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第8章 生まれ変わった貴方と私


 アンディーは、生まれて間もない時から前世の記憶があったのだという。

 だから最初の頃は絶望感が先に立ち、弱々しい赤ん坊だったらしい。 


 本来なら、乳母の方が住み込むことになるのが当然だったろう。

 しかし、フィルベルト男爵夫人のエリーが夫の男爵を置いて、息子のアンディーを連れてマルソール伯爵家に住み込むわけにはいかなかった。

 フィルベルト男爵家は国から重要な任を任されているので、夫人の切り盛りなしでは家が回らなかったからだ。

 そこで断乳ができるまでローズリーを男爵家の方で預かり、マルソール伯爵夫人の方が通う形になった。


 そしてフィルベルト家の屋敷に連れて来られた赤ん坊を見て、アンディーは目を見張った。その子がエリザベスの生まれ変わりだと本能でわかったからだ。

 それからというもの、アンディーは急に食欲旺盛になり、母乳も離乳食もエリーが驚くほど飲んで食べるようになったという。


「急にガツガツしてどうしたのかしら? まあ嬉しいけれど」


「ローズちゃんに奪われないように躍起になっているんじゃないか。負けず嫌いなのか欲張りなのかはわからないが」


 なんてフィルベルト男爵夫妻は思っていたようだが、どちらも違った。彼は早く大きくなって自由に動けるようになりたい、その一念だけだった。

 

 

 アンディーは私と仲良くベビーベッドの上で過ごしながらも、頭の中では今後の対策を色々なパターンで考えていたらしい。

 そして自由に動き回れる時が来るのをひたすら待っていたという。

 私が前世の記憶を取り戻したのは、自我が生まれた三歳の頃だったので、それまではただ単純に可愛らしいアンディーと一緒にいられるだけで嬉しかったわ。そう、普通に平和で呑気な赤ん坊だった。

 

 

 今回の人生ではアンディーは男爵家の令息となっていたので、伯爵令嬢であるローズリーである私と共に行動していても、誰からも邪険にされることはなかった。

 というよりも、アンディーはどこぞの国の王子様のように美しく上品で、しかもかつての英雄に瓜二つだったので、むしろあちらこちらから招待されていたくらいだった。

 おかげで彼は高位貴族との社交の場で、結構好き勝手に情報収集ができたらしい。

 

 確かにアンディーと一緒にパーティーと行くと、彼はちょくちょくいなくなっていた。なんて落ち着きがないんだろうとあの頃は思っていたけれど、私のためにすでに色々と行動してくれていたのね。

 そうして過去の出来事や噂などを調べていくうちに、やがてアンディーは、ついに怪しいと思える人物にたどり着いたという。

 

 

「一体誰なんだ、エリザベスお嬢様とフィルを死に追いやった悪の張本人は!」

 

 アルトが叫んだ。するとアンディーはこう答えた。

 

「マクレール公爵家の次男のヘイレリーです」

 

 するとそれを聞いたフィルベルト男爵夫妻は、ただぽかんとして何の反応も示さなかった。

 おそらく息子が名指した人物を思い浮かべることができなかったのだろう。

 

 確かに公爵家の二番目の令息のヘイレリーの名前自体は知っているだろう。彼が王太子に成りたがっていたという噂話も聞いて知っていたはずだ。

 しかしそれを本気にはしていなかったのだろう。とにかくその公子は目立たず全く印象の薄い人物だったから。

 彼は容姿も性格も能力も全て、可もなく不可もなく何の特徴もない、まるで個性のないモブのような令息だったのだ。

 

 十年前、現王太子に代わる人物を模索した時にも、公爵令息だったにもかかわらず一切名前も挙がらなかったような人物なのだ。彼がいかにこの貴族社会の中で埋没していたかがわかるだろう。

 身分からすれば、本来ならば後継者として真っ先に名前が挙がるべき地位にいたのだから。


 だからこそあの疫病が終息した後、マクレール公爵家の次男のヘイレリーが王太子になれなくなって暴れた、という噂を聞いた時にエリー達は意外だなと皆が感じたのだ。

 そんなに権力を欲する人物とは思えなかったからだ。


 そんなモブを彼が何らかの意図を持って演じていたのか、それとも本当にそれが地なのかはわからない。

 ただそれまでは、あまりにも存在感がなかったために、私を階段から落としたり、王太子の座を得るために図り事をしていても、これまで誰にも気付かれなかったのだろう。

 

 しかし、半年前に私の世話をしたいと、マルソール伯爵家にやって来たヘイレリー公子の顔を見た時、私は確信したのだ。彼が前世、私にわざと足を引っ掛けて転ばせた奴だと。

 階段から落ちて意識不明になっていた時は、あの男のことなんて思い出しもしなかったのだが。

 そしてその時私は顔だけでなく、彼が呟いた言葉まで思い出したのだ。

 

「役立たずめ。何故悪役令嬢にならなかったんだ!」

 

 それは聖女リカが私に向かって投げつけた言葉と同じだった。

 ああ、あの男は聖女リカの隠れ取り巻きだったのかと、生まれ変わって初めて気が付いた。

 あまりにモブ過ぎて、あの時は誰だったのか全く気付けなかった。そして、何故私の命を狙ったのかがさっぱりわからなかったのだが。

 

 もしかしたら、私が悪役令嬢にならなかったせいで、聖女リカが私に虐められる可哀想なキャラになれず、むしろ恥知らずな浮気女だと非難されることになったことを、あの男は恨んでいるのかしら?

 もしそうなら理不尽過ぎるわ。私は聖女リカ主演の舞台に立っているつもりなんてなかったもの。

 もし私に演じて欲しいのなら、台本を持ってちゃんと依頼に来て欲しかったわね。

 もっともそれを受けるかどうかは、話を聞いてみないとわからなかったと思うけれど。

 彼らの行動を鑑みると、とてもまともな人間とは思えないから、結局協力はしなかったわね。

 

 

 そしてアンディーの話によると、長年モブであったヘイレリーは、何故か十年前のあの学園の卒業式の事件後、人が変わったように王太子の座を狙い始めたのだという。


 疫病が流行り始めた時に城の城門を閉じるように提言したのも、外出を控え、外から帰ったら手をよく洗うことも、食物は熱を通して食べるようにと指示を与えたのはマクレール公爵家の次男のヘイレリーだったようだ。

 少しでも実績を積んで自分の功績と名を広め、人々からの支持を得ようとしていたらしい。

 

 ところが皆が知る通り、より直接的に疫病を終息させたのは平民のフィルベルトだった。

 彼は眉目秀麗な上に偉ぶるところが一切なかった。そしてその無欲な態度に、女性だけでなく男性からも慕われ褒め称えられ、やがて彼は、武器無しで国民を救った最強の英雄だと呼ばれるようになった。

 

 それに比べてマクレール公爵家及びヘイレリーは、自分から動かずに屋敷内にこもって、ただ人に指示していただけだ。

 公爵家だけが誰一人犠牲者が出なかったことで、ただ自分達の身の安全を守っていただけではないかと揶揄された。

 そう。陰口をたたかれて誰からも感謝されず、人々から支持を得ることもなかったのだ。

 

 もちろん、身内を優先して守ったことは当然のことだし、他の高位貴族だって同じようなものだと、それに対して公爵や嫡男は大して気にしてはいなかった。

 それなのに何故か次男のヘイレリーだけが、かなり苛立って周りに不満をぶつけていたという。

 以前は、いるかいないかわからないくらい存在感の無かった次男のこの態度の急変に、屋敷の者達は家族を含めて皆驚いたという。

 

 それ以降ヘイレリーはずっとイライラし続けて、使用人を怒鳴りつけたり物を壊すようになったそうだ。

 そんな息子に公爵は、今は時期が悪すぎるから時期が来るのを待つように、そう諭そうとしたが彼は聞く耳を持たなかったらしい。

 

「そんな悠長なことは言っていられない。早く迎えにいってやらないと、間に合わなくなってしまうんだ!」

 

 そうヘイレリーが叫んでいたらしいと、公爵家のメイドの会話を聞いていたアンディーが言った。

 

「高級娼館に好きな娼婦でもいて、早くお金を貯めなくてはよそに身受けされてしまう、と焦っているんじゃないの? 

 公子といったって次男だから王城勤めの手当しかないんだから、そう簡単に高級娼婦を身受けするなんてできないしね」

 

「やだ、あなた子供の前で何を話してるのよ」

 

「まだ子供だもの、意味なんてわかりゃあしないわよ。平気平気!」

 

 聖堂の奉仕活動では貴族の夫人やご令嬢に付き添ってきたメイド達も一緒に奉仕活動をしている。主に主達がやりたがらない掃除やゴミ拾いなどを。

 そして彼女達はをそれらをしながら、他の貴族の使用人達と色々と情報交換という名の、いわゆる井戸端会議をするのが恒例になっていた。

 彼女達からすれば聖堂の庭は、恰好のストレス発散の場所で、アンディーはいつもそこで多くの情報を入手していたのだった。

 読んで下さってありがとうございました!

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