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第5章 過去を振り返る私


 エリーから、私が自殺未遂を起こす直前に王太子としていたという会話を聞かされて、私は目を丸くした。

 やっぱり生まれ変わったローズリーにも元々エリザベスの記憶があったのだと。

 エリザベスの日記を読んだだけではわからないであろう詳細な描写まで語っていたみたいだから。そこまで私が露骨なことを日記に書くとは思えないもの。

 

 それにしても、私は本当に呪っていたのね。すっかり忘れているけれど。

 でも、あの日記を書いた時点では、まさか自分が婚約破棄されるとは思っていなかったはずだから、ただ単純に腹を立てて書きなぐっただけだとは思うけれど。

 うん、本気で呪ったわけじゃないはずだ。呪いの儀式のやり方なんて私は知らなかったし。 

 

 とはいえ、何故その言い争いの後に私は毒なんて口にしたのかしら。

 確かに王太子に迫られて嫌がってはいたとは思うけれど、自殺するような切羽詰まった局面だったとはとても思えないのに。

 


 私が王太子から逃げ回っていたということは、やっぱり生まれ変わる前の記憶を持っていたからこそよね。

 以前と同じ轍は踏まないように行動していたのだわ。確かに冤罪は許せないし、蔑ろにされ冷遇されたことは腹立たしかったとは思うけれど、それよりもまず、二度と王太子とは関わりたくないと思っていたはずだわ。


 それに生まれ変わった今なら、王太子が心変わりしたことも仕方ないと思っていたに違いないし。

 だって婚約させられたのは今の私と同じ七歳だったのよ、二人とも。

 早過ぎる婚約なんて本人達を不幸にするだけだわ! 

 互いの相性なんてまだわからないし、そもそも人の気持ちなんて変わってしまっても不思議ではないのだから。

 

 

 大体王太子が望んだ婚約だったという話も怪しいわ。単なる大人の政略目的だったに決まっているわ。

 私にだって好きな相手がいたわけだし、王太子だってそうだったかもしれないわ。最初から私に対する王太子の態度は悪かったし。

 まあ不本意だからといって、いつまでも不貞腐れたような態度は、王太子としていかがなものかと思っていたけれど。

 一緒にいてもつまらないというくだらない理由で、婚約者としての最低限の義務を果たさずに蔑ろにし、ろくに口をきかないで無視し続けるなんて。

 その挙げ句に聖女と浮気をして、冤罪をでっち上げて一方的に婚約破棄だなんて、全く言語道断だけどね。

 

 いくらそれが魅了のせいだったとはいえ、そんなことをした男と再び婚約してもよい、と思える女性がこの世にいるのかしら?

 過去の浮気はどうにか許せたとしても、私を悪女に仕立てて、公衆の面前でさらし者にした相手とやり直せるわけがないわ。

 

 たとえ厳しい淑女教育を受けたとしても、そんな憎い相手に対してにこやかに、愛らしく微笑むことのできるご令嬢がいたら、ぜひともお目にかかりたいものだわ。

 

 

 ローズリーとして生まれ変わった私は、あの王太子の前でも毅然としていたという。きっと歯を食いしばって、精一杯無理していたのだと思う。

 そして王太子と婚約しないように必死に頑張っていたんだと思うわ。多分だけど。

 

 

 

 王太子との前世での忌々しい出来事を思い出して、私はつい眉間に皺を寄せてしまった。

 すると、寝ている頭の先の方から、爽やかでそれでいて甘い香りがしてきて、遠くへ飛ばしていた意識がようやく戻ってきた。

 

「何かとてもいい香りね」

 

 と私が口にすると、エリーはにっこりと微笑んだ。

 

「そうでございましょう。我が家の庭に植えてあるベルガモットの香りですよ。

 ローズリー様が目を覚ましたらこの香りを嗅がせてと、アンディーに手渡されたのですよ。

 この香りはリラックス作用があって、気持ちが落ち込んでいる時に心が落ち着くからと言いましてね。

 あの子、近所の調香師の先生の所へお邪魔しに行って、色々な香りの効能について教わってくるんですよ」

 

「まあ、それでは男爵家のご嫡男なのに、調香の勉強もしておられるのですか?」

 

「ええ。でもそれは単に植物全般が好きなので、その一環として調香に興味があるだけみたいですけれど。

 本人は父親の跡を継ぎたいと言っていて、サナーレの木だけではなくて、色々な果樹を植えて世話をしていますしね」

 

「ずいぶんと勉強好きなのですね、偉いですね」

 

「偉いというか、あの子はお嬢様のことが本当に好きですからね、お嬢様に好かれたくて学んでいるのだと思いますよ。

 お嬢様も物心つく頃から植物にとても関心がありましたからね。

 だから我が家にお出でになると、いつもアルトに色々と質問をして、尊敬の眼差しで夫を見ていたのですよ。

 アンディーはそれが羨ましかったのでしょう。

 うふふっ。父親に嫉妬していんですよ。小さな頃から本当におませだったんです。

 まあ、お嬢様限定で、他の女の子には見向きもしませんでしたけれどね」

 

「私のことだけが好き?」

 

 エリーの言葉に私は動揺した。おそらく真っ赤な顔になっているに違いない。

 だって、私の記憶の中では、私は誰からも好きだなんて言われたことがなかったもの。両親からも兄からも婚約者からも。

 まあ今も、本人に直接言われたわけじゃないけれど。

 私は恥ずかしさを誤魔化すために話を変えて、こう尋ねた。

 

「王太子殿下は今どうなさっているの?」

 

 するとエリーは笑みを消し、無表情になってこう教えてくれた。

 

「一度もお見舞いには来られていません。というか来られないのです。

 お嬢様を自殺未遂にまで追い込んだことで、家臣達の怒りを買ってしまい、殿下はご自分の部屋に軟禁状態なんですよ」

 

「まあ!」

 

 王太子たるものが軟禁されるだなんて。私は驚きの声を上げた。しかし心の中では喜んでいる自分もいた。暫くはあの男の顔を見なくて済むと。

 生まれ変わってからの記憶がない私にとって、王太子の記憶は学園の卒業式で私に婚約破棄を宣言した時の顔だ。

 聖女には溢れんばかりに微笑みかけ、私には憎悪の目を向けていた。愛する聖女を虐げる悪女だと言いたげに。

 

 そんな男に今婚約して欲しいと懇願されても、吐き気しか出なかっただろう。

 たとえ偽聖女に魅了をかけられていたせいだと言われても、長年虐げられた挙げ句に衆人環視のもとで婚約破棄をされたのだ。

 直接の死因が、その後の事故によるものだとしても許せるはずがない。

 


 しかしエリーから話を聞いて改めて前世を振り返ってみると、過去の自分の事故には甚だ疑問が残る。

 今回の自殺未遂もそうなのだが、何かもやもやしている。大事なことを忘れているような気がして。

 思い出せそうなのに思い出せなくて苛々する。そのせいで私は苦虫を噛み潰したような顔をしていたらしく、エリーは私を見つめて、ハッとしたようにこう言った。

 

「記憶を無くされたお嬢様に、いきなりたくさんの情報を与え過ぎてしまいましたね。申し訳ありませんでした。 

 お疲れになったでしょう。また、お休みになって下さい」

 

「私が知りたがったのだからエリーさんが謝ることはないわ。でも、記憶を早く取り戻すためにも、もう一度眠ってみるわ」

 

 結局私は、エリーをエリーさんと呼ぶことにした。記憶を失う前のローズリーである私は、エリーさんと呼んでいたことがわかったので。

 エリー本人からは、まるで前世のエリザベスに呼ばれているような気がして嬉しいから、呼び捨てでいいと言われたのだが、貴族のご夫人を呼び捨てにするわけにはいかない。

 かと言って様とか夫人と呼ばれるのは嫌だと言われたので、結果的にさん付けになったのだった。

 

 そして再び寝ようとした私に、エリーはサナーレの実が載った皿を差し出した。

 

「お嬢様が目を覚ましたら、すぐにこれを食べさせるようにとアンディーに言われていたのに、お嬢様から記憶が無いと言われて驚いてしまって、すっかり失念していましたわ。

 先ほども言いましたように、サナーレの実には病気の予防や治癒の効能がありますが、精神を安定させる効果もあるみたいなんですよ。 

 だからゆっくりと眠れるようにこちらを召し上がって下さいね」

 

 私はエリーの言葉に頷いて、懐かしいサナーレの実を手にとって、令嬢らしくはないが、思い切りかぶりついた。幼い頃を思い出しながら。

 すると口の中でまず苦味を感じた。しかしその次の瞬間、甘酸っぱい懐かしい味が広がった。

 

 

 やがて私は夢を見た。

 前世や、生まれ変わった後だと思われる映像が次々に浮かんでは消えた。

 そして私は夢の中で、全ての記憶を取り戻した。

 前世好きだった人のこと、学園の階段から落ちる瞬間のこと、そしてアンディーのことや、今回何故毒を口にしたのかも……

 

 

「フィル……」

 

 私はかつての大好きな人の名前を呼んだ。

 そうよ。私が唯一愛していた人の名前はフィル、フィルベルト。彼は今どうしているのかしら。流行り病が横行していた時、みんなにサレーナの効能を説いて、その実を配っていたと聞いたわ。

 さすがね、フィル。

 やっぱり貴方は、誰よりも優しくて賢くて行動力のある素晴らしい人だったわね。

 きっと今頃は素敵な女性と結ばれて、幸せな家庭を築いているのでしょうね。

 目を覚ました時、私は記憶を無くしていたせいで、エリーに貴方の近況を聞けなかったわ。目を覚ましたら、一番最初にそれを尋ねなければ。

 だけど、やっぱりそれを聞きたくない気持ちもあるわ。だって胸がチクチクと痛むんだもの。

 

 

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