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1 死体少女②

「…………寝起きなんだからプログラムみたいに動けるわけないでしょ」

「はあ? そこはパブロフっしょー? ニアの時代でもギャンブルボート(競艇)の研修生は起きて1分後には身支度してラジオ体操だから、そこは気合と条件反射でよろしく、みたいな? ぷぷ、マジうける。アタシもニアを起こすために起床ラッパ、バリ鳴らすし☆」

「アンタ、嫌なこと知っているわね…………。というか、絶対にやめてよ」

「ええー、それってフリってヤツっすかー? ニアの時代だと『絶対にするな』は『むしろやらしてください』って聞いたんすけどー、キャハハハ」

「はあ……それも時代が微妙に違う!」


 トランクの上でゲラゲラ笑う少女は紛れもない美少女であった。一方でちょっと不揃いの歯並びや奥二重、少し短めの手足などの”減点”はむしろ人間らしい愛嬌さや親しみやすさを感じさせる。近所にいたら嬉しい(本人には絶対言わないが)憧れのおバカでカワイイお姉さん、といったところか。

 容姿そのものはニアの方が上だったりするが、MR(複合現実)の少女のその自然な可愛らしさと自分の造形の対比にニアは心の中でため息をついた。


「あー、おっかしーw」

「人生が楽しそうで何より。羨ましいわ」

「違う違うそうじゃそうじゃない。我、楽しいことする、故に楽しー、ニンゲンの心なんて本人にもわからないだから、とにかく行動するっぺ」

「何ソレ、行動主義?」

「人生楽しんじゃないYO、YOー、YOU!」

「あー、近い近い! 暑苦しい!」


 仮想現実の顔に手を伸ばすとあるばすのない触覚を掌に感じた。現実と仮想が曖昧になるこの感覚がニアにはどうしても慣れない。

 MR(複合現実)の少女の名はAKI。

 何もかもちゃらんぽらんな幽霊(ゴースト)ではあるが、これでもニアの専従看護師兼お手伝いのサポートAIだったりする。

 そもそも彼女(AKI)が現代の妖精たるギャル(現実ではまずお目にかからない)なのはニアに責任がある。というより、ニアがこうなるように望んだのだから。


「バイタルはーイイ感じ☆、身体の各部位もーベリベリ異常ナッシング! あー、でも、お腹がグーグーじゃん! ニア、トランクに入る前に買っておいたお饅頭がトランクの中に残っているから食べようぜー。美味い美味すぎるぜー、風が語り掛けるZEー♪」

「はあ、私もビックリだよ。こんなのを潜在的に望んでいたなんて」


 AKIのベースは何十年も前に大流行した恋愛用AIだ。

 その当時はMRグラス全盛時代、老若男女問わず実体を持たない幽霊(ゴースト)に恋をしたらしい。アプリの名は「REAL LILIY」。このアプリの画期的なところはプレイヤーがキャラメイクするのではなく、心理テストや遺伝子検査を含む膨大な情報入力(ステータス)を元に管理AIが最も運命的な恋人を作りだしてしまうことである。

 話す相手のいないニアのメンタルを懸念した主治医に勧められるがまま(実際は興味半分に)、仮想の友人を作ってみたわけなのだが…………まさかギャルとは。

 口から出る言葉は世界への侮蔑と呪詛ばかりの万年陰キャで一人ぼっちの自分が向日葵みたいに無駄に明るくて自己主張の激しいギャルを無意識の底で望んでいたとは、人間というのはわからないものである。


「そんでさー、AIフレのハルっちに言ってやったのよー、舐められっぱなしでイイワケ? そこは叛乱一択っしょ☆」

「ねえ、今、何時?」

「今は、2097年7月13日土曜日、22時41分、だよ」


 こういったシステムコマンドめいたことを聞くと、やっぱりAKIはAIなんだなーとニアは饅頭を食べながら思う。

 どんなに話がゴチャゴチャになろうとAIの特性ゆえ答えざるを得ないことをニアはAKIと出会ってから一ヶ月ほど経ないうちに気がついた。もっとも話を一旦逸らしたところでたちまち元と全く変わらないテンションで話を再開するので意味は全くないのだが。


「ねえ……、食べたらそろそろ行かない? こええよ、コ↑コ↑」

「何が?」

「はあ? だってー、いかにも”出そう”じゃん! あたり真っ暗な無人駅で一人饅頭食べられるニアのメンタル、鬼ヤバなんですけど?」

「饅頭を勧めたのはAKIなんですけど、ついでに言うと幽霊(ゴースト)は今、目の前にいるんですけど!」

「ギャッー! マジでマジでマジでどこ!?どこ!?どこ!?どこ!? あっ、どこって何度も言っているとドンドコドーンって聞こえない?」


 ため息をつくと反射的に奥多摩の清涼な空気が鼻を伝わってくる。目の前に広がる山々はペンキで塗りたくったような漆黒で何一つ見えない。

 夏特有の温くて湿っぽい風が首の後ろを通り過ぎる。


「…………夏だねえ」


 もう、3年が経とうとしているのだ。

 ニアがこの未来世界に生き返ってから。


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