 そして、イーという名の少女が白い豆腐に出会ったのもその頃だという。


「…………イーもいろいろあったのね」


「そりゃそうですよ。世界で悩んでいるのは自分一人だと思わないことですね」

「それ、AKIにも言われたな…………」


 かつての友人の名を口に出したことで急に視界が現実感を帯びてきた。

 さあ、これからどうしようか?

 |自分を生き返らせた男《フランケンシユタイン博士》をぶっ殺すことだけをとりあえず目標にしてきたが、ひょんなことで唯一無二の手がかりを自ら叩き潰してしまった。人というのは不思議なものであれだけ地道に探してきたのに、それが少しでも途絶えると途端にやる気を失ってしまう。

 というか、すごくかったるい。

 ダメ人間の臭気を感じ取ったわけないが、ムジナが実にそっけない口調で居座る気満々のニート(生きた死体)の機先を制した。


「それはそうとニア様。そろそろご準備をお願いします」

「えっ? じゅんび?」

「なに可愛らしく小首なんか傾げているんですか。ここから出ていく準備ですよ。もうこの施設はファンドに売ってしまいましたので。居座ろうとしても何もありませんよ。電気も水道も止めたので。温泉もポンプが止まっているので出ませんから」

「えっーーーーーーーーーっ!!!!」


 空城と化した、かつての「神の貌」総本部にニート(生きた死体)の悲鳴が響いたが、もちろんそんなものを相手にする者は誰もいなかった―――。


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