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3 人間嫌い②


「すみません。同乗させてもらっちゃって」

「いやいや、別に構わないよ。こっちこそこんな臭い車に乗せちゃって悪いね。気になるなら窓を開けてもらって構わないから」


 男はそう言うと後部座席側の窓を2センチほど開けた。車の隙間から夏の生温い風が入ってきてニアの前髪を揺らした。実際のところ男が言うようなタバコの臭いはほとんど気にならなかった。むしろ風が運んでくる森林の匂いの方がよほど強い。


「これはあなたの車ですか?」

「うん。あなたみたいな若い人には骨とう品みたいでしょう? でも、この臭いでタクシーからは拒否されるし、それに自分で運転するのが好きでね」


 そう言いながら、ハンドルを握った男は細い山道を悠々と進んでいく。運転好きと公言するだけあって運転技術は高い。男の運転する三菱のガソリン車は舗装が行き届いていない道でもスイスイ進んでいく。早すぎてむしろ怖いぐらいだ。

 カーブを曲がる度に街灯の光に男の横顔が照らされる。

 高い鼻が印象的なひどくハンサムな顔だった。年の頃は40代後半ぐらい、ケビン・コスナーやリチャード・ギアといった一昔前の映画俳優を彷彿とさせ、陰の中でどこか皮肉っぽく微笑む顔はまるでハードボイルド小説のようだ。

 男は”時山”と名乗った。


「しかし、通信障害だなんて本当についてなかったね」

「最近、多いですよね」

「まあ、一応今は戦時中だからね」


 第3世代衛星コントレーションが地球の表面を覆いつくしている未来世界においては完全に通信がダウンすることは考えられない。もちろんメインの回線は今でも地中に埋められた有線ケーブルだが、二重三重のセーフティーネットが構築されている。

 ここ最近頻発する通信障害の原因はズバリ戦争による通信妨害である。それもウィルスのようなサイバーなものではなく、地球の裏側から飛来した自立型ドローン衛星が直接衛星を攻撃するのだ。この星空の上ではロボコンみたいな戦争が今まさに繰り広げられている。平和国家そのものだった日本に生きていた山本似愛には隔世の感を禁じ得ない。


「私は時山さんに拾ってもらってラッキーでしたよ」

「ははは、ニコチン中毒もたまに他人様の役に立つもんだね」


 それにしてはタイミングが良すぎるきらいがなくもないが。

 山本似愛の時代なら立ち往生した女を狙った送り狼を疑うし、そもそも深夜に見知らぬ男と二人っきりで同じ車に同乗することなど絶対に考えられない。

 しかし、AIとの仮想体験が代替行為以上の意味合いを持つようになったこの世界では、現実(リアル)での行為はほとんど形式的あるいは契約的行為と化してしまっていた。この時代では専用アプリで同意を確認しあってから行うのが絶対に守るべきルールなのである。

 そう。理屈ではわかってはいるのだ。でも、やはり不安を完全に拭うことは難しい。もっともニアがその気さえあれば、こんな男の一人や二人―――、


「―――それで、『顔無し』の連中にどんな用事があるんだい?」 


 唐突に、まるで山の天気を尋ねるような調子で時山は言った。


「とても変わった温泉があると聞きまして。何でもその温泉街では客も従業員もみな仮面をつけて過ごすんでしょう? 大昔の仮面舞踏会みたいですごく楽しそうじゃないですか?」

「記憶が無くなるほど楽しい経験ができそうかい?」

「…………」


 暗闇の中で時山がふっと笑うのをニアは認めた。


「いや、別に君の消したい過去に詮索したいわけじゃない。オジサンの単なるお節介だよ。もちろん記憶の重さは人それぞれだ。他人には軽く思えるようなことも本人には生き死にに直結することもある。でも、いざ実際に話してみると意外と大したことがなかった、というのもまた人生の真理だと思うけどね」

「…………」

「ははは、ごめんごめん。かなり軽率な発言だったかな」


 どうやら時山はニアが青臭い記憶を消したいと思っているらしい。実際はしょーもない身から出た錆なのだが、それはそれで話しづらいので黙っていた。


「僕はあそこの常連なんだ」

「常連になるほど消したい過去があるんですか?」

「はは、これは手厳しい」

「”意外と大したことない”記憶でもないと?」

「こりゃ参った。私の負けだ」


 呵々と時山が笑うと高い鼻が殊更高く照明に照り映えた。まるでアメリカのホームコメディのようでこちらも笑われているような気分になる。

 パンパンと爆竹のような音をたてながら車が峠道を駆け抜けていく。


「―――僕はね、殺人鬼なんだ」

「…………はっ?」


 いきなりのカミングアウトに握っていたアシストグリップがミシリと軋んだ。

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