第9章 小さな探偵と私
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アンディーは貴族達の情報を得るために、男爵夫人である母エリーが外出する度に、必ず一緒について行ったらしい。
「お母様から離れるのが嫌だなんて、甘えん坊さんね」
と周りからからかわれながらも。
人形のように愛らしい顔をしたアンディーは、どこへ行っても人気者で可愛がられたそうだ。
それに叔父があの英雄のフィルベルトであり、顔も瓜二つだったのだから、それもなおさらだったろう。
見た目はまだ幼な子でも、精神年齢はとうに成人を過ぎていたアンディーが、甘えん坊で無邪気な振りをするのはかなり辛いものがあったと思う。
本当に申し訳無さで一杯になっしまった。
元のフィルベルトだった時も、彼は厳しい家庭環境で育ったためか、弟でありながら人に甘えるより、自分より年下の者達の世話をするタイプだったのだから。
まあその対象は主にエリザベスだった私なのだけれど。
そんなアンディーが私のために内心引きつりながら、天真爛漫な天使の振りをし続けてくれた。
そしてその長年の努力が実を結び、ついに女神様が奇跡が起こしてくれたとアンディーは言った。
それは私の両親が事故に遭う、少し前の頃だったという。
ある日いつものように、奉仕活動をするエリーと共に馬車で聖堂にやって来た時、聖堂の前には既に一台の馬車が停まっていた。
かなり高級感がある立派な馬車だったので、さぞかし高位の貴族の家の馬車なんだろうなと、そんなことを考えながらアンディーが馬車から勢いよく飛び降りた時、前に停まっていた馬車の御者と目が合った。
その瞬間その御者は、まるで幽霊でも見たかのような顔をして、アンディーを見た。
「ゴルゴート、お昼前には迎えに来てちょうだい。ゴルゴート、ちょっと聞いてるの?」
お嬢様に名を呼ばれても聞こえないのか、その御者はただ呆然とアンディーの顔を見続けた。そして小さく「女神よ、赦し給え」と呟いた。
「御者のおじさん、ご令嬢が呼んでますよ!」
アンディーが声をかけると、御者ははっとしてご令嬢の方に顔を向けると慌てて謝罪した。
「すみません、キャリアーヌお嬢様」
アンディーはそのままもう御者を見ることもなく、エリーと聖堂の中に入って行った。
彼はその僅かな時間で十分過ぎるほどの情報を得ていた。しかもそれは彼がずっと手に入れたかった情報だった。
先ほどの高位貴族と思われたご令嬢は、おそらくマクレール公爵家の末娘のキャリアーヌ嬢だろう。
そして御者の名前はゴルゴートというらしい。しかし、おそらくそれは生まれた時に付けられた名前ではないだろう。
いくらパニクっていたとしても、あんなに何度も名前を呼ばれていたのに反応しなかったのは、元からの名前ではないからに違いない。
あの御者の自分を見る目は異常だったとアンディーは感じた。そう、幽霊とかこの世に存在するばずがない者を目にしているような、そんな目だった。
「女神よ、赦し給え」
と彼はつぶやいた。つまり女神に許されないようなことをしたと告白したようなものだ。
その後アンディーがマクレール公爵家の使用人達から聞き出しところによると、ゴルゴートという名の御者は、七、八年前まではとある子爵家で御者をしていたらしい。
ところがその子爵家が没落したせいで、彼は失業してしまった。その時たまたま公爵家でも御者が突然やめてしまって、代わりの御者を探していたらしい。偶然それを知った知人を介して、ゴルゴートはマクレール公爵家に雇ってもらったのだという。
「子爵家で働いていた頃は酒や博打で借金抱えていたらしいけれど、公爵家に来てからは酒も博打も止めて真面目に働いているわ。
駄目人間をわざわざ雇って更生させたのだから、うちの当主様って大した方よね」
と侍女が言っていた。そこでその後、ゴルゴートが以前働いていたという、その没落した子爵家を調べてみた。
するとその子爵は予想通り、アンディーとして生まれ変わる前のフィルベルトを轢き殺した、馬車の持ち主だった。
不可抗力の事故だったとはいえ、この国を疫病から救った英雄を殺したとして、子爵家は世間の人々から白い目で見られるようになった。
そして商売はうまくいかなくなり、多大な借金を抱え込んで払いきれなくなり、とうとう使用人には事前に何の説明もなく、家族だけで夜逃げしてしまったらしい。
そのことでゴルゴートは他の使用人達から酷く恨まれた。そして一年の禁固刑を受けて戻ってくると、彼の両親や妻、そして幼い子供達を残して姿を消したのだという。
その子爵家はマクレール公爵家とは敵対する勢力の一門だった。おそらくヘイレリーは、その敵対勢力に一矢報いるために、借金まみれのゴルゴートに目につけたのだろう。
彼は馬の扱いだけは上手いと評判のゴルゴートを使って、事故に見せかけて英雄を殺害したのだろう。
そうすれば、子爵家を潰せて、しかも自分が王太子になるための障害になりうる人物まで取り除けるのだから。
依頼料をもらって英雄を殺して借金はなくなったが、結局雇い先である子爵家は潰れ、仲間達や家族からは恨まれ、ゴルゴートは相当後悔したに違いない。
いつも何かに怯えている臆病な男らしい。しかし、博打場などの裏の世界に身を置いていたくらいだから、本性は案外しぶとくてずる賢い奴だったのだろう。ただ泣き寝入りするタイプではなかったに違いない。
だからこそ口封じもされずに、今現在もマクレール公爵家で働いているのだろう。
「俺達のような問題のある人間を更生させ、仕事に就かせたら、公爵家は立派な社会貢献をしてるとアピールができますよ。そして、公爵家も庶民から人気が出ますよ」
とかなんとか適当なことを言われて、公爵達は彼の口車に乗せられたに違いない。
世間知らずの公爵や屋敷の連中など、庶民の強かな連中なら手のひらの上で簡単に転がせるだろう。
それにしてもそんな面の皮が厚い奴でも、さすがに『英雄』を殺したことに多少は罪悪感を抱いていたらしい。
『英雄』フィルベルトに瓜二つのアンディーの顔を見た瞬間に、彼は凍りついていたから。
それにそこがたまたま女神の住まいである聖堂の前だったことで、余計に暗示にかかったというか、何か思うところがあったのかもしれない。
もしかしたら、お前の罪は時がいくら経とうと消えはしないという、女神の声でも聞こえてきたのかも。
疫病が流行る以前のゴルゴートは、女遊びや博打に狂い、散々家族に苦労をかけていた。
特に妻には年老いた両親の面倒や子供達の世話を全て任せきりにした。その上に、彼女の稼ぎまで巻き上げるような鬼畜な真似をしていたという。
ところがそんな妻が疫病に罹ってしまった。無理を重ねていたために体力が落ちていたのだろう。
そんな最悪な事態になって、ようやくゴルゴートは目が醒めた。彼は必死になって妻を助けようと奔走して、ようやくあのサナーレの実を手に入れることができたらしい。
そしてどうにか妻の命を救うことができたのだ。
ゴルゴートの一家にとってフィルベルトは、疫病の対処方法を見つけ出してくれた『英雄』そのものだった。
彼らはフィルベルトにとても感謝していたと、彼の家族をよく知っている、元の同僚の女性が言っていた。
しかし、妻の命はなんとか助かったものの、結局は借金を返済しないと家族を幸せにはできない。そうゴルゴートは考えたに違いない。
だから借金の返済をしてやる代わりに、フィルベルトを事故を装って殺せという、ヘイレリーの命令に従ったのだろう。
ただし殺す相手が誰なのかは、もしかしたら知らされなかったのかもしれない。
ゴルゴートは殺人ではなく過失事故だったとして、一年の禁固刑に処され、罰則金は雇い主に課せられた。
そして彼が刑期を終えて家に戻ってみると、そこにはもう家族は住んでいなかったというわけだ。
『英雄殺し!
助けてもらっておきながら恩を仇で返す恥知らず』
家のドアの前には、大分薄汚れて破れかけたそんな紙が何十枚も重ねて貼り付けられていたそうだ。
そして当然勤め先の子爵家からは暇を出されていた。
この時ゴルゴートが何を思ったのかはわからないが、その後彼は名前を変えて、マクレール公爵家で働き始めていたのだった。
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