10 未来世界のモノノケガールズ②
「どこまで猟奇的なのよ、あんた―――」
「大嘘つきのお姉さまがそれを言いますか? わたくしにプロポーズの言葉をかけながらその次の日には浮気をされたじゃないですか? わたくし、知っているんですよ?」
「??? AKIのことを言っているの?」
「空っぽのMR恋人なんてどうだっていいですわ! お姉さまは一番許せない相手と……そ、あの……いやらしい、ああ、なんて汚らわしい!」
「もしかして”代償行為”のことを言っているの?」
虹色の瞳が信じられないと言わんばかりに大きく瞠った。
「そうですわ! ニアお姉さまはよりもよってわたくしの偽物を作ったばかりか、あまつさえその偽物を何度も愛された! 許せない許せない許せませんわ! わたくしという本物がありながら偽物の方を愛されるなんて!」
よほど腹が立つのだろう。地団太を振るばかりか、角棒のような何かを怒りに任せてやたら無性に振るう。AR空間が引き裂かれ、電球やシステムが割れていく。
「何が、どうなっているの……?」
ムジナが耳元で囁く。
「ニア様、キュクロプスは私が仮面たちと同期しているように仮想空間上に無数の自分が”在る”のです。それらはどれもキュクロプス本人。言い換えれば巨大知性体の一部なのです。一つの魂しかない私たちにはその精神構造は到底理解できませんが」
「あんたたちが理解できないことを私がわかるわけないじゃない!」
「そうですか? 恋人が、しかも関係が始まったばかりの相手が自分のことを放ってポルノを没頭してたらそりゃいい気持ちはしないでしょう」
「…………」
ムジナの視線が刺さるようだ。しょうもない痴話喧嘩ですらない低次元のいざこざに巻き込まれて自分の郷を滅茶苦茶にされたのだ。思うことはそりゃたくさんあるだろう。
「まあとにかくニア様の造った仮想体がそれらに気づかれたのでしょう。アレの防御機能の一つでしょうね」
―――一人で仮想世界をダイブしていると、白い殺人鬼が現れて殺されるらしい。
―――白い服の殺人鬼に遭遇すると記憶の前後が喪われるという。
―――白い服の殺人鬼は記憶を殺す。
「ミザントロープの噂話。記憶を殺す白い服を着た殺人鬼はやっぱりイーだったのか」
「噂話? むしろネットの常識ですよ。誰ですか? そんなことを言ったのは?」
「えっ―――?」
感じる違和感。しかし、それもイーの咆哮によって遮られた。
「ああー! だから、わたくしの出来損ないはすぐぶっ殺してやりましたわ! もう1バイトたりとも残骸が残らないぐらい徹底的に! そんなときです。お姉さまが呑気な顔をして入ってきたのは。その顔を見ただけでもう腹が立って仕方がありませんでしたわ。最初は浮気現場を懲らしめてやろうぐらいの気持ちでした。でも、その怒りは決して不快ではないことにすぐに気がついたんですの。それどころかとても気持ちいい」
イーの手元にある角棒のような何かがその揺らめく感情に合わせて形状を変えていく。
「気がついたらお姉さまを愛していました♡ でも、悪いのはお姉さまですよ。だって、お姉さまだってご自分の都合のいい私の偽物を何度も何度も愛していたではありませんか。私だけ非難されるのはおかしいと思うのです」
獲物を求めて鎌首をもだける蛇頭のように動くと、何度も何度も睦言を交わしては振り下ろされたあのエンマ棒の形に変えた。
「うふふ、嘘つきにはエンマ様のお仕置きが必要ですわ」
「イー、あんた」
「ニアお姉さま、ずっとずっとお慕いしておりました。本当はお豆腐の名人になってから花嫁とてお迎えするはずでしたが、もうこの気持ちを抑えきれませんでした。人間だろうとAIだろうと仮想空間に存在するのであれば、わたくしのこの目は決して逃しませんが、ニアお姉さまはどういうわけかネットとの縁がひどく弱い。お姉さまが過去のお人だからでしょうか? だから、顔なしのコソ泥のところに残した”ネズミ捕り”がお姉さまを探知したときは飛び上がるほど嬉しかったですわ♪」
結局、ムジナもイーも自分のことを狙っていたというワケか。
まったくどいつもこいつも―――。
「ニアお姉さま、愛していますわ。今度も仮想体ではなく、本物のお姉さまを愛させてくださいな。偽物なんていらない、本物こそが永遠なのですわ!」
「まったくモテる女はつらいですね、ニア様」
いつの間にいたのだろう。エレベーターホールのガラスの向こうに宿泊客たちがガラスを頬を擦り付けるようにぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。そして、自動扉が開くと雪崩を打つようにニアたちの方に殺到してきた!
「はあー、まったく無粋ですわ。これがあなたの最後の手段ですか」
「そうだ、キュクロプス。仮面の中にサブリミナルを仕込んだ。あの人間たちはいわば無線誘導兵器そのものだ。オフラインで動くからお得意の直接干渉はできないし、あの数ではいくらお前でも太刀打ちできまい!」
ムジナの言う通り宿泊客たちは次々とイーに襲い掛かる。その動きはゾンビのように緩慢なものではなく、訓練された武術のように洗練されていた。
「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ、ですわ!」
手元の武器が再び角棒のような何かに変わるとイーはそれを宿泊客たちごと振り払った。
「ウソ、なんで。仮想体に直接干渉するためのものじゃないの?」
ニアが思わずうめくほどそれはあまりに出鱈目であった。




