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7 貉②

 天狗―――鼻が高くて翼を持つ山伏姿の妖怪。確かに時山の鼻は高かったが、さすがにあれほど高くはなかった。ニアは訝しんだ。


「ムジナ、そうなのでしょう?」

「残念なことにその通りだ。さすがの慧眼だな、キュクロプス。ニア様、『天狗』というのは我々と同じように”彼ら”を指す通称なのですよ」

「”彼ら”?」

「ええ、ニア様が賽の河原で石遊びをしている間に現世では遺伝子操作とAIによる環境調整によってより進化した人間たちが誕生しました。もっともホモ・サピエンスという枠組みを超越するほどの生物ではないのですが、それでも彼らは生まれながらにして高度な情報処理能力を持ち、それらによって彼ら独自の生体ネットワークを形成しています」


 そして、外見上の共通の特徴として高い鼻を持っていることから「天狗」と呼ばれるようになったとムジナは語った。

 自らを「ネオ・サピエンス」と自称する天狗にとって旧人類の属する国家などそれこそ鼻で笑うような価値しか持たず、個々人が持つその比類なき能力によって国家間の裏で暗躍しているという。時山が語った無人兵器の有償貸与もおそらく多分に真実が含まれているのであろう。


「でも、その天狗がどうしてあんたたちの記憶を狙ったわけ?」

「我々はこの国における重要人物を多数顧客として抱えている。今では限界国家として滅びを待つだけだが、それでも価値はある。我々が事実上の治外法権のお墨付きが得られているほどにはね。そして、時山たちが拘っているのもまたこの国なのだよ」


 つまり、とムジナは言った。天狗たちは自分たちこそが純粋な日本人だと自負しているだという。日本神話に伝わる天地開闢の神々の子孫であると。


「日の本という国は神の子孫が治めている万世一系の神権国家だ。彼らの中に流れるその血縁がそう思わせるのだろう」

「馬鹿じゃないの。既存の国家や民族を鼻で笑いながら、そのくせ血統主義に拘るの? 思いきり矛盾しているじゃない!?」

「極端な思想は往々にして表裏一体なのさ」


 無政府主義(アナーキスト)でありながら極右主義者。厄介者以外の何物でもない。そんな連中と関わるのは死んでもごめんである。


「そして、君にも我々の記憶データを欲しい動機がある」

「…………」

「君が時山から『神の貌』初代代表のことを聞いていることを我々は確認している。君にとっては喉から手が出るほど欲しいはずだ。なにせ今までどんなに探して得られなかった復讐相手の個人情報なのだから」

「…………もしデータが見つからなかったら?」

「君を含めて今夜滞在している(ゲスト)の全記憶を完全精査(フルスキヤン)する。後遺症の可能性は残念ながら否定できないが、我々も存亡の瀬戸際なのだ。手段は選べる余裕はない」


 いつの間にか障子の向こう側に多数の人影が取り囲んでいた。刀や槍で武装した影絵たちは月夜も手伝って御伽話めいていた。


「条件を出そう」


 そう言ったムジナはニアではなくイーを見ていた。当のイーは退屈そうにあくびを押し殺している。


「ニア様には日付が変わるまでに記憶データを探し出してもらいたい。もし見つけることができれば、()()()()()()()()()を提供するし、あなたがそもそもこの施設を訪れる理由となった記憶の施術ももちろん行う。そう悪い話ではないと思うがね」



 あっさりと解放されたニアとイーは参号棟の前に立っていた。時山の宿泊していた参号棟は壱号棟、弐号棟と並んだ一番手前側にあり、豪華ホテル顔負けのロビーが広がっていた。


「ねえ、イーはどこに泊まっているの?」

「わたくしですか? わたくしは壱号棟のスウィートホームですわ。もしかしてお姉さま、お部屋に遊びに来てくださるんですか!?」

「はいはい、この事件が解決したらね!」


 係員に案内されて時山が予約していた部屋のドアを開く。時山の部屋はさほど広くはなかったが、ベランダいっぱいに造られた半露天風呂風の貸切風呂があった。


「何もないですわねえ」


 返却されたMR眼鏡を通して事件直後の部屋のARを重ねてみるが、変化はほとんどない。時山が唯一遺した小さなスーツケースも着替えとアメニティグッズが僅かにあるばかりでバスタオルさえ見当たらない。


「データを外部に送信した痕跡がないとしたらやはり物理メディアしかないか…………」


 この時代では分子メモリと呼ばれる技術が一般化しており、山本似愛の時代のHDDの1万倍の容量があるらしい。原理はよくわからないが、プレイステーション4の全ソフトが入り切るぐらいは少なくともあるだろう。


「ねえ、イー。物理メディアと外部送信以外でデータを運ぶ方法はないの?」

「そうですわねえ…………」


 イーは顎に手を当てて少し考えていたが、やがて、何かを思いついたらしくポンと掌を叩いた。


「お姉さま、ありますわ!」


 そして、自分の頭を指さしたのであった。


「ここ、ですわ!」


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